101 血まみれの恋人
マリアは水場の近くで、見慣れたルーファスの背中を発見した。でも彼は全身血まみれで、その姿を見た彼女の鼓動が一気に速くなる。
「ルーファス、大丈夫……?」
「……!」
マリアが後ろからルーファスの腕を掴むと、驚いたように振り返った彼に、その手を思いきり振りほどかれてしまう。彼女はいつもとは違う恋人の様子に呆然としていた。
ルーファスは血に染まった自分を、マリアにだけは見せたくなかった。「血を流すまではマリアを馬車から下ろすな」とデリシーにきつく言っておいたが、あっさりと約束は破られたらしい。先ほどの戦闘での借りを返されたのだろうとルーファスはすぐに悟った。
もともとデリシーは、弟のような彼との約束を律儀に守るような殊勝な女ではないのに、そのことをすっかり忘れていたことをひどく後悔する。
ルーファスに拒絶されたマリアの顔は、気の毒なくらい青ざめていた。
(血まみれの俺が怖いのか。所詮俺とマリアでは、住む世界が違うということか……)
彼は圧倒的な虚無感に襲われ、目の前が暗く閉ざされたように感じた。
しかしマリアは、そんなルーファスの暗闇をいとも簡単に払い除けてしまう。
「これはあなたの血なの? 怪我をしているの?」
彼女は自分が血で汚れてしまうのも構わず、彼に怪我はないかを必死な様子で確認し始めた。一心にルーファスを心配するマリアを見ていたら、彼のほの暗い孤独はいつの間にか姿を消していた。
そのかわりマリアへの甘やかな愛しさが、自然と彼の心を満たしていく。
「……俺は無傷だ。心配する必要はない」
マリアの一途な愛情が照れくさくて、ルーファスは彼女の顔を直視できず、普段よりもすげない態度で応じてしまう。
「本当? 良かった……」
一方でマリアはいつも通りの素直な彼女のまま、安心した表情で血まみれの彼に抱きついた。
優しいマリアの温もりを感じながら、彼女を守れて良かったと、ルーファスは心の底からそう思った。