130 2人だけの舞踏会
「ほかの女も皆、彼にスマートにフラレているみたいね。そういうところがかえって、女には魅力的にうつるのかしら」
タニアは男たちを翔びまわる蝶のような享楽的な女なので、ルーファスに袖にされたところで痛くも痒くもなかった。むしろ、彼とその相手のマリアに関心をもったくらいだ。
一方でジェイクは、ルーファスの気持ちがよくわかった。ごてごてと着飾った厚化粧の女たちに色目を使われるよりも、可愛いマリアが待っている家に早く帰りたいと思うのは自然なことだろう。
据え膳を食わないのは相手の女性に失礼だと思っているジェイクでさえもそう思う。
ましてや平民出身のルーファスが女遊びにうつつを抜かせば、直ちに足もとを掬われる危険性が高い。貴族社会においては、異性関係の下卑た噂ほど凄まじい速さで駆け巡るものだ。
ルーファスはそれを警戒してか、ジェイクが知っている限り、彼は決して女性に隙を見せなかった。
そんなルーファスにとって、疑うべくもなくマリアは特別な存在らしい。
マレーリーによれば、年頃の女の子らしく、華やかな舞踏会に憧れを抱くマリアのため、ルーファスはその警護の任についた夜は、彼女に舞踏会の様子を話して聞かせてやるらしい。
そしてそのまま彼女の手をとって、恭しくダンスを申し込むのだそうだ。貧しさゆえに社交界デビューもできず、それでも決してその境遇を恨んだりしない、健気で美しいマリアのために。
ジェイクはマレーリーからその話を聞いたとき、あまりの甘ったるさに、砂を吐きそうな気分になったことを記憶している……。
「でも、あなたたちをそんなに夢中にさせてしまうなんて、そのマリアって子はよっぽど可愛いのね。それならうちのお姫様にもその美貌を分けてあげればいいのに」
そう言って自国の王女の容貌をあげつらって、小馬鹿にして笑うタニアをジェイクはさりげなく窘める。
彼はあくまでも忠実なる王家の僕であった。
「姫様は今度ガルディア王国の王太子のもとに輿入れされる。私情を捨てて、王国のため立派に王女としてのお役目を果たされるのだから、そんなことを言うべきではないよ、タニア」
「ふふふ……。あなただって本当はそう思っているくせに」
自分の容姿に絶対的な自信を持つタニアの性悪な言葉に、ジェイクは呆れながらも、アストリア王国唯一の王女エメラダの姿を思い出していた。