第七話
「どうぞ、一杯食べて。もう家族みたいなものなんだから」
「は、はあ。ありがとう御座います」
「ありがとう御座います。ん……とっても美味しいです!」
自らの用意した食事を本当に美味しそうに口に運ぶ少女達に、母は嬉しそうに笑みを浮かべた。
といっても、恐らく、と頭に付くが。何せ首から上が無いので、表情など分からないのである。
この漬物とか自信作なのよ、と言いつつぽっかり空いた食道に摘まんだ漬物を放りこむ母の姿を見て、俺はふと疑問を抱く。
あれでちゃんと消化出来るのだろうか? と。
さて、そんなどうでも良い事は置いておくとして、何故彼女達――佐久埜ちゃんと、百合さん――がこうして我が家の食卓で食事を取っているのか。
そして、何故母は彼女達を家族みたいなものと言ったのか。それについて、軽く説明しておこう。
とは言ってもそれ程複雑な事情では無い。彼女達二人がこの家に住む事になった、それだけの話である。
前々からおかしいとは思っていたのだが、やはり彼女達の住むあの家、廃屋であったらしい。そこを、隠れ家として勝手に拝借していたらしいのだ。
当然、電気も水道もガスも通っていない。それでも何とか生活していたらしいのだが、そんな話を聞いたなら、まさかそのまま彼女達を帰すという訳にもいくまいて。
そんな訳で母に二つ返事で了承を貰い、二人は此処に住む事になった。寛大な母と余裕ある部屋数に感謝である。
それから暫く。紹介を終えた白玉に見送られ、二人は俺と共に近所のショッピングモールへとやって来ていた。
理由は単純、生活用品を買う為だ。
休日だというのに何故か制服姿の二人をずっと疑問に思っていたのだが、どうやら他に服を持っていないらしい。
まあ保護されていた組織とやらが壊滅した以上、金銭的余裕が無いのは分かるのだが……。
「ならばそもそも、その制服はどうしたんだ?」
「これか? 盗んだ。いかにも怪しい店があったのでな」
呆れた。
悪びれた様子も無く言ってのけた事もそうだが、何よりその感性にである。
彼女等は教団に住居を見つからぬよう、昼間の内は街中を歩き回りかく乱に勤めていたらしいのだが、制服姿の少女が平日の昼間から町を歩いていれば嫌でも目立つ。
むしろ良くこれまで、上手く誤魔化せたものだ。教団も、警察も。
まあそれも恐らくは、長刀を携帯していても何も言われないのと同じ――アルマーナとやらのおかげなのだろう。
全く、不思議な力である。刀を振るうしか無い俺からすれば、実に羨ましい。
「というかそもそも、お前はどうしてアルマーナも使わずにあんな真似が出来たのだ?」
エスカレーターで服売り場のある二階へ上がる最中、百合さんが問い掛けて来る。
あんな真似、とは昨日の戦い事だろう。何故、何故か。
「毎日、修行を重ねた。後は、師の言葉か」
「師? 師匠が居るのか?」
「ああ。と言っても幼い頃に一度、会って以来だが」
師匠と呼んでいるのも、俺の勝手である。
名前も知らぬあの人は、今はどうしているのだろうか。
「昔、師に言われた。刀を振るっていれば、自然と強さも付いてくる、と。だからだろう」
「そんなふざけた理論があるか?」
「普通は無い。が、こんな広い世の中だ。そういう事もあるだろう」
そう言えば、今度はこっちが呆れられてしまった。
ちょこんと後ろに付く佐久埜ちゃんも、若干乾いた笑みを浮かべている。
はて、何か可笑しな事を言っただろうか。
「ん、此処だ」
「ああ、もう着いたのか。しかし本当に良いのか? 全額出して貰うなどと」
「最低限の買い物でも、結構掛かってしまうと思うんですけど……」
申し訳無さそうな二人に首を横に振る。
「別に、俺の金では無いし。母の金でも無い」
「え?」
「録に家に帰らない、父のへそくりだ。ちょっと位使ってもばれやしない」
慈悲はいらない。遠き父より、近くの美少女だ。
二人を無理矢理納得させ、早速買い物へと繰り出す。が、そこで気付いた。
――これは、デートではないのか?
確かに、二人きりという訳では無い。が、女の子二人と一緒に買い物。それは広義的には、十分デートと言うのではないのか。
可能性に気付く、それだけで途端に緊張感が湧いて来た。ぎりぎりと硬くなる身体を何とか動かし、どうにか二人に付いて行く。
しかし此処でまたも試練。今居る場所は、女性向け服売り場である。
となると当然、上着だけで無く下着もある。無論、女物の。
無理だ。即座に踵を返した。
健全な男子高校生には、幾ら女性と一緒とは言えこの場所は難易度が高すぎる。十秒以上滞在すれば、何か大事なものを失いかねない。
という事で俺は、きゃっきゃうふふと楽しそうに服を選ぶ二人を置いて、近くのメダルゲームコーナーで暇を潰したのであった。
尚、結果は惨敗。二千円が即座に消えた。ガッデム。
~~~~~~
服は勿論、その他我が家に住むに当たって必要な物・足りない物を買い終えた俺達一行は、暮れる夕陽を眺めながら帰路に着いていた。
物資は全て、配送してくれるよう頼んである。持ち物は財布と、今時珍しい二つ折りの携帯と、念の為に持って来た模造刀入りのバットケースのみ。
彼女達に協力し、守り、教団とやらを壊滅させると決めた以上、これからは常に戦いに備えておかなければならないだろう。
「それにしても、意外だった」
「? 何がだ?」
「いや。百合さんもあんな可愛らしい服を買うんだな、と」
「なっ!?」
途端、百合さんがわたわたと慌て出す。顔の赤みは、夕陽のせいではないだろう。
「み、見たのかお前! いや、あれはそのだな、せっかくだからというか、何と言うか……」
流石に金を持っていたのは俺なので、支払いの時にちょっと覗いてみたのだが。
やけにふりふりの付いたファンシーな服を見た時は、てっきり佐久埜ちゃんの分かと思ったものだ。サイズで即違うと分かったが。
「い、良いだろ別に! 私がああいうのを着たって!」
「そんなに恥ずかしがらなくても、百合ちゃんならきっと似合うよ。秋奈さんもそう思いますよね?」
佐久埜ちゃんに訊かれ、数秒考え込む。
が、答えはすぐに出た。
「見てみなければ、何とも。という訳で、帰ったら着て見せて下さい」
「なっ、誰がお前なんぞに!」
怒られてしまった。やはり、欲望をそのまま口走ったのがいけなかったのか。
怒れる百合さんに、宥める佐久埜ちゃん。二人の姿を眺めながら、考える。
戦いに備えるにしても、学校はどうすれば良いのだろうか、と。或いは暫く休むのが、一番良いのかもしれないが。
悩みながら、俺はケースの蓋を開けた。そのまま二人と共に、通りを曲がり我が家に通じる小道へと入り込む。
他愛も無い話に花を咲かせながら、中に手を突っ込むと模造刀の柄を掴んだ。そのまま数歩歩いた所で、
「何だ、これは……」
「そ、そんな!?」
二人が、気付いた。
昨日まで住んでいた廃屋が、燃えている。
正に異常事態。最早誰も住んでいないはずの二階建ての民家が、轟々と音を立てて炎上しているのだ。
愉快犯による放火という線を除けば、心当たりは一つしか無い。
「まさか、教団が……!」
しゅらり、刃を抜いた。抜け殻となったケースを、道端に放り投げる。
そうして一度刃を翻せば、消えかけた夕闇から這い出た獣の首が一つ飛ぶ。
「な、こいつはっ」
「コッテゥエス! 邪神の眷属です!」
ゆらり揺らめく業火に誘われるように、次々と這い出てくる漆黒の獣共。
見た目は犬のようだが、脚が六つに胴が二股と、何とも奇怪。
が、まあ。広い世の中、そういう獣も有り得るか。
「佐久埜さんの守りは、任せても?」
百合さんに問えば、鞘から引き抜いた長刀を正眼に構えながら頷いた。
沈む夕陽にそこはかとない寂寥感を感じながら、俺は呟く。
「黒き身体を切り裂けば、闇も晴れるか」
夜が、来る。