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第一話

 夕焼けに染まる帰り道。丁度修学旅行から帰って来て、友人達と共に家路に着いている時の事だった。

 道路をブンブンと煩い車がまばらに通っていく。都会過ぎず田舎過ぎない、そんな中途半端な町の沿道を歩く、俺達学生三人組。

 当然、話題は先程まで謳歌していた修学旅行について。


「もう終わっちゃうなんて早いよなー、修学旅行」

「楽しい時間はあっという間って良く言うし、多少はね?」


 小太りの友人Aが名残惜しそうに言えば、小柄な友人Bが素早く返す。

 その後ろで、俺はオレンジ色の空が綺麗だな、何て空を見上げていた。


「そうだ秋奈、借りてる金の事だけど」


 友人Aに呼ばれ、顔を下ろした。此方に振り向いた彼は拝むように手を合わせ、


「絶対来月には返すから。ほんと、悪かったな」

「修学旅行だからって、浮かれて使いすぎるからだよ。秋奈が居て助かったね」


 友人Bの言葉に同意する。

 修学旅行中、無駄に使いすぎたせいでお土産を買う資金を無くしたAが、金を貸して欲しいと土下座して頼み込んで来たのだ。

 断るのもどうかと思い、一万円程貸してやった。未だ高校生の身としては、十分過ぎる大金である。

 が、この友人、使いは荒い割りに借りはきちんと返すので、然して心配はしていない。きっと来月にはぴったり一万、全額揃えて返してくるだろう。


「じゃ、俺達は此処で」

「またね、秋奈」


 いつの間にか、彼等の家の近くにまで到達していたらしい。二人に小さく手を振り、帰路を別つ。

 友人達がそれぞれの家に入っていく姿を見送った。それ程までに、あの二人の家は近いのだ。

 最も、俺自身の家も此処からならば歩いて精々五分程。数日離れ、そろそろ恋しくなってきた我が家に帰ろうと、俺は再びオレンジ色の沿道を歩き始めた。


 それから三分程だろうか。通りから、我が家に通じる小道へと入ろうと、道を曲がった時だった。

 丁度前の道から、此方と同じ様にやって来ていた二人組みの少女が、同じく小道に曲がったのだ。

 旅行明けで疲れ、足の遅い此方と違い、元気な二人は少しだけ速く先を行く。

 何とはなしに、その背に目を向けた。前を向いて歩くのは基本なのだから、当然である。

 良く見る二人だった。俺の通う高校とは別の(というかそもそも通っているのが男子校なので、女子はいない)学校の制服に身を包んだあの二人とは、帰宅の時間帯が同じなのか良くこうして遭遇する事があった。

 ただ、知り合いでは無い。話した事も無い。帰り道で見かけることがある、それだけの関係である。

 仲良く会話しながら歩く二人。片方は、身長が高くすらっとしていて、黒い長髪をポニーテールに纏めた、目つきの鋭い少女である。

 もう一人は、対象的に背が低く、クリーム色のふわふわとした髪を腰下まで伸ばした、ほんわかした優しそうな少女である。

 そして二人共、美少女だった。道で遭遇した時にちらりと視界に入る程度だが、それでも分かる位であった。

 一人の健全な男子として知り合いたいという願望が無いでもないが、話し掛けた事は無い。話し掛けようと思った事も無い。

 見知らぬ女の子に大した切欠も無く話し掛けるなど、自分には難易度が高すぎる。

 後ろを一人寂しく歩いていれば、自然と彼女達の会話が耳に入った。


「心配せずとも大丈夫だ。必ず守って見せる、この剣で。あんな奴等には、指一本触れさせん」

「でも……だからって、傷ついて欲しくなんてないよぉ。もしもの時は、一緒に逃げよ?」


 何も知らない人間が聞けば、頭を疑うような会話である。学生の頃にありがちな、現実と非現実を混同してしまった痛い人達の会話である。

 きっと俺も、そう思った。

 あの長身の方の少女が、その手に刀を持っていなければ、だが。

 紫色の美しい鞘に入った、少女の身長近い長刀である。それを、鞘から伸びた紐をリュックのように肩に掛け、堂々と携帯しているのだ。

 あからさまな銃刀法違反。本物でも偽者でも、許されるものでは無いだろう。

 けれど彼女は、見かける度いつも、その凶器を持ち歩いていた。一切隠す事無くである。

 そして、時折遭遇する通行人達も、誰一人それを不審に思っていない。まるで見えていないかのように無視して通るのだ。

 彼女達を初めて見た時から、数ヶ月。気付いた事がある。

 どうやら彼女達自身以外では、俺しか気付いていないようだ。あの長刀の存在には。

 初めの頃は眉を顰めたものだが、もう慣れてしまった。広い世の中だ、きっとそういう事もあるのだろう。

 少女達が、不意に曲がった。そのまま二階建ての家へと入っていく。

 二人共この家に住んでいるのか、それとも遊びに来ただけか。真実は知らない。だがいつも、彼女達とは此処でお別れだ。

 そうしていつものように、何事も無かったかのように俺はその家の前を通過する。そこから数十メートル先にある分かれ道を左に曲がり、またも数十メートル進めばもうそこは愛しき我が家だ。

 分かれ道を曲がり際。視界の端に入った少女達の家に、ふと呟く。


「世の中、不思議な事もあるものだ」


 何年も前に廃棄されたようなボロボロの家屋が、視界から消えた。


 ~~~~~~


「ただいま」


 玄関を開けると共に、帰宅を宣言する。

 そこそこ広い庭の付いた、古臭い一軒家。それが、俺が生まれてからずっと住んでいる我が家である。

 今時珍しい瓦屋根の平屋で、建てられてから結構な年月が経過しているが、それがまた味が有って気に入っていたりする。


「おかえりー。修学旅行、どうだった?」


 出迎えたのは、母の声だった。

 夕食を作っているのか、台所から出てこないままに掛けられた問いに、短く答える。


「楽しかった」

「そう。夕飯は? どうする?」

「必要ない。お菓子を、喰いすぎた」


 あらそう、と笑って母は作業に戻って行った。

 友人達と騒ぐ帰りのバスは楽しいものであるが、盛り上がりすぎるのも考え物である。


「さて」


 短い廊下を歩き、自室に入った俺は、重い荷物を放り置くと制服の上着を脱ぎ捨てた。そのまま、緩めていたネクタイと一緒に部屋の隅に放り投げる。

 時計を見る。中途半端な時間だ。夕食は無く、かといって特にする事も無い。


「丁度良いか」


 だから、旅行で暫く出来なかった日課をしようと、そう思い至った。疲れもあり休もうと思っていたのだが、暇だというのなら良いだろう。

 部屋の片隅に立て掛けてある、野球のバットを入れるようなケースを手に取った。そうして、本棚の上に安置してある模造刀を鞘ごとケースの中に仕舞い込む。


「よし」


 一つ頷いて、俺は日課を行う為部屋を出て行った。


 ~~~~~~


 再び小道を通り、沿道を歩いて、また別の小道に入った先。中々の広さを誇る雑木林の中を、俺は歩いていた。

 日課は基本、此処でする。誰も人が来ず、静かなこの場所は、こっそりと集中するにはこれ以上ない程に打って付けな場所なのだ。

 茜色に照らされた木々は、何処か幻想的で美しかった。その光景に癒されながら、奥を目指して進んでいると、奇妙な音が耳を打つ。

 ドーン、と何か大きな物を打ちつけたような音と、木々のへし折れる音だった。いつも静かなこの場所、この時間には似つかわしくない音である。

 何かあったな、と思った。ケースの蓋を開けながら、すぐさま駆け出す。

 それから十五秒。すわ熊でも出たか、と流石に行き過ぎたような考えを抱いていた俺の視界に映ったものは、


「シュオォォ……」

「く、うっ」


 三メートルはあろうかという巨躯を持つ人型の化け物と、それに追い詰められる薙刀らしき武器を持った、巫女服の少女であった。

 足を止める。一先ず、状況を確認。

 化け物である。筋骨隆々の肉体に、厳つい顔を持ち、体表は薄赤色である。頭にはちょこんと飛び出すように二本、鋭い角が付いており、その様は絵本などでよく見る『鬼』という存在とぴったり嵌る。

 対し少女、美少女である。いや、今はそんな事は重要ではないのだが、整った静謐な目鼻立ちと、烏の濡羽色とでも言うのだろうか、後ろで軽く括られた漆黒の長髪は、先の二人組みにも劣らない程に美しかったのだ。

 巫女服と、それに劣らない神聖な雰囲気と相まって、思わず目が釘付けになりそうな少女である。そんな少女は今、幾らかの軽傷を負いながら、地面に座り込んでいる。

 仮称鬼との距離、およそ十五メートル。あからさまに少女へと敵意を向けるその双眸から、余裕は無いと判断。ケースから模造刀を取り出しながら、一歩踏み込む。

 左手に刀を持ちながら、もう一歩。踏み出すと同時、鬼が少女へと距離を詰めた。

 咄嗟に、右手のケースを投げつける。それは丁度少女へと向かっていた鬼の顔面を横から引っ叩き、その注意を此方に向ける。

 高鳴る鼓動と高揚する気分と共に、もう一歩。


「お前は、強いのかな」


 呟いて、俺は鞘から刃を抜き放った。

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