134 道中の会話(レーニエまで) 1
「マリアちゃんが元気になった今となっては、ソンムの街は楽しかったわね。買い物や観光。立派なお屋敷で丁重にもてなされ、豪華な食事においしいお酒……夢のような毎日だったわ」
デリシーが馬に揺られながら、うっとりと呟いた。たしかに王族の屋敷で接待される経験など、庶民にはそうそうできるものではない。
マリアの容態が峠を越えてしまった後、デリシーは特にすることもなかったので、これ幸いとソンムでの毎日を堪能したらしい。
「のんきだな」
病床のマリアに常に付き添っていたルーファスは、デリシーほどソンムの街を楽しめなかった。
「ふふふ……ルーファスったら、マリアちゃんのこととなると動揺しちゃって、マリアちゃんにも見せたかったわ」
「……そんなに、心配してくれていたの?」
幌の中から顔を出していたマリアは、ルーファス顔を遠慮がちに窺った。心配させてしまったのはもちろん心苦しいが、なんとなくくすぐったい気持ちもする。
「当たり前だろ」
ルーファスは素っ気なく答えただけだったが、こういうときの彼は照れているだけだと、最近のマリアはわかるようになった。
「それはそうと、私は王都についたら、すぐにあなたたちと別れるわ。早く店に顔を出したいのよ。アンダーシュバルツにでも行かない限り、ルーファス1人でも充分よ。イザーク様のお屋敷に滞在させていただけるみたいだし。アンダーシュバルツにはマリアちゃんを連れて行かないでしょ?」
「ああ。あそこはマリアが行って良いところじゃない」
マリアは2人の会話を聞いて、デリシーとは王都で別れなければいけないことを急に実感した。いつの間にかマリアもデリシーのことを姉のように慕うようになっていたので、さみしい気持ちが胸にこみ上げる。
でも経営している小料理屋のことが気になるデリシーの気持ちもわかるので、マリアは何も言えなかった。
ふとマリアは、またデリシーの口から出た「アンダーシュバルツ」の単語が気にかかった。
野盗との激戦の中で、デリシーが叫んでいたのだ。「アンダーシュバルツにいた頃と何も変わらないわ」と。
マリアは聞くなら今しかないような気がした。
「2人はアンダーシュバルツにいたの?」
マリアの質問に場の空気が変わった。