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砂漠の涙  作者: 唯純 楽
鳥籠からの旅立ち
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1-4

ようやく、旅立ちます。

旅の終着点で待ち受ける運命は、果たして……。

「何をモタモタしてるんだっ!」

「それは、こっち! こっちだよっ!」

「ぼーっとしてるんじゃない、邪魔だっ!」


 夜が明けると同時に、厩舎の方へ行けば旅の準備をしているはずだと思い、ややビクビクしながら王宮の最も外側にある一番大きな厩舎へ向かったユーリシエルは、まるで戦場のような様相を目にして、呆気に取られた。

 ファティマを乗せる馬車や護衛の者たちが乗る優美な馬は、王宮の近くにある厩舎で見目麗しく飾り立てられているが、ここにいる馬たちは荷物を載せた荷車を引くためのものだ。

 乗馬用の馬とは違う、がっしりした足と太い胴回りを持つ巨大な馬たちと、連なる荷馬車にラーゼルへ持参する品々を積み込む人々は、あれがない、これは違うと叫んでおり、その混乱ぶりにユーリシエルは圧倒された。

 予定通りに出立出来るのだろうかと思いつつ、何をすればいいのか分からず立ち尽くしていたところ、不意にその背を引っ張られた。


「ねぇ! 暇そうだね?」


 振り返ると、にかっと笑う少年がいた。

 黒い髪と瞳の典型的なアリアバード人の姿をした少年は六、七歳くらいだろうか。土ぼこりで汚れた頬をしていたが、人懐こい笑みを丸い顔一杯に浮かべていた。


「え、ええっと……」

「俺、アリ」


 少年は、自分を指差して名乗る。


「わ、私は、ユ……し、シエルです」


 危うく本名を名乗りかけ、慌てて打ち消したユーリシエルに、アリは首を傾げたものの、深くは考えなかったようだ。再びにかっと笑って頷いた。


「シエルは、手伝いを言いつけられたの?」


「え、ええ。でも、初めてで、どうすればいいのか分からなくって……」


「そっか! じゃ、俺が教えてあげる」


 どう見ても年下の少年が教えるなんてとびっくりしたユーリシエルだが、アリは小さな手でユーリシエルの手を握ると歩き出す。


「まずは、荷物を置いてからだね!」


 アリに導かれるままに、従者たちの荷物を積んでいる荷車へ行き、荷物に付ける名札を貰う。


「シエル? ああ、腹痛を起こしたヤーナの代わりか」


 名札の管理をしていた侍従は、名簿らしきものにユーリシエルの名前がないと首を傾げたが、一人で勝手に納得し、ヤーナと書かれていた札を書き直して渡してくれた。


「直前になって人数の変更があるのは拙いからな。一人分の給金をくすねたと言われて、打ち首なんて御免だ」


「シエルは、俺が連れて行くね!」


「おう、頼んだぞ、アリ」 


 すっかり一人前の扱いを受けているアリに感心しながら、ユーリシエルは導かれるままに再び厩舎へ戻ると、ずらりと並べられた荷物を正しい荷車へ乗せる作業に駆り出された。

 荷車ごとに用意されている表に書かれている品物を、その通りに乗せるのだが、文字が読めないのか、作業をしている侍従たちはしきりに間違え、積んだり下ろしたりを繰り返している。

 苛立つ侍従長と文句を言う侍従たちを見かねて、ユーリシエルはアリに耳打ちした。


「アリ。私、字が読めるの。私が荷車のところで表を読み上げて、一つずつ皆で一緒に片付けた方が早いんじゃないかしら」


 アリは、びっくりした顔でユーリシエルを見上げたが、それはいい案だと頷き、直ぐに侍従長へ駆け寄った。

 ユーリシエルは、でしゃばった真似をするなと怒られるのではないかと恐れたが、五十がらみと思われる髭面の侍従長は、天の助けというような顔で手招きした。


「いや、助かった。どうにも、流暢すぎて読めないんだ」


 表の文字は、王族や貴族が使う装飾が施されたもので、庶民が使う簡易文字ではなかった。

 少しも働く人たちの事情を考えないやり方は合理的とは言えないと呆れながら、ユーリシエルは不貞腐れた顔で立ち尽くしている侍従たちを見回した。


「あの、品物が重いものばかりなので、二人一組になって下さい。それから、並んでもらえますか?」


 突然現れたユーリシエルの指図に、侍従たちは不服そうな顔をしたものの、アリがその尻を叩いて回ったお陰で、ニ十組ほどが一列に並んだ。


「今から、品物を読み上げます。最初の人たちから順に運んでください。運び終わったら、後ろへ回って次の順番を待ってください」


 ユーリシエルは、大きな物から順番に読み上げる。

 それを受けて荷物を運んだ侍従たちに、侍従長は荷車のバランスを考えながら、積み込む場所を指図し、アリは文句を言う侍従たちをたしなめる。

 この連携作業を始めて、列が一周りしたところで、要領を得た侍従たちは先ほどの混乱ぶりが嘘のように、てきぱきと働き出し、あっという間に九つの荷車が埋まった。

 同時に、出立するという知らせが届き、侍従長は泣きそうな顔でユーリシエルの両手を握り締め、礼を述べた。


「本当に、助かった! これで、クビにならずに済む」


「い、いえ」


 ぎゅうぎゅうと手を握り締められ、ユーリシエルはやや引きつりながら、笑みを浮かべる。


「もう離してあげなよ!」


 アリが、いい加減触りすぎだと侍従長の脛を蹴り上げたことで、ようやくユーリシエルは解放される。


「痛いじゃないかっ! このクソガキっ!」

「シエルが可愛いからって、いつまでもベタベタすんな! このエロジジイ!」

「なにおうっ!?」


 アリに掴みかかろうとした侍従長だったが、隊列の確認に現れた護衛の兵士に呼ばれ、苦い表情のまま背を向けた。

 その白馬に跨った兵士の姿を眼にしたシエルは、思わずアリの背に隠れるように身を屈めた。

 白い衣装に身を包んだ長身の兵士は、シンラッドだった。

 まさかシンラッドもラーゼルへ行くとは思っていなかったユーリシエルは、青ざめた。万が一にも見つかったら、王宮まで容赦なく連行されるだろう。近衛兵が直接従者たちと顔を合わせることは殆どないはずだが、気をつけなくてはならない。

 青くなったユーリシエルに、アリはそれを侍従長への嫌悪と取ったらしく、憤慨して大人ぶった忠告をした。


「シエルは可愛いから、気をつけなきゃ! 男の人に簡単に手を握らせたりしちゃ駄目だよ! 手を握ってもいいのは、俺みたいな子供だけだからねっ!」


 アリは、侍従長の背に思い切り舌を出してから、自分たちは最後尾を歩くのだとユーリシエルの手を引いた。

 最後尾へ回ると、そこには同じように下働きの侍女や侍従たちが歩き出すのを待っており、二人を見るとにこやかに話しかけてきた。


「いやぁ、よっぽどあの侍従長より仕事が出来るね」


「ほんとほんと。あのエロジジイは、仕事よりそっちのことばっかり考えてるからさ」


「まったくだ」


 口々に侍従長の悪口を言いながら、名乗り合い、これからの長旅への不安や期待を話し出す。

 誰も、ユーリシエルの瞳の色や肌の色をとやかく言わない。

 あまりにも自然に、あまりにも当たり前に話しかけられ、笑みを向けられて、ユーリシエルは驚いた。

 王宮以外の世界では、色付きの自分でもこんな風にごく普通に過ごせるのだろうか。


「ラーゼルって、すっごく大きなお城があるんだって! 楽しみだね!」


 袖を引かれ、ユーリシエルはアリの満面の笑みに、頷いた。


「俺、アリアバード以外のところへ行くのは初めてなんだ。シエルは?」

「私も」

「人が違うのは当たり前だけど、風の匂いとか、空の色とかも違うのかな?」

「どうかしら? 空はずっと続いているけれど……」

「なんだか、ワクワクするね!」


 この胸の鼓動をなんと言うべきか、昨夜からずっと考えていたシエルは、アリの言葉にはっとした。

 不安や恐怖からではない。これは、未知なる世界への期待だ。


「そうね。……私も、ワクワクする」 

「ね!」


 生まれて初めて、イスファールや乳母以外と笑みを交わしたユーリシエルは、進みだした隊列に付いて、歩き出す。

 王宮を出たところで、ユーリシエルは一度だけ振り返った。

 白亜の王宮を、外からこんな風に眺めたのは初めてだ。

 確かに、砂漠の星と称えられる美しさだが、ユーリシエルの目には冷たく映る。

 いつか、この王宮を懐かしく思う日が来るのだろうか。

 そう自問するが、ユーリシエルはアリアバードを懐かしく思う日は来ないだろうと、直ぐに答えを出した。

 ここは、戻りたいと思う場所ではない。それよりも今は、ただ先へ進みたい。


「シエル。もしも疲れたら、荷車にちょっと乗せて貰えばいいよ。皆、交代でそうするからさ」


 ラーゼルへの道のりは長いのだと、気遣ってくれるアリに、ユーリシエルは頷いた。


「ありがとう」


 自然と満面の笑みを返したユーリシエルに、アリも満面の笑みで答えてくれた


ここまでお付き合い頂き、ありがとうございます。

いよいよ、次のお話から本題へ!

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