ノーブラはやめろ!
横の部屋で、ごそごそと動く音で目覚めた。
枕元の時計を確認すると7時。
朝か。
はーー……、こんにちわ、月曜日。
土曜日から長すぎて、一年くらい経ってる感覚だ。
もっと寝たい……ゴロリとしていると、バシャーーっと天蓋が開いて、女生徒用の制服をきた奏が居た。
「ひえええーーーー」
俺は朝から叫んでしまう。
俺の学校の女生徒の制服は、非常にクラッシックなセーラー服だ。
襟がすこし小さめだけど、深い紺色で真っ白なラインが走る、単純な制服。
それを普通に奏が着ている。
「どうだ」
しかも自慢げ。
「気持ち悪い」
もちろん即答。
「おいこら」
「コスプレにしかみえない。ていうか、アウト、俺は寝る」
もう一度布団に潜り込む。
学校に行きたくないーー。
トタタと足音がして、布団を一気にはがされる。
マットレスが振動して、顔を上げると、俺の横で正座している奏がいる。
「もう一度だけ聞いてやる。どうだ」
「無理」
何度聞かれても即答だ。
「了太ーーー!」
奏が俺に乗っかってくる。
俺の体に触れる柔らかい感触。
「……お前、ブラしてねーのかよ!!」
俺はベッドから飛び降りる。
「苦しすぎて無理」
奏は掌をひらひらと動かした。
「ノーブラで制服着るんじゃねーよ!!」
俺は家にブラが溢れててブラに耐性があるからブラブラ叫んでるけど、普通の男じゃ、こうはいかない。感謝しろ奏!
部屋から飛び出して一階へ向かう。
そこには納豆を混ぜている華英とオカンが居た。
「おい、奏がブラしてねーぞ」
朝一番の言葉がこれ。
なかなかスパイシーな朝だ。
「え、マジで?」
「それはちょっとねえ……持ってきたんでしょ?」
驚かない二人も色々問題だ。
俺は二人を連れて二階へ行く。
奏は自室の引き出しからブラを何枚か出して待っていた。
「これ、付けないとダメなんですか?」
両手に持ってオカンと華英に見せる。
ぱっとみただけで分かる。
Cカップの華英より大きくて、Eカップのオカンより小さい。よってDカップだ。
俺は毎日洗濯物畳んでるからな……じゃなくて!!
俺は勢いよくアコーディオンカーテンを閉めた。
もうやめてくれ……色々崩壊する。
カーテンの向こうで三人が話す声がする。
「苦しいって、ちょっと制服脱いで」
「はい」
バサ……と脱ぐ音。
「わーー……、奏さん、体きれい……すごい……」
華英のほれぼれとする声。
「本当に、そのまま女の子になったのね」
オカンの声。
奏の男だった時の体を思い出す。
体のラインが細いのに、確かにキレイだったなあ。
あれに胸を足す感じ?
ポンと脳内の絵に足してみるが、どう考えてもおかしい。
ダメだ、やめよう。
「胸のサイズは計ったの?」
「ハセさんが」
胸のサイズを計るのもハセさんの仕事かよ!!
……いや、ハセさんは喜んでやるな。
なんだか脳裏に絵が浮かんで苦笑する。
むしろ誰にもやらせたくない仕事だろう。
女性になった奏の胸など、誰にも触らせたくないだろう。
むしろ、今朝来てないのが奇跡的?
パチン、と音がする。
「うーん、これでサイズはあってるよ、苦しい?」
「ありえないほど」
「いつも付けてると、意識しないからねー」
「女性は大変ですね」
「じゃあ、あれだ。華英、ブラトップ持ってきて。新品あったでしょ」
「あいあいさー」
華英は自室に消えた。
そして奏の部屋に戻る。
「これ、着てみて」
ガサガサと袋を開ける音がする。
「ああ、CMで見たことあります」
「これでどうかな」
パチン……シュルル……と音がする。
「上からじゃなくて、下から」
「下から」
「上からだと、グッチャグチャになるんだな」
人生でまた必要がない知識を入れてしまった。
ブラトップは下から。
俺はなんとなく部屋から動けない。
というか、ちゃんとブラをしないと部屋から出したくない。
そんなのと一緒に学校行きたくない。
「まあ、我慢できる、限界のレベルですね」
どうやら着られたらしい。
「いける?」
「胸の下が、ごわごわします」
「こう、下に引っ張って」
「こうですか?」
「違う、胸にあたってる部分」
「こうですか」
「それでどう?」
「ああ、いいですね」
「良かったーー」
どうやらブラトップの着用で事なきを得たらしい。
ありがとう某企業さま。貴社の発明はひとりの性転換者を救いました。同時にその親友も。
アコーディオンカーテンが開いて、制服をきた奏がいる。
「どう?」
その後ろにオカンも華英も居る。
「……やっぱキモイ」
駄目なもんは、駄目だ。
「まあ、私も思うわ」
「私もーー」
華英もオカンも普通に言う。
「この家の人たちは、もっとお世辞を学ぶべきだ」
奏は両肩をあげて、オーバーアクション。
「いや、無理」
「ちょっとね……可愛いんだけどねえ……」
その通り。
奏は可愛いし、美しいと思う。
でも、慣れない。
どうしてもコスプレにしか見えない。
俺たち三人は、スタタタタと一階へ下りる。
その後ろを奏も下りてくる。
振り向くと、奏の膝。
丸くて小さい、一度も転んだことがないような膝。
「……お前、スカート短いのにしたのかよ!!」
今頃気が付いた。
うちの学校のスカートは丈が選べる。
膝程度の長さと、くるぶし手前のロング。
「ロングなんて、着てる人見たことないぞ」
胸をはる奏。
「たしかに」
同じ高校を出た華英が続く。
「ヤンキーっぽいよね」
奏が華英に同意を求める。
「ですよね」
「いやいや、でも、ロングにしとけ」
俺は奏を部屋に押し戻そうとする。
「可愛くないし」
奏は両手を広げて断固拒否。
「性転換したばっかのお前に可愛い可愛くない関係なくね? どのみち似合ってねーよ」
「可愛いは、大事でしょ!!」
華英は言い切る。
華英は、この辺りでは一番有名なお嬢様大学に行っている。
学費が高くてオカンが今もパートが辞められないと嘆く。
華英は家では常にジャージライフだが、家を一歩出ると、恐ろしいレベルで化ける。
外で会って気が付かなかった事が何度もある。
化粧モンスターが歩いてる。
顔面の大改造劇的ビフォーアフター。
俺はべつに大改造劇的ビフォーアフターが好きなわけじゃない。やってれば見るけど。
人生が激変しすぎてるだけだ。
「俺は今日、ずっと奏と一緒にいるんだ。落ち着かない」
「俺は気持ち分かるぞ!」
ターンとドアが開いて、部屋からオトンが出てきた。
ちらりと見えた室内は、物に溢れていた。
あれ、全部雪菜の荷物か。オトン……。
「雪菜も華英も、信じられないほど短いスカートで学校に行っててなあ」
オトンは廊下で語り始めた。
そういえば、二人ともかなり短くしてたな。
全く気にしてなかったけど。
「心配で心配で心配で、後をつけたことがある」
「キモ!!!」
華英が叫ぶ。
「階段で! 鞄でスカートを押さえるのに! どうして短くするんだ、え?」
珍しくオトンがぐいぐいきてる。まだパジャマだけど。
「可愛いからでしょ!!」
華英が言い切る。
「可愛いのは、大事ですね」
「ねーー」
二人して台所に消えた。
なんだよ、完全に元通りじゃねーか。
俺とオトンは廊下に取り残された。
「わかる、わかるぞ、了太」
俺も少し分かってきた、奏に対する気持ちが。
これは完全に、モード父親だ。
女になったのに無防備な奏が、危ない存在に感じる。
「スカート長くしろや……」
俺は廊下で呟く。
「いただきまーす」
台所から華英とオカンとオトンの声がする。
俺はがっくりとうなだれた。
お前らはいい、学校で一緒じゃないだろ?
俺は一緒なんだ。
ああー……布団に戻りたい……。