第四話
どうにも、運が良いのか悪いのか。
いまいち定かでは無い今日の運勢に、若干首を捻る。
今しがた、木偶を一体斬ってみた。結果から言えば、やはり拍子抜け。単体でいえば、あの鬼よりも大分劣るだろう。
そんな物が八体……いや、残り七体ばかり。これでは、高速道路の真ん中でタップダンスでも踊っていた方が余程ましである。そんな迷惑な行為をする気はさらさら無いが。
だが同時に、良い事もあった。前から気になっていたあの長剣少女と、話せた事だ。
会話はほんの一言程度のものだったが、それでも一応は会話である。続けてあのふんわり少女とも話せれば、もう言う事は無い。
上手くいけばこれを切欠に、今後も話せる知り合い位には成れるかもしれない――そう甘い夢を見る己に迫る、泥人形。
何という邪魔者か。朝、登校する時に美少女達と挨拶を交わして始まるという、理想の一日を妄想する暇すら無い。
仕方が無く、また刀を振るう。べちゃりと鈍い音を立てて二つ、泥人形の上半身が地に落ちた。
続けて踏み込み、今度は此方から攻めてみる。三度刃が翻り、あっという間にまた三つ、上半身と下半身が別たれた。
実に、出来の悪い木偶である。柔らかな外皮は衝撃に強く、硬き中身は斬撃に強いようだがしかし、それがどうしたというのか。
斬り難きを斬る、それが『刀』である。ならば、模造刀であろうと木偶共を斬れる、之道理。
また一つ、刃が翻る。さすれば首が一つ、地に落ちる。
残るは少し離れて此方を窺う一体のみ。最も、あの木偶に意識というものがあるかどうかは知らないが。
と、その木偶が突然、珍妙な動きをしだす。
ぶるぶると身体を震わせ、人には到底出せぬ奇怪な悲鳴を空へと上げた。
するとどうだろう。ずるりと地に跡を引き、倒れた泥人形達が一箇所に集まっていくではないか。
やがて集結した泥達は、悲鳴を上げた固体を核に、うにょうにょと変形合体。
「これはまた。無駄にでかいな」
人間大の物体が八つも合わさったのだから、当然大きさも相応なものだ。
全高はおよそ四メートル、細かった体躯はボディビル大会にでも出るのかという位に太ましい。
それが大きく腕を広げて此方を威嚇するように構えれば、まるで一軒家に立ち向かうが如し。威圧感だけなら相当なものである。
威圧感だけならば、だが。
幾ら集結した所で、材質が変わらないのなら堅くは成れない。どんなに質量が増した所で、当たらなければ足を引っ張るだけ。
それどころか、動きは以前に輪を掛けて鈍重で大雑把な有様だ。これでは強化どころか弱体化である。
そして、何より。どんなに大きくとも――
「二つに別てば、壊れるが道理」
小細工を弄する意味も無く、俺は正面から巨人へと距離を詰めた。
当然、泥巨人は迎撃の為にその太い腕を、拳を振るってくる。
くるり、一回転半。フィギュアスケートでもするように低く華麗なジャンプを決めると、横を通る巨人の腕を軽く蹴りつけ、前へと加速。
巨人の目の前で一度、すとんと片足で着地して、そのまま間を置かず再度地を蹴った。
高き頭よりも更に高く跳ぶ。同時上段、天へと一直線に伸ばした刀を、落下と共に振り下ろす。
「秘技・両の断ち」
するりと入った刃は、するりと抜けた。
着地に合わせるように、巨人の身体が真っ二つ。
倒れた身体は泥のように崩れ溶け、もう動く事は無かった。
「呆気ないなあ」
不満を小さく吐き出して、軽く刀を払った俺は、放り投げたケースと鞘を回収する。
敵意が無い事を示すように刀をその中に収め、呆然と立ち尽くす少女達へと歩を進めた。
「っ!」
「待って、百合ちゃん!」
警戒し刀を構えた長剣少女を、ふんわり少女が制する。どうやら、此方と話してくれるつもりらしい。
チャンスだ。仲良くなる、チャンスだ。
「怪我は?」
勇気を搾り出して話し掛ける。
怪我などしていないと分かってはいたが、そんなありふれた言葉しか出てこなかった。情けない自分が憎い。
「だ、大丈夫です。その……ありがとう御座いますっ」
勢い良く頭を下げる少女に面食らうが、まあ彼女達を助けたのだから当然かもしれない。
助けられたらお礼を言う、常識である。
美少女に礼を言われて悪い気がする訳も無いので、素直に一つ頷いて、
――さて、困った。何を話せば良いのか分からない。
女の子との会話の仕方が分からず苦慮する俺に、今度は長剣少女が頭を下げてくる。
「……一応、礼は言っておこう。助かった。だが!」
詰め寄られた。ふわりと鼻で感じる、良い匂い。
ドキドキした。顔には出ないよう、必死で抑えたが。
「お前は一体何者だ!? 何故私達を尾行し、そして助けた!? 答えてもらおう!」
話がいまいち頭に入ってこない。目の前にまで迫った彼女の綺麗な顔に、尚更心臓が高鳴った。
漆黒の瞳に意識が吸い込まれそうだ。かといって視線を逸らせば、妙に艶かしく瑞々しい唇が目に入って、やはり視線を逸らすしか無い。
仕方が無いので、即座に反転。赤くなった顔は、ぎりぎり見られなかっただろうか。
「おい!?」
「それでは、さようなら」
伸びた少女の手が肩に触れるその前に、急いで走り出す。
幸い、追いかけられたりはしなかった。
「ちくしょう。もっと話したかったなあ」
愚痴りながら、一路我が家へ。
広野秋奈、十七歳。近づきたくても女の子に近づけない、今時珍しい純情少年である。
~~~~~~
「ニャー」
猫は良い。小さく、もふもふで、その可愛らしさは寂れた心を癒してくれる。
そんな訳で俺は今、帰って来た我が家の自室で、猫を膝に乗せて撫でていた。
「ニャー」
「よーしよし」
この子の名前は白玉。二年程前、道端に捨てられていた所を拾い、親を説得して飼う事を認めてもらった白猫である。
当時は小さな子猫だったこいつも、今ではすっかり大きくなった。真っ白な体に一本、筋が通るように走っている茶色い線がチャームポイントだ。
白玉を撫でながら、思う。どうして自分はこう、女の子と上手く話せないのか、と。
今日は二度も、女の子(それも美少女!)と話す機会があった。一度目は巫女服の少女と、二度目はあの二人組みと。
だがそのどちらとも、満足に話せずその場を立ち去る事しか出来ていない。せめて自己紹介の一つも出来ていれば、また違った展望も見えたというのに。
「やっぱり俺には、白玉しか居ないのかなー」
「ニャー」
試しに話し掛けてみれば、景気の良い鳴き声が返って来る。
そうかそうか、と言いながら抱き上げた白玉を優しく抱きしめる。温かい。それにもふもふ。
「名残惜しいが、そろそろ寝るか」
時計を見れば、もう良い時間だ。明日は休日だが、あまり夜更かししてもなんだろう。
と、いう訳で白玉を放し、部屋の電気を消すとのそのそとベッドに入り込む。
すると、布団を開けた隙間に白玉が素早く潜り込んできた。
「一緒に眠りたいのか?」
「ニャー」
「そうかー」
肯定と受け取って、俺は静かに目を閉じる。徐々に襲い来る眠気の中、思った。
――ああ、やっぱり猫は良い、と。
そして、次の日。
「にゃー」
「……誰?」
目を開ければそこには、裸の猫耳少女が居た。……不思議だ。