112 息子の仇
R15です。流血シーンがあります。
殺意はイザークに向けられていた。渾身の力で彼を突き飛ばしたマリアは、右肩のあたりに焼けつくような痛みを感じる。
「マリア!」
思わずルーファスがマリアの名前を叫び、地面に倒れこんだ彼女に駆け寄った。イザークはマリアに助けられたことを知り、しばし呆然としていた。
マリアの右肩の下のあたりには矢がささっており、彼女は初めて体験する痛みのために起き上がることができなかった。イザークが見守る中、ルーファスが素早く矢を引き抜くと、マリアはあまりの痛みに悲鳴をあげた。彼女の白いシャツから真っ赤な血が滲む。
ルーファスは治療のために、マリアを馬車の中まで抱き上げて運び、急いで服を脱がせた。男装するために固いベストを着ていたので、それが鎧がわりになったのか、予想していたよりも傷はずっと浅い。これなら命にかかわることはないだろうと、止血するために清潔な布で傷口を押さえ、手際よく治療を開始した。
それでも、マリアの滑らかな白磁の肌から染み出る真っ赤な血に、ルーファスは思わず顔をしかめる。彼の目の前にあるマリアの背中は小さく頼りなくて、こんな華奢な身体で男を庇ったのが信じられなかった。
「もう絶対に無茶はするな……。心配でたまらない……」
「……うん」
「わかったら、お前はこのまま馬車で休んでいろ」
「みんなにも大丈夫って伝えてね? ……イザークさんは特に気にしているだろうから」
マリアは本当はかなり痛かったが、心配をかけたくなくて頑張って微笑んだ。ルーファスは彼女の意を汲んで素早く馬車からおりると、すぐそばで警戒のため立っていたイザークに、マリアの怪我の様子を伝えた。イザークは沈痛な面持ちの中にも安堵の表情を見せる。そして幸いにもほかに敵はいないようだった。
一方、マリアを治療している間、オーランとデリシーが敵を追い詰めていた。相手は数日前に戦った野盗の残党だろう。デリシーが抜群の腕前で弓を射ると、見事に命中し、男はそのまま倒れた。オーランがすばやくその男のもとに向かう。
「息子の仇だ……あの男を殺れなかったのは残念だが、あの金髪の坊やはもう助からない……」
男は不吉な言葉と笑みを残し、咥内に仕込んであった毒で自ら命を絶った。