126 クルーガー侯爵再び
ジェイク・クルーガーは、入り日さす橙色の執務机に物憂げに向かっていた。
国境の街サーベルンでルーファスに昏倒させられたときの後遺症は一切ない。しかし未だにジェイクは悔しかった。ルーファスさえいなければ、今頃は美しいマリアを毎晩甘く啼かせているはずだったのに、手に入る寸前で彼女に逃げられてしまった。
怯えを含んだ澄んだ眼差し、絹のような金の髪、透き通るような白い肌、その身体は華奢なのに吸い付くように弾力があって柔らかく、明らかに彼女は極上品だった。あの至上の花を手折ることもできず、土壇場で逃してしまったことがただただ悔しい。
それにジェイクが頭を悩ませているのは、マレーリーのこともある。あの男しかいない元アジャーニ邸には行く気にはならないが、彼はしょっちゅう屋敷に誘ってくる。しかも爵位を結局返さなかった彼は、まだ自分の下でへらへらと軽薄に働いているのだから避けようもなかった。マリアは手に入らないのに、マレーリーだけは自分との距離を着実につめている気がして寒気がする。
サーベルンから戻り、裏ルートで直ちに調べてみると、マリアとルーファスは婚約の手続きも結婚の手続きもしていなかった。そしてガルディア王国での婚約・婚姻に必要な独身証明書もとっていない。そう考えれば、まだマリアの奪還は間に合いそうだが、あの広大なガルディア王国を当てもなく探すわけにはいかなかった。
「何か手がかりがあればいいのだが」そう思って彼が何度目かのため息をついたとき、部下が慌てた様子で声をかけてきた。マレーリーとは違う優秀な部下の方だ。
「急ぎ、ご報告があります」
「何だ?」
執務を終えようとしているこの時間に、しなければならない報告とは余程重要なことであろう。ジェイクは彼に言葉の先を促した。
忘れられていそうですが、クルーガー侯爵とマレーリーの仕事は騎士団関連の事務全般です。