第三話
「さあ、吐いて貰おうか。お前は一体、何の目的で私達を追っていた?」
いきなりで悪いが、ピンチである。
俺は今、十メートル程の距離を置いて、件の長剣少女に詰問を受けていた。鋭い目を向けてくる彼女の横に、例のふんわり少女が怯えた様子で佇んでいる。
場所は、我が家から三十分程離れた所にある自然満載の小山、その中腹付近。すっかり辺りは薄暗くなり、元より観光地でも無いので全く人気が無い。助けは期待出来なさそうだ。
一体何時から尾行がばれていたのか、まるで検討が付かない。何せ一度も身を隠すという事をしなかったのだから、何時ばれていても不思議では無いのだ。
「答えろっ!」
長剣少女が、激しい剣幕で更に追撃を掛けてくる。
けれど俺は答えず、ケースに手を突っ込むと、そのまま鞘から刀を引き抜く。
ぎょっとする少女達を前に、鞘入りケースを脇に放り投げ、俺は散歩でもするような軽い足取りで彼女達との距離を詰めた。
「くっ……! 何者かは知らないが、やはり敵か!」
「こ、来ないで下さい……!」
警戒を強め、長刀の柄に手を掛ける少女と、怯えて一歩後ずさる少女。その様を見て、思う。
「甘いなあ」
口に出してしまった。ぼやくような声だったので、彼女達にまでは届いていないようだったが。
いまいち理解出来ない。何故、敵対者(俺は敵では無いのだが)とこうまで相対しておきながら、鞘から剣を抜かないのか。まさかあの長刀で、居合いだなどと冗談を抜かす訳でもあるまいに。
そしてもう一人の少女にしても、後数歩は下がるべきだろう。あまり離れると長剣少女が守れなくなるのかもしれないが、あれでは完全に長刀の間合いだ。流れ弾成らぬ流れ剣が当たってお陀仏、などという笑えぬ事態に成りかねない。
とはいえ、今の二人の距離や位置関係は、此方としてはありがたい。そんな訳で、俺は迷う事無く彼女等の下へ歩いて行った。
「このっ!」
間合いに入った。此方の剣では届かず、あちらの剣だけが当たる、そんな距離。
途端、長剣少女が鞘から刃を解き放とうとする。が、
「――遅い」
振るわれた時には、俺は既に二人の間。
三人、横並び。当然そのまま長刀を俺へと伸ばせば、射線上のふんわり少女もまた、斬ってしまう。必然、刃は止まるが道理。
隙だらけの両者、その襟首を引っつかみ加速した。ぐん、と二人を引っ張り、四歩、五歩。
直後、背後に落ちる、黒い影。
十分な距離を取ってから、二人を放し振り返る。視界に映るのは己とそう変わらぬ大きさの、奇怪で不快な泥人形。
驚愕する横二人の気配を感じながら、一歩前へ。
「鬼は駄目でも、木偶ならどうか」
呟いて、俺は刀を下段に構えた。
~~~~~~
この男の事が、全く理解出来なかった。
私が、守るべき少女――佐久埜と共に夕食を買いに出かけた直後だ。ふと、誰かが付いて来る様な、そんな気配を感じ取った。
取りとめも無い会話を続けながらも背後を窺えば、少年が一人。家の近くで偶に見かける少年で、つい先程もすれ違ったばかりである。
そんな少年が、何故か私達の後ろを付いて来ている。先程とはまるで進行方向を変えて、だ。
何かある、そう悟った。とはいえ彼はあまりに堂々とし過ぎていて、身を隠す素振りの一つも見せないものだから、本当に追跡されているのかと逆に不安になってしまう。
だから、暫く泳がせた。それとなく佐久埜に事情を伝え、本来の道から逸れて人気の無い場所へと誘導した。
それでも付いて来たあの男を見て、疑念が確信に変わる。一体どんな狙いなのか、彼が何者なのかは知らないが、自分達は付けられているのだ、と。
だから即座に反転、向き合い問い質した。しかし彼は全く動じる事無くその手の剣を抜き、此方に襲い掛かってきて――
「鬼は駄目でも、木偶ならどうか」
今、助けられている。
もしあの時、あのまま間抜けにも突っ立っていれば。私はきっと、落ちてきたあの泥人形――アーレムによって潰されていただろう。そうして、隙だらけのこの身を砕かれるのだ。
奴等と戦ってきた者として、痛い程それが分かった。同時に、この目の前の少年によって救われたのだ、とも。
故に理解出来ない。この少年は、一体何なのだ?
「お前は……?」
一歩、二歩、前に出る少年へと無意識の内に問い掛ける。
すると彼は、半身になって少しだけ顔を此方に向けて、
「ただの純情少年です」
言って、また一歩踏み出した。
直後、小さなガッツポーズと共にやった話せた、という呟きが聞こえた気がしたが、真相は定かでは無い。
今確かな事は、彼がアーレムに向かって歩を進めている、その一点のみ。
「ま、まさか、戦うつもりですか!? き、危険ですっ! アーレムは、とっても強くて……!」
助けられた事もあり、彼は敵では無いと考えたのだろう。隣で尻餅を着いている佐久埜が、少年へと叫ぶ。
直後、またも此方に振り返ろうとした少年の後ろに、新たな影が落下した。
「ぞ、増援! 何て数だ!」
次々と地に落ちるその数、七つ。合計八体の泥人形を前にして、私の脳裏は絶望に染まる。
(私一人では、精々四体倒すのでやっとだ。どうすれば)
少年を頼ろう、とは思わなかった。未だ敵か味方かも分からぬ身であるし、何より彼からはこの期に及んで『アルマーナ』を感じない。
世界に満ちるそれを取り込み己が力としてこそ、人知を超えた存在とも戦えるのだ。それを持たぬ人間では、あの泥人形達に傷一つ付けることすら叶うまい。
彼を囮に、佐久埜を連れて逃げるか――そう、考えた時だった。
遂にアーレムが動き出す。先頭を行く一体が、そのぬめりを帯びた腕を無造作に振り上げる。
侮ってはいけない。あの一撃ですら、常人の頭蓋骨など容易く砕く。
が、少年は風に流れる柳のような自然な動きでそれを避けると、
「正に、木偶の坊」
ひゅるん、軽い音を立て、振り上げられる刃。
途端、アーレムが股から頭まで、すっぱりと別たれる。
あり得ない事だった。かの泥人形は、その粘液のような表皮の下に、非常に硬質な『肉』を持っている。アルマーナを使った私でさえ、切り裂くのは容易では無い。
それを、名刀で豆腐でも斬る様にあっさりと。
「何なんだ、これは」
隣の佐久埜の肩を抱きながら、呆然と呟く。
これが、我らが救世主。広野秋奈との、本当の意味での出会いであった。