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引きこもり中学生がゲームのラスボスになっちゃいました。

作者: 谷本 瞬矢

ふと思いついた短編。

「正輝、学校行かないの?」

「嫌だ、行きたくない」

 仄暗い部屋の中、テレビのディスプレイから出る光だけが部屋を照らしている。

 まだ朝だというのにカーテンは閉め切られて外の光が入ってくることもない。

そう、僕は不登校の生徒、何かのテンプレのようにいわゆるいじめで学校に行かなくなった学年に1人は居そうな奴。

「いつになったらそんな気起きるのよ」

「……」

ピコピコと流れるゲームの音だけが母親の声にこたえる。

しばらくすると母親も諦めたのか、僕の部屋の前から立ち去るのが足音で分かった。

「はぁ」

 ため息が漏れる、学校なんて、行きたくない、あいつらが居るならいつでも行く気になれない。

 テレビのスクリーンに映った操作キャラクターたちは敵キャラたちを倒して進軍していく。

 今僕がやっているゲームは通称シミュレーションゲームと呼ばれるチェスのようなゲームだ。

 自分が育てたキャラクター(ユニット)たちをマス目がはいったフィールド内で戦わせて敵を全滅させたり、敵の将軍を討ち取ったり、敵の城を制圧したり、逆に自分の陣地を防衛したりとするゲームだ。

 このゲームは僕のお気に入りで、この頃ずっとやっている。周回制度と難易度設定もあるから初心者から玄人まで人気があるゲームだ。

 ゲームは今終盤に差し掛かったところで、初めてラスボスと邂逅するムービーが流れている。

 ラスボスに自軍のモブキャラクターがなぎ倒されて、ラスボス(狂王と名高いハーヴェイというキャラクター)が主人公、ラインの前に姿を表し、対決を求める。

 ラインは父親か教わった剣技でハーヴェイを攻撃するも、彼が着けた鎧にかかった魔法によってそれは無効化されてしまう。

「ふん、剣技は悪くない、惜しむべくはその貧相な武器か」

 ハーヴェイは腰に下げた3本の剣の内、1本を抜き身で主人公の前に投げる。その刀身は青く、異様な光を放っている。

「これならこの鎧にかけられた魔法を無効化したうえで攻撃ができる、どうだ、正々堂々と勝負といこうじゃないか」

「ライン、挑発に乗るな、きっと罠だ」

 主人公、ラインの親友兼自軍の参謀である魔法使い、イーラがラインを止める

「こいつは親父の仇なんだ、そしてここでこいつを止めれば戦争も終わる」

 ラインはまんまと挑発に乗って、目の前に刺さった剣を抜いて切りかかるが、ハーヴェイは軽くそれを避け、腰から剣を抜いてラインに切りかかる。

 バッサリと背中を切られても、演出のせいで血は出ないが、重傷を負ったのはわかった。

「ふん、所詮はその程度か、勝負は預ける。今度はもっと腕を磨いてこい、今の腕じゃ勝負にはならんようだ」

 そう言ってハーヴェイは自軍の包囲の中を堂々と歩いて去っていく。ラインは混濁する意識の中ハーヴェイを睨みつけるところでムービーは終わる。

「はー、やっぱこのムービーいいな」

 戦闘シーンだからというのもあるが、これまで快進撃を続けていく主人公サイドが初めて苦い敗北を味わうシーンだからというのもある。

 あと、このゲームでラスボスなのに人気が高いハーヴェイがかっこいいというのもある。

 正直僕自身はあまりハーヴェイの良さはわからないけれど、ファンたちの間では別売りの設定資料集を見ればこいつがいかにすごいかがわかるという事だった。けれどその設定資料は人を撲殺するのは簡単そうな、辞書並にでかくて、しかもサイズも絵が入っているから結構でかい、何のこだわりか、革表紙というのもあり、端から見たら辞書というより魔術書だ。値段も一万円ととても引きこもりの中学生に買えるような値段設定ではない。

 その後イベントは続き、ラインが看病されるシーン、そして周回要素として追加される、ラスボスサイドのイベントが始まるために画面が暗転する。

 3週目以降、難易度マックスベリーハードでしか見る事ができないこのイベントはここ最近ずっと楽しみにしていたのだ。

「……あれ?」

 何故か画面が暗転したまま進まない。

「おいおい、まさかフリーズ?」

 たまったもんじゃないと思っていた時だった。

(わが闇を体験せよ)

 いきなりそんな声が聞こえたかと思うと、視界が暗転した。







「は?」

 視界が戻ると、見慣れない部屋の一室に居た。

 まず驚いたのは、部屋の装飾だった。吐き気を催しそうな程絢爛豪華な装飾が施されたその部屋の、これまた悪趣味な椅子に僕は座っていたのだ。そして僕以外にももう一人、この部屋には一人居た。

「え?」

 その人を見てまた驚いた。

 その人は現代では全く無縁な鎧に身を包んでいたからだ。武骨で、機能性を重視した、けれど室内だからか兜はかぶっていない彼はこちらを少し心配そうに、不審げに眺めている。

「どうかされましたか、ハーヴェイ様」

 二十歳後半くらいの、いかにも俺、ボディービルダーですみたいな顔をしたその男の人がそう言った。丁寧な物腰で喋ってはいるけれど、顔がいかついから何を言っても怖い。

 ハーヴェイ? それってさっきやってたゲームのラスボスの名前だよな。というかここはどこだ?

「ハーヴェイ様?」

 また、さっきの男の人がラスボスの名前を言った。

 あれ? そういえばこいつなんか見た事あるような気が。

「先ほどの遠征でどこかお怪我でもされたのですか?」

 そこでやっと、その男が僕に呼びかけているのがわかった。でも、なんで僕がラスボスの名前で?

 そして自分の姿を見降ろしてさらに驚いた、というか血の気が引いた。何故なら自分も鎧を着ていて、さらにその鎧は血で真っ赤に染まっていたからだ。

「@:*!<>!」

 自分の口から声にならない悲鳴が漏れた。我ながら情けない声だけども、恐ろしいものは恐ろしい。最近部屋に籠ってばかりで、ろくに自分の部屋以外を見ていなかったのだ、血なんて何年か見ていないと思う。

 立ち上がって、近くにあった布で鎧を叩くように拭く。

「王! どうされました!」

「だって、血が、血が!」

 拭くのがまだるっこしくなって、鎧を脱ごうとしたけど、鎧の外し方なんて知るわけもない僕は奇妙な踊りを踊っているように見えたかもしれない。

「誰か癒しの杖を使えるやつを呼んで来い」

 僕の意識はその声を最後に途切れた。

 なぜなら鎧を外そうと四苦八苦しているうちに倒れて、頭を打って気絶してしまったからだ。


 目が覚めると、ベッドの中に居た。

 僕はベッドから起き上がり周りを見る。

今度はものすごく広いけれど、すごくボロボロな部屋の中に僕は居た。

鎧は外されていて、簡素な寝巻を着せられているようだった。

「ここ、どこ? うっイテテ」

 転んで打った頭が今頃痛んできた。

 頭を触ると、半分予想通り自分のぼさぼさに伸びている髪じゃなく、短髪で切りそろえられている。

「よかった、こぶはできてない」

 僕は頭を押さえながらベッドから出て、辺りを歩く。

 といっても何かあるわけではない、ベッドの隣にあるのは僕がさっきつけてた鎧がきれいに並べられ、血は拭われて綺麗になっている。

 僕は部屋の片隅に有った鏡を覗き込んだ。

 昔の鏡なのか、金属の前に板ガラスがなくて少しぼやけて見える。けれど自分じゃないと確信するには十分な姿がそこには映っている。

「……やっぱり、僕ハーヴェイになっちゃったの?」

 ゲーム内で堂々と、それこそ傲岸不遜、唯我独尊がよく似合うその顔から漏れるその顔はどこか滑稽で笑いが漏れてくる。

「ハ、ハハ」

 僕の地声よりもはるかに低い声で出る乾いた笑い声は、哄笑しているようにも聞こえる。まるで自分の体じゃないみたいだ。いやちょっと待て、これは自分の体といえるのだろうか。

「これって、ゲームの演出なのかな。いや、ないよな、テレビゲームの中に入れる演出とかありえない、そんなことできるならネットに出回ってるだろ」

 独り言を言っていると、少しだけだが落ち着いてきた。

 よくわからないけども、もしかしてこれが異世界転移ってやつなのか? でもそれならラインがよかったんだけどなー、敵をばっさばっさとなぎ倒してハーヴェイを討ち取って世界に平穏を取り戻し、王女様に爵位を与えられる。そんなのホント夢の様じゃないか。

「ハーヴェイ様、気が付かれましたか」

扉の外からさっきの人の声が聞こえてくる

「うん、だい……」

 少し声に出して、やはり何か違うと思った。

 そうだよ、折角ハーヴェイになったなら、なり切って傲岸不遜、唯我独尊が似合うキャラで行こう、その方が楽しそうじゃないか。

「ああ、今目が覚めた、見苦しいところを見せたな」

 自分の喉から出た声とは思えないほど冷徹で、自分でも怖くなる声が出た。

「お気分はいかがですか」

「大事ない、ちょっと立ち眩んだだけだ、皆にもそう伝えておけ」

 あの状況からは無理があるかもしれないけど、なんせこいつは狂王だ、こいつが言えば絶対になる、そのせいで戦争は起きたんだから。

「は、承知いたしました」

 扉から足音が遠ざかっていく。

 僕は再び鏡に顔を向ける。はっきり言ってだらしない表情をしているハーヴェイこと自分が鏡には映る。

「ハーヴェイになったんだ。なら、表情も必要だよな」

 僕は数分、鏡の前で表情を作る、まるでイタイヤツになっていた。

 けれどラスボスとはいえ、元の僕とは比べ物にならないイケメンだから、そんな感じはしない。納得がいったところで、僕は鎧の前に向かう。

 鎧を着るのには抵抗があった、というか着かたを知らないけど、鎧を着ないまま城の中を歩き回るのはハーヴェイとしては明らかにおかしいだろう、そう思ったので僕は鎧と格闘を始める。

「というか、筋骨隆々なやつが気をつけできないって、マジだったんだな、ネタだと思ってたわ」

 

 やってみると、体が覚えていたとでもいうのだろうか、鎧を掴むと手がかってに動くというか、このハーヴェイの体にしみついていたのか、全然苦労せずに着ることができた。鏡で見ても特におかしいところはない。

「よし、城内を歩き回ろう、城内の設定見れるとか、感激だわー」

 城内を見て回るのは最初こそ楽しかったけれど、特にみるものもなく、すぐに城内を見て少し落胆した。いってしまえば、狂王なんて言われる男が住んでいるでっかい家だ。武骨で、飾りっ気があるわけでも、煌びやかなわけでもない。

「あれ? じゃあ、あの部屋は何だったんだ?」

 そしたらあのボディービルダーについて思いだした。

 そういえばあいつはハーヴェイの側近グランで、煌びやかな物が好きな、けれど槍を振るわせればこの大陸で右に出るものは居ないとかいう(設定の)やつだ。実際ゲームの最終マップの前のマップで戦うことになるけれど、そのころには味方ユニットも相当強くなってるから、ラスボスのハーヴェイに比べればなんてことはない普通の敵将キャラだった。

 そんな事を考えていると、どこからか大きな声と、何か大きな音が響いてきた。

「訓練しているのかな?」

 僕は導かれるようにその方向に向かった。


 訓練場に入ると、武器を振るう気合の怒号や、模擬線をやっている方から聞こえる剣を打ちあう音も聞こえる。

 広さ的には学校の体育館を二回りくらい大きくしたような広さで、四隅には大きめの扉があった。更衣室とか武器庫みたいなのだろうか? 更に真ん中から少し離れた所に、魔法円が掛れている。ゲーム内での魔法の設定はあんまり深く突っ込まれていなかったから、あの魔法円が何の魔法を起動させるためのものなのかはわからない。そして、何故か体育館のように二階とでもいうのだろうか、体育館でいう応援とかをするための細い通路みたいな、キャットウォークとかいう名称だっただろうか、があった。

「これは陛下、体調が戻られたようで安心いたしました。本日も【遊戯】をなさるのでしょうか?」

 訓練所に入ると、一番近くに居た、いかにも司令官みたいな顔をしたやつがハーヴェイを迎えてくれた。

「ああ、心配いらん、だが【遊戯】はまだいい」

 僕はあらかじめ作った表情と、ゲーム中のハーヴェイを真似て司令官と会話した。

 けれど【遊戯】とはなんだろう? ゲーム中には敵サイドの事なんてあんまり語られることはなかったから、ハーヴェイがいつもやっていたことなんて知らない。

「かしこまりました」

 彼はそういうと、更に失礼します、といって兵士たちの指導に戻った。

 何人かの兵士が、時々こちらを見ながら緊張したように各々の武器を振るっている。

 その姿は見ていて壮観だった、美しいと言ってもいい。何人もの兵士が一心不乱に同じ方向を向いて武器を振る。かっこよくて仕方がない、僕もやってみたくなった。

「よし、では俺もやるか」

 僕は腰に下げた2本の剣を抜く。

「ハーヴェイ様が【遊戯】をなさるぞ、皆上階に避難しろ!」

 ハーヴェイが剣を抜くのが合図だったのか、兵士たちがみんな体育館訓練の四隅に会った扉に逃げて、キャットウォークから出てくる。どうやらつながっていたらしい。その姿はまさに一心不乱という言葉が似合うくらい必死だった。

「あれ、剣抜くのが合図だったの? マジで? 聞いてないって」

 その声は兵士たちの足音と怒号でかき消された。

 そうして兵士たちがあっという間にキャットウォークに逃げ終わると、訓練所内にあった魔法円が起動した。

 魔法円からは複雑な図形と光が溢れ出し、もくもくと煙がわいてくる。

「召喚魔法?」

 それはゲーム後半に出てくる呪術師が使う召喚魔法のエフェクトにそっくりだった。

その呪術師は、ゲーム中に出てくるキマイラを研究しているキャラで、そのマップでは延々とキマイラを召喚して、主人公たちが近寄るのも難しいマップだった。

「なんか嫌な予感しかしないんだけど」

 僕はやけっぱちのようにゲーム中でしていたハーヴェイの構えを真似る。

「グオォォォォォ!」

「おい、マジかよ」

 煙の中から現れたのは当然のように巨大なキマイラだった。しかも、ゲーム中でも特に強いとされているキマイラで、上半身が竜、下半身が獅子、尻尾が蛇という最悪なやつだった。

 ブレスの攻撃力は高く範囲広もいし、キマイラの特殊効果で上半身と下半身で攻速を無視して2回攻撃してくるわ、色んなスキルがついてたり、今回は蛇だから多分毒の効果だろう)とにかく面倒な奴だ。

 冷や汗と恐怖、あと見られている緊張とで手が震えて仕方がなかった。

「剣先を揺らして相手の集中力を削ぐ陛下のあの構えだ! 今日は始めから本気みたいだぞ!」

 馬鹿! ただ震えてるだけだわクソ野郎! というか、ハーヴェイのスキルにこっちの命中と回避を下げるスキルあったけど、これの事なのかよ! そもそもキマイラに効果あんのかよこれ!

 頭の中でいろんな突っ込みが沸いてきたけど、恐怖で口が開かない。

 その時、キマイラの上半身、つまり竜の部分が大きく息を吸い込み始めた。間違いなくブレス攻撃だ。

 キマイラも本気じゃないか、いや、僕は本気に見えてるだけなんだけども。

「グラァァァ」

 竜の咆哮と共に、その口からは巨大な火球が飛んでくる。

 僕は無様に横に走って逃げようと思ったが、想像以上にハーヴェイの脚力はすごく、一瞬で火球の範囲から出てしまった。そういえば竜キマイラのブレス攻撃は範囲が遠ければ命中率が低いというのは竜キマイラ攻略法の鍵だったのを思いだす。

 なら、ハーヴェイの武器についている効果も僕が使えるのだろうか、試しに2本の剣を無造作に振るう、すると、その2本剣からは衝撃派が発生し、キマイラに向かっていく、そう、このハーヴェイが使う愛剣、ソーンとオルテには魔法力が込められていて、斬撃を飛ばすことができるのだ。飛んでいった斬撃はキマイラに直撃し、キマイラに深い傷を与えた。

「流石ハーヴェイ様、あれを簡単に避けて反撃までなさった、しかも余裕にキマイラが体勢を立て直すのを待っていらっしゃる」

 いや、斬撃が自分で飛ばせたことに呆然としてて、追撃を忘れていただけです、ほんとに我ながらあほらしい。

「グアァァァァ」

 キマイラは体勢を立て直して一気にこちらに突っ込んできた。そして、竜の赤い右の鉤爪と、獅子の白い左の爪が僕に向かって伸びてくる。

 僕は恐ろしさのあまりに目を瞑って、顔を腕で庇ってしまった。

 だが、予想に反して襲ってきた衝撃は手でちょっと叩かれるような、そんなあっけないものだった。不思議に思って恐る恐る目を開けると、鎧と鉤爪の間に淡い光が浮いていた。右から飛んできていた獅子の爪も、ただ偶然、反射的に取った位置にある右腕に阻まれている。

 ようやく思いだした。そういえばハーヴェイの鎧には特別な魔法がかかっていて特別な武器じゃないとダメージを与えれない設定だった。

「流石ハーヴェイ様、あのキマイラの攻撃を見ることもなく受け止められた!」

 いや、これはこの鎧着てれば誰でもできるだろ! 目を瞑ったのは怖かっただけだし。

 僕はハーヴェイの筋力を生かして鉤爪を押し返す。というか、押してくる力自体、鎧の力で殆ど無効かされているから押し返すのは簡単だった。

 そして、見た目が気持ち悪いから足で蹴り飛ばし、体勢が崩れた所に斬撃を飛ばして切り刻んだ。

「おおー!」

 キャットウォークからは歓声が上がっている。

 端から見れば、もしかしたらかっこいい戦いだったのかもしれないが、僕としては終始心臓が握りつぶされそうなほど緊張しっぱなしだった。

 僕はぎこちない動作で剣を鞘に戻したが、兵士たちは死んだキマイラを見ていて、僕のそのぎこちなさには誰も気が付いていないようだった。

 僕もキマイラが気になって、ちょっと近づいてみた。ゆっくりと見てみると、やっぱりでかい。

 こいつを蹴り飛ばせたハーヴェイの脚力ってすごいな。自分でやったこととはにわかに信じられない。

 僕はしゃがんでキマイラに触ろうとしたその時だった。

「シャァァァ」

 キマイラの尻尾、蛇の部分がいきなり動き出して、僕の唯一鎧におおわれていない部分、つまり喉の部分に飛んできて、噛みついた。

 蛇の牙がハーヴェイの肉を突き破り、首に痛みが走る、噛まれたのが喉だったからか、あまりの痛みのせいか、自分でもよくわからないけれどとにかく叫ぶことはできなかった。

 反射的に伸ばした腕が蛇の尻尾を掴みとろうとしたが、ハーヴェイの腕力が強すぎたのか、蛇を握りつぶしてしまった。生暖かい蛇の血が手のひらを濡らす。正直気持ち悪い。

蛇は死んだのか、喉にかかっていた牙の力は弱まり、自然と抜け落ちた。

僕は握りつぶした蛇を放り投げた。

「蛇キマイラに飛び掛かられても敢えて噛みつかせてから握りつぶすとは、格の違いを見せつけるハーヴェイ様かっこいい」

 なんだろう、もうつっこむのも疲れてきた。

 何にしろ、狂王ハーヴェイとしての行動には自然な行いだったのだろうか、キャットウォークに居る兵士たちは全員賞賛のまなざしと、歓声をハーヴェイに向けている。

 僕は何か言いたかったが、蛇の毒が効いてきたのか、喉が痺れて上手く声が出ず、仕方なく訓練所の出口に向かって歩き出した。いくらこの鎧があるといっても、このままじゃ肉体よりも精神のほうがもたない。

「ありがとうございました」

 後ろからはあの司令官の声が聞こえる。

 答えたかったけれど、僕の喉は声にならない、小さく、掠れた音を出すばかりで、意味をなさない、僕は諦めて訓練場から出ることにした。そして、訓練場から出て1分ほどで立ち止まった。そういえばどの道たどってここまで来たんだっけ。


さんざん迷って、数時間彷徨った結果、やっとハーヴェイの部屋に戻ることができた。歩いている内に、鎧の効果なのか、蛇の毒はすぐに治った。

外はすっかり夜の帳が降りている。

「つ、疲れた」

 僕はハーヴェイの部屋の扉を開ける。燭台もついていないその部屋は暗く、ボロボロなせいもあって、現実の僕の部屋を思いだした。

「お疲れ様でございます、ハーヴェイ様」

突然、部屋の中から女性の声が聞こえた。

入口から見た時は気が付かなかったが、ベッドのそばには膝をついて恭しく頭を下げた女性が居た。

「だ、誰だ、お前は」

 少し焦ったけれど、なんとかハーヴェイの口調で返した。

「私は今晩の夜伽をさせていただく者です」

 よ、よとぎ? よとぎって……あれか? 男と女が……なんだろう、それ以上は考えちゃいけない気がした。

「どうぞ、ベッドへ私の体で本日の疲れを癒してください」

えっと、やっぱそういう事なの? というか疲れを癒すっていうけど、それしたら逆に疲れるんじゃないの? まだ(中身は)中学生の僕はそんなことを思っていた。

どこか理性的な部分がやめろと叫んでいる。けれど本能的な部分が躊躇うなと大声で叫んでいる。

けれど思春期まっただ中の僕がそんな甘い誘惑に勝てるわけもなく、僕は導かれるようにしてベッドの隅に腰を降ろしてしまった。

女性は僕が座ったのを確認すると、立ち上がって、ハーヴェイに一度頭を下げた。

持ち上がった瞳には光はなく、ただ、無感情で虚ろなガラス玉のような瞳がそこにはあった。

女性がまとっている衣はびっくりするほど生地が薄く、暗いこの部屋ではシルエットしかわからないけれど、この部屋から出て、明かりがついた場所に出れば、間違いなくその下が見えていたと思う。

僕は初めて見る女性の生々しいシルエットに興奮が隠せず、顔が火照るのが自分でもわかった。

女性は僕の後ろに回りこみ、着ている鎧を一枚、また一枚とゆっくりと焦らすように外していく。胸当てを外す時、女性の胸が僕の背中に当たって、心臓が更に高鳴り、この女性に聞こえてしまうのではないかと思うぐらいだった。

女性は更に僕の肩や腹、腕に触り、少しずつ、ゆっくりとハーヴェイの体をまさぐりながら鎧を外し、耳元に甘い吐息を吹きかけてくる。そしてついに上着に手をかけようとした時、僕は女性の手を掴んだ。

「ごめん、もういいよ」

 欲望が収まった、というよりなんだろう、怖かったといったほうが正しいのか、女性に鎧を外されていくうち、胸は高鳴ったけれど、僕の本能の声はどんどん小さくなり、鎧を外されるにつれて理性の声は大きくなっていったのだ。パソコン越しに見る動画では興奮したけれど、いざ実際にそれに直面すると、心のどこかが固く冷たくなっていくような感覚。

「……クソッ」

「え?」

 いきなり女性が悪態をついたかと思うと、素早く動いたのが気配で分かった。ハーヴェイの素早さで振り返ると、女性と目が合った。その目には最初に見た虚ろで、無感情な瞳ではなく、爛々と燃え盛る一対の炎がその瞳には見えた。そして、女性の右手にはいつの間に、どこから取り出したかもわからない小ぶりなナイフが握られていている。

「死ね! 狂王ハーヴェイ‼」

 女性はその咆哮のような叫び声と共にハーヴェイの首を落とそうとナイフを振るってきた。

 もちろん黙って刺されるなんて御免だ。ハーヴェイの反応速度と、腕力に物を言わせて左手で華奢な、ナイフを持った右手首を掴みとると、ベッドの上に引き倒し、手首の関節を捻ってナイフを取り落させた。

 突然の事で驚いたけれど、ハーヴェイの体が助けてくれた。こんな事、間違いなく自分の体だとできない、ハーヴェイの筋骨隆々な体で、しかも相手が華奢な女性だったからできたことだ。技なんて必要ない、ただの力技だ。

「えっと、あな……何者だお前」

 一瞬地に戻ってしまったけれど、なんとか気を取り直してハーヴェイの声を作った。

「なんで答えなきゃいけないんだ、お前なんかに答える義理はない!」

 掴まれて、まともに動けないこの状況においても女性の瞳には炎が宿っていた。

「答えなければ……指を一本づつ折っていくぞ」

 最初からハーヴェイを演じて指を折るぞと言いたいのは山々だったが、そんな暴力沙汰をしたことがない僕は、言葉にするのが恐ろしく思えて、詰まってしまった。

「指を折る? 狂王と名高いお前にしちゃぬるいこと言うんだね、意外だよ、拷問手始めに両足から切り落とすのかと思ってたよ、死んでいった奴らのように」

 返ってきた返答は僕を青くさせるには十分すぎた。足を切り落とすだって? ゲームのテキストで流されればなんてことはなかったかもしれない、けれど、目の前にそれが可能な剣もそれをできる力もある今は女性の言葉に青ざめるしかなかった。

「それとも見せしめに街で首を落とすのかい? フンッこんなとこに来た時点で死ぬことはわかってたんだ、今更死ぬことなんて怖くなんかないよ、やりたきゃやればいい、けれど覚悟しとくんだね、私をやってもあんたが死ぬまで刺客はやってくる」

 犬歯を剥き出しにして叫ぶ女性の声はねっとりとした殺意と憎悪とが混ざり合い、まるで強酸のように僕の心を溶かしてすり減らしていく。

 ここまでの憎悪を向けられるのは初めてだった。学校であったいじめでも、それは憎悪というより、差別意識のほうが強い。害する気持ちあっても、殺したいほどのものじゃない。本当の殺意を向けられて、僕はさっき女性に言い寄られた時とは別の心の部分が冷たくなっていくのを感じた。

「う、うるさい、黙れお前、俺様はハーヴェイだぞ、口を慎め!」

 なんとかひねり出した言葉は、女性の心に更に油を投下したように激しくなっていく。

「は、口を慎めだって? あんたに忠誠を誓うような頭をしたやつは脳筋で腐る部分がないか考える頭もない頭が空っぽのやつだけだ、お前に従うなんて何度生き返ったって御免だね」

 そして僕はその女性のすごみに気おされて、左手の力を緩めてしまった。

 女性がその機会を逃すわけもなく、一瞬のうちに落ちたナイフを拾い上げると、ハーヴェイの胸に突き立てようと、再度ナイフを振るってきた。

「う、うるさい!」

 僕は無我夢中で女性を突き飛ばす、すると女性は、僕の想像以上に吹っ飛んで、壁にぶち当たり、嫌な音を響かせて静かになった。

「はぁ、はぁ気絶した?」

 僕は女性の元に走った。あんなに強く突き飛ばす気はなかった。大怪我してなければいいのだけど。

 僕は女性の頭を落ち上げて後悔した。その顔は憎しみの表情が宿ったまま目を見開き、息をしていなかった。

「う、嘘だろ、し、死ぬなよ、死ぬはずないだろ」

「ハーヴェイ様、大きな物音がされましたがどうかされましたか?」

 入口から、グランが何でもない風に入ってくる。

「グ、グラン、こいつを死なせるな、僕の部屋に入った不届きものだ」

 僕はグランに必死によびかける。言葉遣いが少しおかしくなったけれど、そんなの気にしている場合じゃない。

「かしこまりました、ハーヴェイ様、失礼いたします」

 グランは慇懃に頭を下げてから部屋に入ると、僕が抱えた女性の髪を掴んで持ち上げて調べ始め、目を見て、次に首に手を当ててから口を開いた。

「……ハーヴェイ様、すみませんがこの女は既に死んでいるようです」

「なんだって、ちょっと突き飛ばしただけだぞ、そんなこと……」

「打ち所が悪かったのでしょう、首の骨も折れていますから間違いありません、いくら私の優秀な私兵といえど、死んだ者を生き返らせることはできません故、お力になれず申し訳ありません、この女の死体は処分しておきましょう、失礼いたします」

 グランは特に何事もなかったかのように女性の髪を掴んだまま、引きずっていく。

 持ち上げられた髪の間から覗く瞳は女性の瞳はまだハーヴェイを睨みつけるようにこちらを見ていた。

 グランが部屋から出ていき、扉が閉められて、部屋から女性と光が締め出された。

 光が締め出されて訪れた暗闇は、僕の今の心のように絶望の色をしていた。


 それから数日、あの女性の夢を見た。あの薄い衣を纏って、殺意がこもった目を燃え上がらせて、憎しみのナイフをハーヴェイの心臓に何度も何度も突き立てる夢、激しい動きで衣がはだけて妖艶な肢体が露出しても、その姿は何もかもを飲み込むような黒いシルエットにしかならない、ただ殺意と憎しみにゆがんだ顔だけがはっきりと見えていた。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 これで何度目だろう、僕はその夢にうなされてまた目が覚めた。あれからはグランに命令して入口に衛兵を立たせている。グランは最初こそ不審そうに「ハーヴェイ王、どうかされましたか? これまでは刺客が来て命の危険があるたびに喜々としてそいつらを生け捕りにして喜んで陛下自ら拷問していたというのに」なんて言葉はなってきたが、僕が「あの女みたいに強すぎる俺が相手をして殺してしまっては情報が手に入らないではないか」というと特に何も言わずに衛兵を立たせた。

 あれからまともに外に出ていない、食事もまともに喉を通らず、通っても部屋に戻ると吐き出してしまうありさまだった。

 その時、ノックの音が聞こえた。

「ハーヴェイ王、フラゲルを守っていた兵からの伝令です」

 フラゲル? なんだそれ。悪夢のせいで頭がはっきりとせず、上手くブランの言ったことがつながらなかった。

「とにかく入って話せ」

「失礼いたします」

 グランはカツカツと小気味よい足音を鳴らしながらベットに座っているハーヴェイに耳打ちした。

「フラゲルがおちたようです、ライン率いる軍勢はそのままこの城に向かっているとのことです、今日は日も暮れて奴らは進軍を止めていますが、明後日の朝には城下町に到着するはずです」

 ブランの言葉でようやくここがゲーム世界のお話なのだと思いだした。

 フラゲルは呪術師が守っていた城で、王都侵攻の要とされる場所としてゲーム中でもキマイラと大量の敵兵が出てくる全マップ中最高の敵ユニット数を誇る難関マップだ。そのマップの後はブラン率いるブランの私兵軍勢が城下町で迎え撃つマップとこの王城でライン軍とハーヴェイ軍が前面衝突するマップの2つしかない。

 そしてエンディングでは当たり前のようにハーヴェイは倒され、戦争が終わるエンディングだ。


「死ね! 狂王ハーヴェイ‼」


またあの女性の顔と言葉が僕の頭の中で再生される。

「ハーヴェイ王、ここは私めが必ず城下町でラインたちを止めて見せましょう、明後日ここに来る時は必ずやつの首を持ってまいります」

 グランはそう言うと、踵を返してハーヴェイの部屋から出ていく。

 ハーヴェイが喋らなかったからこそ少し台詞は違うものの、それは記憶の中にあるハーヴェイとブランの最期の会話と殆ど同じだった。

 「嘘だろ、このままじゃブランが負けて……」

そのまま王城にラインたちの軍勢が雪崩れ込み、ハーヴェイ王が討ち取られるエンディングに直行してしまう、そしたら僕死んじゃうじゃないか、死にたくなんかない。

 僕の中にあった死に対する漠然的な恐怖は、あの刺客がやってきて、あの言葉を放ってからたとえようもないほどの恐怖を彷彿とさせるワードになってしまった。

「死なない方法、死なない方法」

 僕はうわ言のようにぶつぶつと呟きながらラインに殺されない方法を自分の脳味噌を振り絞って考え始めた。


 その夜、既にブランは王城を出て、城下町で兵を指揮し、ライン軍を待ち受けるために兵を展開させているはずだ。王であるハーヴェイを守り、ひいては国民を守るために。

 僕はそれを知りながらも独断で行動する。

 僕は部屋の近くに居た兵士を使って馬を一頭用意させて城を飛び出し、暗く明かりのない城下町を駆けていった。

 最初は乗れるか心配だったけれど、鎧の時のように体が覚えていた。

 そのまま城下町の閉められた門をハーヴェイの権力で開けてもらい、そのまま広大な平原を走っていく。

 数時間、休憩なしで馬を走らせ続け、僕がやっと辿り着いた先はたくさんのテントが立ち並ぶ野営地、そう、ライン率いる軍勢の野営地にやってきた。

 僕は馬を下りて、篝火の光に吸い寄せられるようにしてテントの群れを目指した。

「貴様、何者だ、止まれ」

 不寝番なのか、野営地の周辺には何人かの槍を持った兵士が立っていた。

「は、ハーヴェイだ。ラインに話がある、ここを通せ」

「は、ハーヴェイだと⁉ おい、本営に行ってライン将軍にお伝えしろ」

兵士たちの顔は兜と暗闇のせいでよく見えないが、彼らが緊張し、恐怖しているのは姿を見るだけで明らかだった。槍を持つ手が震えて構えている槍は定まっていないし、腰が引けてハーヴェイが近づくたびに彼らも一歩、また一歩と下がっていく。

「通せ!」

 僕は叫んだ。彼らは一瞬たじろいだものの、ラインのカリスマ性なのか決して逃げ出すことはせず、そのままの位置を保っている。

「うおー」

 兵士の一人が半分自棄を起こしたようにハーヴェイに向かって突進してきた。槍を持って、ぎらつくその刃先をハーヴェイの喉元に突き立てようと走ってくる。

 僕は反射的にその槍を払おうとした。だがハーヴェイの鎧は槍の力を無効化して、更にハーヴェイの強すぎる力と、てこの原理も働いて、その兵士は吹っ飛んでいった。

「怯むな、なんとしてもライン将軍が来るまで持ちこたえろ!」

 最初に突進してきた兵士に感化されて、周りの兵士が一斉に突っ込んでくる。

「や、やめ」

 僕の口からは情けない、小さな声が出た。

 僕は飛んでくる槍を振り払おうと無我夢中で手を振るうと、最初の兵士がそうなったように簡単に吹き飛ばされていく。

「く、くそ、バケモノめ」

「おい、大丈夫か!」

野営地の奥の方から大きな声が聞こえてきた。その声は間違いなくゲームの主人公、ラインの声だ。

「ライン、話を聞いてくれ」

「黙れ、ハーヴェイ、一人だけなら好都合だ、親父の仇、ここで討たせてもらうぞ!」

「ま、待て、話を」

 けれどラインは話しを聞かず、雄叫びを上げて、腰から抜いた剣を構えて突っ込んでくる。

 僕はまた同じように手で剣をはじく。

「くそ、やはり普通の剣ではだめなのか」

「ライン、頭を冷やせ、なんで突っ込んでいった」

 また後ろから、今度は主人公の親友であるイーラが剣を持ってこちらに走ってきていた。

 その剣は、刀身が青く、異様な光を放っている。

「ナイスだイーラ」

 ラインはイーラから剣を受け取り、調子を確かめている。

 僕は呆然と立っていることしかできなかった。

「聞いてくれ、僕は平和交渉をしに来たんだ」

僕は、ラインにここに来た理由を伝える。

「黙れ、お前も剣を抜け」

 ラインは青い剣を正中線上に構えてハーヴェイに言う。

「戦争を終わらせようというんだ、何故納得してくれない」

 僕は尚もラインに語り掛ける。

「ふざけるな、なんで戦争を始めたお前がそんな事を言える」

 ラインはハーヴェイに怒りを込めて叫んでいる。

「せ、戦争は僕が始めたんじゃない!」

そう、僕が始めたんじゃない、ハーヴェイが始めたんだ。

「まだふざけるか、親父を殺し、たくさんの国民を殺し、そしてこの前はフィーネの首を俺に送り付けてきたお前が、それを言うな!」

 そして思いだした、あの刺客の殺意に歪んだ顔ではなく、やさしく、ラインに付き従う笑顔。

フィーネとは終盤でラインの仲間になる盗賊系ユニットだったか、潜在能力が高く、育てると強いユニットなのだけど、加入時期が遅くてメインキャラに追いつけなかったり、出撃できる回数が少なかったり、扱う武器が火力のないナイフである事も重なって、育てられる事は少ない不遇なキャラクターだ。僕も実際育たことはない。

そのフィーネのイベントとして、あるイベントまでに好感度が一定以下だと形見のアイテムだけを残して自軍から去るイベントだ。僕がプレイしていたデータもベリーハードで、フィーネにかまっている余裕などはなく、多分最低の好感度だったと思う。そして、フィーネはハーヴェイの暗殺に向かい、失敗して、僕が殺した。

フィーネを突き飛ばした時の感覚が手の中に生々しくよみがえってくる。

「うわぁぁぁ」

 僕は絶叫して、ラインに背中を向け、無我夢中で走っていく。

「囲め! 逃がすんじゃない、このまま逃げられると次は王城で籠城される」

 だが、ハーヴェイの着た鎧のおかげで、僕はただ走るだけでその包囲を突破し、王城に遁走していった。

 馬上で揺られている間、手によみがえった感覚を消し去ることができず、僕は何度となく吐きながら城に帰っていた。

 吐いて体調が悪くなったのと、食べていないのと、睡眠不足なのと色々が重なり、行きとは違って帰りは長い時間がかかり、城下町に入った頃には既にお昼になっていた。


城下町では騒ぎが起きているようだった。考えれば当然だ。城の主が突如姿を消し、その側近は城下町で敵軍を迎え撃つために王城に居ない、混乱が起きて当然だ。

門を潜って僕が姿を現した時、ハーヴェイの帰還に誰もが安堵の言葉をつぶやいていた。

「ハーヴェイ王、どちらにいらしたのですか、皆心配していたのですから公然に出て皆を安心させてください」

「あ、ああ」

城下町にある大きな広場で手を振るだけ、なのに観衆は安堵とこれから起きる戦いに対する激励の言葉が無数にかけられた。言葉にしようのない充足感が僕の体を包んでいく。

けれどなんで殺人をした僕、いやハーヴェイにここまでの人気が出るのか分からないまま、陽は沈んで、夜を迎えた。


僕は城を出てブランの元へと向かう、ラインとの平和交渉は実現しなかった今、生き残るために次できるのはラインたちを打ち負かすことだ。

「ブラン、明日だが」

「ご安心ください、明日は必ずやラインの首を持って王城に帰還いたします」

「あ、ああ、そのことだが、俺も戦線に出よう、調子に乗っている軍勢というのはやたらと面倒だ」

「何をおっしゃいます、確かにここまで来るのは予想外でした。ですがいくら指揮は高くとも、数も地の利もこちらがすべて勝っているのです、ここが落とされるわけがありませんご安心ください」

「だが万が一というのもあるだろう」

「万? それよりも可能性は低いです、億、いや、兆が一でもありえませんよ、それにハーヴェイ様は全軍を指揮されるのです、王城に居なければまとまるものもまとまりませぬ」

「え、あ、ああ」

 もともと根暗だった僕の性格が災い、王という立場をもってしても、何度言っても、僕はブランに言い負かされてしまった。


そしてその翌日、ブラン率いる兵たちはあっけなく壊滅される。イーラが打ち出した奇抜な戦法によって。

それは先日襲ったフラゲルで戦ったキマイラたちを魔法と奇跡で手なずけて、空から兵を投下したり、竜キマイラの破格の破壊力によって閉め切られた門が呆気なく破壊されたからだ。

うろたえた兵士たちは陣形を簡単に崩し、避難しようとしても、少数精鋭のラインたちが空から侵入して退路を断って、挟み撃ちにしてしまった。だがブランも健闘し、地の利を生かして戦ったが、挟まれて動ける範囲が狭いと地の利も死んだようなものだった。

よってあっけなく、城下町は制圧され、更に勢いに乗ったラインの軍勢は再びキマイラたちの助力によって門を破壊し、目の前にラインが居るという今の状況に陥ってしまった。


「覚悟はいいか、ハーヴェイ、今親父の仇、貴様に殺されていった祖国の人たち、そしてフィーネの仇、ここで取らせてもらう!」

 ラインが青い剣を構えて突進してくる。僕は死にたくないあまり、腰に下げたソーンとオルテを抜いて戦った。

 戦ったと言えば聞こえはいいかもしれない、けれどそれは防戦一方、しかもハーヴェイという圧倒的パラメーターがあっての事だった。

 けれどもともと殴り合いもしたことがないような僕がもったのはせいぜい五分くらいだろうか、本当はもっと短いかもしれない。

両手に持ったソーンとオルテを弾き飛ばされ、首元には青い剣が突きつけられていた。

「終わりだ、狂王ハーヴェイ、意外と呆気なかったが、ここでお前を殺し、戦争を終わらせる」

 ラインがハーヴェイと戦闘する時に流れるイベントと同じセリフを目の前のラインは言っている。

「い、嫌だ、死にたくない、なんで僕はハーヴェイなんかに……」

「命乞いとは狂王のお前らしくない、狂王と呼ばれ、他国を侵略し、自分の国のためにひたすら戦いをしてきたお前らしくもない」

 ラインはハーヴェイに向けて怒りをあらわにして言う。

「王としてのお前は、国民にとってはよかったのかもしれん、だがお前は多くの者を巻き込み過ぎた。搾取し過ぎた、その報いを受けろ」

 ラインはそう言って、青い刀身を持ち上げ、ハーヴェイの首を断ち切った。











「はっ」

 気が付くと僕はコントローラーを握って、カーペットの上に寝転がり、カーテンが閉め切られた仄暗い部屋でテレビに映るスタッフクレジットを眺めていた。

「夢?」

 僕は体のあちこちを調べる。その体は鎧着けていないし、筋骨隆々でもない、喉には蛇に噛まれた傷もないし、もちろん首がつながっていないなんてこともなかった。

「夢、見てたのか」

だがふとゲーム機の隣を見てみると、魔術書のような革張りの豪華な装丁が施された辞典のように人を簡単に撲殺できそうな本があった。

「これって、設定資料集?」

 僕は導かれるようにその本を開き、そして偶然開いたページがハーヴェイ王についての設定を綴ったページだと気が付いた。

 僕の目は気が付くと一心不乱にその活字を追っていた。

 その設置資料集に書いてあった事を簡潔に纏めると、ハーヴェイはスラム出身で、前王が開いた狂気に満ちたショーで選出された男だったのだ。そのショーというのは、市民権を持たないスラムの人間を集めてキマイラと戦わせるというものだった。

 前王にとってすれば、それは逃げ惑うネズミを見る面白さと、市民権を持たない民の反乱を防ぐための公開処刑、キマイラたちの餌確保、キマイラの実験そんなのが入り混じった狂気に満ちた政策だった。

 だが、ハーヴェイは生き残ってしまった。隠し持っていたナイフと、何人もの犠牲と血の海、あり得ないほどの幸運の連続、とにかくあり得ないほどの幸運元、ハーヴェイは生き残り、武官としての大抜擢を受けたのだ。

 そして、ハーヴェイは機会を伺って前王を暗殺、玉座を手に入れ、スラム全員に市民権を与えた。ここまではよかった。けれどそれで国が回るはずもなく、ハーヴェイは他国に侵攻することにしたのだ。

 その後はゲーム内で起きる事だ。ハーヴェイがラインの居る国を侵攻し、そして逆にラインに国を滅ぼされてしまった。

 何故あんなにも国民に人気があるのか、やっとわかった。そして、コアなゲームプレイヤーに何故人気があるのかも。

 彼は、国民のために他国の民を犠牲に、殺すだけの強さがあったのだ。

だが、僕は刺客を一人殺してしまって、そして……。

 僕の手にはまた、フィーネを突き飛ばした時の感覚が蘇ってきた。

「正輝、学校行かないの?」

 突然、扉の向こうから母親の声がしてきた。

あれ、学校? ようやく自分が現実に帰ってきた気がした。そして、学校を休んでいる自分がものすごくあほらしく感じてきた。

「正輝? 起きてるんでしょ?」

 時計を見ると、針は7時半を指している。

 今からご飯を食べて、着替えて、学校に行けば朝のホームルームに間に合う、数週間前まで普通にベッドから這い出していた時間。

「かあさん、僕学校行くよ」

そうして、数十分後久しぶりに制服に袖を通し、通学路を歩いていた。

朝露で濡れた空気を肺に吸い込み、緊張した足取りで通学路を進む。

「あ、あれ正輝じゃねーの」

「正輝ジャン、どうしたんだよ心配したんだぜ、トモダチに連絡もしねーとかお前サイテーじゃねーかよ」

「正輝よーまた金貸してくんない?」

 3人のクラスメイトが僕を囲んで来た。

 僕の膝は震え、掌には冷や汗が滲み、喉はカラカラに乾いていた。

「金は貸せない」

「あ? 言った?」

「お金は貸せないって言ったんだ、お前らなんかに貸す金は一銭もない」

 3人はしばらく唖然としていると、獰猛な笑みを浮かべ始めた。

「あ、舐めた口きいてくれんじゃねーのよ正輝」

「こっちは貸してくれない? って丁寧に聞いてんのによーいきなり怒鳴るとかマジサイテーだなお前」

「ちょっと礼儀を教えてやんねーとな」

 そして僕は彼らにしこたま殴られた。けれど、財布は決して離さず、大人が通りかかって止めるまで、僕は守り切った。

 開かない目でそのまま学校に行き、先生に保健室に行くように言われたが、僕は断って教室に行った。

 クラスでは僕が来たことが半分話題になっている。

 そして休み時間、僕はまた他のやつらに囲まれて、殴られた。

 けれど、最後まで屈しなかった。


勢いだけで書きました。

誤字脱字の修正などご指摘がありましたらよろしくお願いいたします。


気分転換で書いたのであまり手直しをするつもりはありません。

Wordからコピペしているので、文頭空けなどが反映されていない箇所が多々あります。

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― 新着の感想 ―
[一言]  拝読しました。  確かに読む人を選ぶ内容かも。そのままを見ると、主人公の甘さと愚かさが鼻につくので。  でも英雄譚ではなく成長譚として見ると、中々でした。
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