116 目覚め
マリアが長い眠りから目を覚ますと、見慣れない天井が目に入った。すぐに彼女はベッドの傍らで眠っているルーファスに気がつく。
「……ルーファス?」
彼の手はマリアの手としっかり繋がれていたが、眠っている彼の顔色はひどく悪い。そのとき聞きなれたマリアの声に、ルーファスが目を覚ました。
今し方、夢の中で会ったばかりの彼女が起きていたことに気がついた彼は、驚きに夜の色の瞳を見開いた。
「マリア……目が覚めたのか?」
マリアは小さく頷くと、彼女の顔を覗きこむように立ち上がったルーファスの手を引き寄せ、その手を自分の頬に当てた。
「ルーファスこそ大丈夫? 顔色が良くないわ」
「目が覚めた途端に人の心配か……」
ルーファスはどんなときでも変わらないマリアを見て、なぜだか泣きたい気持ちになった。マリアの方も、今や深い霧が晴れたように頭がすっきりしていた。上半身だけゆっくりと起き上がると、最初はくらりと目眩がしたが、意外と大丈夫なようだ。
「私、どれくらい寝ていたの?」
「お前は矢でうたれてから1週間以上寝ていた。矢に毒が塗られていて本当に危なかったんだ。男装をするために着ていた固いベストのおかげで、紙一重で助かっただけで……」
「そうだったの、デリシーさんのおかげね。後でお礼を言わなくちゃ」
生死の境をさまよった後でも、マリアは悪戯っぽく微笑んだ。
「でも、ともかく生きていてくれて良かった……」
「夢を見ていたの。夢の中でルーファスが私を呼んでくれて、戻ってこられたのよ」
うれしそうに話すマリアを見て、ルーファスが思わず彼女を抱きしめると、すぐに彼女もそれに応えた。少し痩せてしまったマリアの感触に、胸がどうしようもなく締め付けられたが、お互いの感触を確め合うように長い時間そうしていた。
「……いつまでもこうしてはいられない。医者を呼んでくる。皆にも目が覚めたことを伝えないとな」
部屋から出ていく彼の背中を見送ったマリアは、あの不思議な夢を思い出していた。
「ルーファス、ありがとう」
マリアは扉を見つめながらそっと呟いた。両親がいないさみしさをごまかして生きてきた彼女にとって、ルーファスはかけがえのない存在になっていた。