113 急変した容体
オーランから一部始終を聞いたイザークは、事の次第を察した。先日、彼がたった1人討ち取った野盗が、どうやらあの男の息子だったらしい。息子の仇を討つべく、虎視眈々と復讐の機会を狙っていたのだろう。
「ソンムに私の屋敷がある。そこには医師が常駐しているから、念のためマリアを診せたい。あの男の最期の言葉が気になる……」
ルーファスはイザークの言葉にすぐさま頷いた。今際の際に残した男の言葉を伝え聞いたルーファスは、胸騒ぎがしてならない。
かなり飛ばしたので、夕方にはソンムのイザークの屋敷に到着した。ルーファスが馬車の中にいるマリアに声をかけようと幌の中を覗くと、彼女は力なく身体を横たえていた。
「……マリア! おい、マリア!」
マリアの瞳は固く閉じられ、長い睫毛が青白い顔に陰を落としていた。浅く呼吸はしているものの、既に意識はないようで、ルーファスの必死の呼び掛けにもまったく反応を見せない。
異変を感じた他の3人も馬車に駆け寄ってくる。
「やはり矢に毒が塗ってあったのか……。早く治療しないと……」
イザークに案内され、ルーファスは急いでマリアを屋敷の一室に運びこんだ。オーランが医師を呼び、すぐに診察が始まった。その間もルーファスはひたすらマリアの手を握りしめていたが、彼女の細い指先は不吉なほど冷たかった。
診察を終えた初老の医師は厳しい表情でルーファスたちに説明した。
「解毒の処理はしたが、時間が経ちすぎているから、どれくらい効くかはわからん。あとはこの子の頑張り次第だが……正直危険な状態だ」
「そんな……」
「何とかならないのか!」
デリシーは涙を浮かべ、イザークは医師に詰め寄った。
「この子が受けたのは、野盗が好んで使う即効性のある致死毒だ。ただ傷はかなり浅かったから、それほど身体に毒は入っていない可能性が高い。死ぬならもう死んでいると思う……。ただ、さっきも言った通り、時間が経ちすぎているから、運が悪ければ、このまま命を落とすことも充分ありえる」
医師は最後にルーファスを見て、「覚悟はしておくように」と静かな声で告げた。




