119 イザークの正体
「ルーファス、そこにいたのか。全然気がつかなかったよ」
「あなたほどの人がそんな訳ないでしょう」
「……冗談で口説くくらい良いだろう? まぁ、9割くらいは本気だが」
「9割本気なら、もう冗談とは言えません」
「イザーク様?」
ルーファスとイザークはとても親しげであったが、その中でもマリアはイザークの呼称が変わっていることに気がついた。そんな彼女に、彼は初めて真実を伝える。
「マリア、紹介が遅れて申し訳なかった。実は私はこの国の第8王子なんだ。
もっとも母親が異民族出身で、たった1度情けを受けただけの名ばかりの妾妃だから、その息子である私にも王位なんて絶対にまわってこないけどね。でもおかげさまで気楽にやらせてもらっているよ」
アストリア王国で社交界デビューもせず、貴族としての地位もそれほど高くなかったマリアにとって、国王や王子は遠い存在でしかない。御前試合等の公開の式典の折に、遥か遠くに国王や王子の姿を拝したことがあるだけだ。
そもそもマリアの母親はウィスタリア王国の王女であったが、国から追い出されるようにマリアの父親に嫁ぎ、マリアが物心ついたときには既に亡くなっていたから、彼女自身に王家の血を引いているという自覚はほとんどなかった。
だから彼の予期せぬ告白にマリアは驚きを隠せない。まさか一国の王子様に枕元まで本を持ってこさせていたなんて、畏れ多すぎることだと思った。
彼女はすぐさま謝罪したが、イザークは困ったように眉をひそめる。
「そんなに畏まらずに、今まで通りに接してほしい。マリアだってウィスタリア王家の血を引いてるじゃないか。かわいい君に壁を作られるとさみしい。
それにルーファスなんて、言葉だけは丁寧だけど、態度は敬意の欠片もないよ」
イザークはそばに来たルーファスに、わざと聞こえるように嘆息した。
「王子のくせにフラフラと出歩いて、人の女を口説くからでしょう」
「ほら、敬意の欠片もない」
「……いつの間にそんなに仲良くなったの?」
マリアは不思議そうに、絵になる2人を眺めた。