109 マリアとイザーク
互いの想いの深さを知ったマリアとルーファスは、できるだけ早く正式な婚約をしようと誓い合った。しかしもともとルーファスは、国に帰るまでに彼女を口説き落とせれば良いと考えていたので、ガルディア王国での婚約の手続きまでは把握していなかった。当然マリアはまったく知らない。
そのため次の街ソンムで手続きができれば1番だが、できなくてもなるべく早く婚約をかわす方法を探ることになった。
幸運なことに、イザークとオーランが合流してからの旅は極めて順調で、1度だけ野盗の襲撃にあったが、奴らの1人がイザークに倒された時点ですぐに退散してしまった。さすがに相手が悪いと悟ったらしい。
あと2日もすればソンムに着くという晩、マリアがブラックに干し肉をあげていると、後方からイザークがやって来た。
「ブラックは本当に賢いね。フェンリルという生き物は初めて見たよ」
「あ……イザークさん」
マリアが振り返ると、彼はそのまま彼女の隣に座った。ブラックと遊んでやりながら、マリアとイザークはとりとめもない会話を続ける。イザークは何かとマリアのことを優しく気にかけてくれるので、彼女はこの短期間でずいぶんと彼に気を許していた。
和やかな雰囲気の中、イザークがごく自然な様子でマリアに尋ねた。
「マリクは王族なの? その髪と瞳の色はウィスタリア王家のものだよね?」
突然の質問にマリアは虚をつかれたが、嘘をつく必要があるところ以外はつきたくなかったので正直に答える。
「王族というか、私の母がたくさんいる王女のうちの1人だったんです。だから確かに血は引いているんですが、私は今はもうなんの身分もなくて……」
「やっぱりそうか。でも自分から聞いておいて何だけど、基本的には隠しておいた方がいい。王家の血をひくというだけで、有象無象が寄ってくるから危険だ。この国では人身売買が認められているから、マリクみたいな子は悪い奴らに狙われてしまうよ」
「そういえば、以前会った男の子がそんなことを言っていました……」
マリアは悲しい話を思い出して、気持ちが沈んでしまう。アーデルハイムで会ったカイは元気だろうか。売られた先でひどい目にあっていないだろうか。彼女の気持ちを読んだかのように、イザークが説明してくれた。
「ああ、良くない制度だから私は早く無くしてしまいたい。実際、不法な契約は破棄できるし、奴隷の扱いは厳密に定められているけど、守られていないことも多いらしい」
まるで我がことのように国の制度について語るイザークを、マリアは不思議そうに見つめた。




