第十一話
広野家作戦会議が終わった、その直後。
俺は自室で二人、人の形を取った白玉と向かい合っていた。
「それで話って何にゃ、ご主人様?」
「聞きたい事があってな。白玉は戦えるのか?」
にゃ~、と白玉は数秒考えた後、
「これでも猫にゃから、身体能力は高いにゃ。爪で切り裂いたりも出来るしにゃ。けど基本は、宇宙猫人としてのテクノロジーが主力になると思うにゃ」
「テクノロジー?」
「そうにゃ。当然にゃがら私達宇宙猫人は、地球人とは比べ物ににゃらない技術を持っているにゃ。私もそんな優れたテクノロジーを、幾つか保有してるのにゃ」
白玉が言うには、技術者だった父から疎開の際に、護身用の道具を幾つか受け取っているらしい。
また、幼い頃から好奇心旺盛だった彼女は、積極的に父の仕事を学ぶ事である程度の技術を習得しているのだとか。
最もこの地球の技術・環境の中では、造れる物・出来る事も限られるらしいが。
「だから邪神をにゃんとかしたりとか、ご主人様並みに強いらしいその男を倒したりとか、そんにゃ事は出来そうにないにゃ」
「なら、この家を守るだけならどうだ?」
にゃ? と白玉の首が傾く。
「封印の適合者である佐久埜さんがこの家に住んでいる以上、最も襲撃を受けやすいのもまた此処だろう。出来れば戦闘の際には場所を移したい所ではあるが、あの男相手にそんな余裕は無さそうだ。だからせめて、この家と母さんは何とか守りたいんだが」
「ん~……。それだけにゃら、私でも何とかにゃりそうにゃ。でもご主人様?」
「ん?」
「そもそも、あの二人を追い出すって選択肢は無いのかにゃ?」
少しだけ、猫らしい無邪気なその目が真剣になった。
「ご主人さまは優しいから、二人を助けたいって気持ちは分かるにゃ。それに、邪神が復活したら大変、ってのもにゃ。でもそれにしたって、この家に住ませる必要はないと思うのにゃ」
もっともだった。
此処には何の関係も無く、戦う力も無い母さんが住んでいるのだ。襲撃される可能性がある以上、彼女達を此処に置いておくのは賢い選択肢では無いだろう。
それこそ、以前までのように適当な廃屋にでも目を付けて、そこに一緒に住めば良い。
だが。それでは駄目だと、俺は思うのだ。
「彼女達は、追い詰められているんだ」
「にゃ?」
「状況もそうだが、何より精神的に。育った施設は破壊され、親代わりや仲間達は死に、ずっと教団の脅威に怯えながら生きてきた。表面状はそうは見えなくても、多分精神的には壊れる寸前」
「そうかにゃ?」
「多分、だが。一回助けられた位で、良く分からない俺なんかを頼ってきたのがその証拠だ。とにかくもう、自分達だけでは立っている事すら困難な位ギリギリなんだ、彼女達は」
恐らく本人達は気付いて居ないだろう。自分達の精神がいかに危うい状態であるか、という事には。
「だから、住むとしたら此処なんだ。戦いには何の関係も無い、日常の象徴のような母さんが居て、かつ温かく受け入れてくれるこの家が」
「彼女達の精神を癒すためには最適、にゃ? にゃ~、確かに母上は温かい人だけどにゃ」
「母さんは、二人の事情を何も知らない。知らないからこそ、与えられる温かさもある」
多分彼女達の事情を知ってしまえば、その癒しはわざとらしいものになってしまうだろう。
常に彼女達に優しく接し、その心を癒そうとする。
確かにそれも悪く無い。が、今はそれでは駄目なのだ。
母さんの持つ、当たり前の温かさ。それが日常から遠く離れてしまった彼女達には必要なのだろうと、俺はそう判断したのである。
「大丈夫。後で話せば、母さんはきっと分かってくれる」
「にゃー、まぁあの母上なら確かに、そうかもしれにゃいにゃ~」
納得してもらったようで、これ幸い。
そんな訳で家の守りを飼い猫に託した俺は、模造刀をその手に持つと立ち上がった。
追従するように、白玉もまた立ち上がる。
「それじゃあ、庭に行くか」
「にゃ!」
より強くなる為、模擬戦がしたい。
作戦会議の直後、そう頼んできた百合さんに応える為、俺達は部屋を出た。
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「で、何故白玉が居るのだ?」
「にゃ。私は見学だにゃ! 面白がってるだけとも言うにゃ!」
正直者の猫に百合さんの顔が微かに歪むが、直ぐに気を取り直し此方に向き直る。
手には、いつもの長刀。既に鞘から抜かれたその刃が、陽光を受けて眩しく輝く。
応えるように、俺もまた刃を抜いた。昨日の戦いで一部が欠けた、その刃を。
何とも便利な話なのだが、アルマーナを上手く使えば、周囲の認識の一部を誤魔化すような真似も出来るらしい。
おかげでこうして、庭で刀を持って向き合う、何て行為が出来ている。
何と楽な事か。今後も、鍛練の際には力を貸してもらおう。
ちなみに白玉に関しては百合さん、佐久埜ちゃんどちらにも既に紹介は終えている。
始めは驚いた二人だが、元々不思議な力と関わっていたせいか、割とすんなり受け入れた。宇宙人という所には、正直懐疑的であったようだが。
「此方の刃は、アルマーナを使って切れないようにしているが……お前の方は大丈夫なのだろうな?」
「無論。斬る事が出来るなら、斬らない事も出来る。之、道理」
何だかまた、百合さんの表情が微妙になった。
何故だろうか。おかしな事は言っていないと思うのだが。
「はあ。まあ良い、それともう一つ。その刀で本当に良いのか?」
「勿論。模擬戦に使う程度なら、何の問題も無い。それに、新しい刀はまだ届いていない」
「届く? 誰かに頼んだのか?」
「ああ。昨日の夜、某ネット通販で」
何とも便利な世の中である。
「そ、それは大丈夫なのか?」
「心配しなくても、ちゃんと速達で頼んだ。今日中には届くはずだ」
「また模造刀を?」
「当然だろう。この現代日本で真剣なんて早々手に入らないし、そもそも何処で買えば良いのかもよく分からん。その点、模造刀ならボタン一つで簡単購入出来る。公に持ち歩いたり振るう事は、出来ないが」
ついでに言えば、お金がそこまで掛からないのも良い。
とはいえ一学生の身分では、幾つも買うのは厳しいのもまた事実であるが。
「まあ良い、お前がそれで納得しているのならな。それではそろそろ、始めようか」
百合さんが長刀を構える。
俺もまた、いつものように模造刀を下段に構えた。
凛、と場の空気が張り詰める。
「それでは、試合――開始にゃっ!」
白玉の号令と共に、俺達は同時に動き出す。
それからお昼ご飯の時間になり、佐久埜ちゃんに呼ばれるまで、俺達はずっと刃を交し合っていた。
なお勝負は俺の全戦全勝だった事を、此処に追記しておく。