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第六話

「改めて、お礼を言わせて下さい。昨日は助けて頂いて、本当にありがとう御座いました」


 そう言って、ふんわり少女は頭を下げた。

 場所は自宅の我が部屋である。あらあらと興味深そうな母を押しやり、目を光らせる白玉も追い出して、今は自分と少女二人の合計三人のみ。

 椅子が一つしか無いので、二人にはベッドに座ってもらっている。流石に友人A、Bと遊ぶ時のように、皆で地べたに座る訳にはいかないだろう。

 これで今日寝る時は、あの二人の匂いに包まれて眠れるぞ! ――何て、思ってはいない。


「ああ、どうも。……というかそもそも、どうして俺の家が?」

「時々すれ違っていただろう。あれで、お前の家が近くにある事は想像が付いた。後は近隣の家にお前の特徴を話せば、直ぐに此処だと判明した」


 長剣少女が、何やら不機嫌そうに言う。

 やっぱり手には鞘に入った長刀。しかも柄に手を掛けている辺り、どうやら警戒されているらしい。

 最もそんな警戒など何の意味も無い位に、此方は緊張しているのだが。

 自分の部屋に、女の子である。しかも美少女で、二人である。

 緊張するなという方が無理な話だ。今まで女性を入れた事など無い(母と白玉は除く)のだから、尚更に。

 しかし一男子として下手に狼狽した様子を見せる訳にはいかないので、俺は勤めて平静を装った。

 精一杯の意地というやつだ。無駄な格好付けとも言う。


「しかし、お礼なら昨日にも言ったでしょう? わざわざ探してまで、もう一度言う必要は無いのでは?」

「それは……その」

「それについては、私から話そう」


 どもるふんわり少女に代わり、長剣少女が口を開く。というかその前に、


「一つ、良いでしょうか」

「? 何だ、昨日の件についてならば、後で話そうと……」

「いえ。まだ互いの名前も知らないな、と思いまして」


 そう告げれば、初めて気付いたとばかりに長剣少女は動きを止めた。隣のふんわり少女も、しまったとばかりに目を見開いている。


「す、すみません。私の名前は、心佐久埜です」

「……南雲百合だ」

「広野秋奈です。気軽に秋奈、と呼んで下さい」


 精一杯の申し出だった。女の子に名前を呼ばれる、それは俺にとっては距離をかなり詰められた証のようなものである。

 しかし返って来た答えは、此方の思惑の一段上を行った。


「はい、秋奈さん。それなら私の事も、佐久埜と呼んで下さい」

「佐久埜っ!? ……はぁ。まあ良い、それなら私の事も百合と呼べ。それと、その妙に畏まった口調もやめろ。無理をしているのが見え見えだ」


 名前で呼んで、だと。おまけに口調も変えろ、だと。

 何とレベルの高い。最近の女子高生の距離感とは、こんなにも近いものなのか。

 まるで、千年は先の未来にでも飛ばされたような衝撃だった。内心驚き、狼狽し、歓喜しながらも、ありがたく彼女等の言葉に従う事にする。


「それじゃあ佐久埜さん、百合さん。改めて続きを」


 『さん』を外す勇気は、俺には無かった。もう少し親しくなれたと思ったら、呼び捨てで呼ぼう。残り少ない今年の目標だ。


「ああ。わざわざこうしてお前を探し、訪ねた理由。その一つ目は、お前の正体を知る為だ」

「正体?」

「そうだ。私達を尾行したかと思えば襲撃者から救い、挙句の果てにまともに話もせずに立ち去る。何が目的なのか、まるで見当が付かん。おまけにお前は昨日の戦いの時、『アルマーナ』も使わずにあの泥人形――アーレム共を屠った。それも、八体もだ。普通では無い、明らかに異常だ、お前は」

「百合ちゃん、そんな言い方は駄目だよ。あの……私達、教えて欲しいんです。秋奈さんが一体何者なのか、って」


 こんな可愛らしい少女に名前で呼ばれた上、不安気に揺れる瞳を向けられれば答えない訳にはいかないだろう。

 最も何者かと問われた所で、俺に返せる答えと言えば――


「ただの、男子高校生だ」

「「え?」」

「いや、だから。ただの、男子高校生。強いて言うなら、多少刀の扱いが上手い位か」

「そ、そんな馬鹿な話があるか!」


 そう言われても、事実である。これ以上に自分をアピール出来る特色など、俺は残念ながら持ち合わせていないのだから。

 これが友人Aであれば水泳が得意で町の上手い料理店に詳しいとか、友人Bであれば頭が良くてテレビゲームが上手いだとか、他に幾らでも言える事があったのだろうが。

 俺にはそのように優れた事などほとんど無いのである。或いは、趣味でも言えばいいのだろうか。

 何だかお見合いみたいで、それも悪く無い。


「趣味は猫をもふもふする事です」

「そんな事は聞いていない!」


 外れだったようである。じゃあ何を言えば良いのやら?

 そう首を傾げてみれば、信じられないものを見るような目を向けられた。


「まさかお前、本当に。おい、『クルティエル教団』という名前に聞き覚えはあるか?」

「いいや」

「ならば『帰光楼』は!?」

「いいや」

「じゃあ、まさか……『アルマーナ』も、知らないのか?」

「さっき百合さんが言っていた以外では、知らないが」


 正直にそう答えた途端、百合さんは力が抜けたように壁に寄り掛かってしまう。

 短いスカートの中が見えそうになって、俺は僅かに視線をずらした。


「知らないから、教えてくれると助かる。昨日の泥人形も含めて」


 別に知っても知らなくてもどちらでも良いのだが、此処はそう言っておくべきだろう。


「え、えっと。それじゃあ、私から説明しますね」


 まだ脱力したままの長剣少女に代わって、佐久埜ちゃんが教えてくれる。

 何だか、『さん』より『ちゃん』を付けたくなる少女である。心の中でだけは、ちゃん付けにしておこう。


「まずアルマーナというのは、この世界に満ちる『神の力の欠片』とでも呼ぶべきものの事です。遥か過去、神話の時代に神達が争った際に飛び散った力の残滓は今も世界を遍く満たしていて、それを自らの身に取り込む事で私達は超常的な力を扱う事が出来るんです」

「それじゃあ、二人も?」

「はい。私は、傷を癒す治癒の技が。百合ちゃんは」

「……基本的に身体能力の底上げと、多少の剣技だ。他にも細々としたものは幾つかあるがな」


 へー、それは便利なものだ。


「そして、昨日のアーレムについてですが。あれは、クルティエル教団の呼び出した邪神の眷属になります」

「奴等はその名の通り、『クルティエル』と呼ばれる邪神を信奉している異端な集団だ。解き放たれれば世界を滅ぼすと言われている邪神を、どうして崇拝しているのかは知らんがな」

「成程。それで二人はその教団の呼び出した化け物に狙われていたみたいだが、何故?」

「それは、その。正確に言えば、狙われているのは私なんです」

「佐久埜さんが?」


 おや、少々意外だ。てっきり百合さんの方が、その教団とやらに喧嘩でも売ったのかと思ったのだが。


「はい。教団は、封印された邪神クルティエルの復活を目標としています。私はその為に必要な、生贄なんです」

「より正しく言えば、三人の生贄の内の一人、だ。元々私や佐久埜は、帰光楼と呼ばれる特殊な組織に所属していた。そこは佐久埜のような、邪神の封印と適合してしまう者を保護する為の組織であり、当然教団とは敵対関係にあったのだが……」


 若干淀みながらも、百合さんは続けた。


「ある時を境に、拮抗が崩れた。教団の奇襲により、三人の適合者の内二人が奪われてしまったのだ。本来三人全てを捧げねば封印を解く事は不可能なはずだが、二人だけでも封印を弛める事は出来たようでな。本体こそ出てこなかったが、その眷属を扱う事が出来るようになってしまった」

「帰光楼の皆さんも、必死で戦ったんです。でも、強大な力を持つ邪神の眷属を前に、次々と倒れていって……」

「最終的には佐久埜と、その護衛役である私を残して全滅した。そうして二人、逃亡を続けているという訳だ」


 長い説明をどうも、と用意してあったコップにお茶を注いで二人に手渡す。

 それを飲んで一息ついたらしい二人は、一度なにやら顔を見合わせて頷きあったかと思うと改めて此方に向き直り、


「そして、秋奈さん。此処からが私達が貴方の下を訪ねた理由、本題です」

「その腕を見込んで、協力して欲しいのだ。奴等、教団を滅ぼす為に」

「良いよ」


 何故か、二人に固まられた。


「聞こえてるか? 協力しても良いよ、と言ったんだが」

「お、お前本気かっ!? 敵の詳しい規模も戦力も確認せず、今の説明だけで頷くなど、余程の馬鹿なのか!?」

「いや、このままだと佐久埜さんが生贄にされてしまう訳だろう? きっとそれを邪魔する百合さんも殺されてしまう。おまけに邪神が復活すれば世界は滅ぶ、と」

「は、はい。その通りですけど……」

「ならば、教団を滅ぼすのが一番手っ取り早くて適切だ。之、道理」

「確かにそうだが、お前……」


 またも信じられない者を見るような目を向けられる。

 じっと此方を見詰める四つの瞳と睨み合う事、十数秒。


「――分かった。お前を信じよう」

「お願いします、秋奈さん。身勝手な願いだとは分かっています、でも……どうか私達に、手を貸して下さい」


 真っ直ぐな目を向けてくる百合さんと深深と頭を下げる佐久埜ちゃんにうんうんと頷いて、手を伸ばす。


「以後、よろしく」

「はい。よろしくお願いします」

「ふん。裏切ったりしてくれるなよ」


 握手を交わし、俺は自ら不思議に巻き込まれた。こういうのも、悪く無い。

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