そこにある真実
玄関のチャイムがなり、工事の人と、オトンが話しているのが分かる。
どうやら工事は本当に一日で終わったようだ。
時計を確認すると19時。
4月の19時は真っ暗だ。
突然小早川家に呼び出されて、こんな時間まで仕事。
「なんか……工事の人に悪くね?」
「え? 何で?」
「突然呼び出してこんな時間まで」
「夜中の三時に呼び出したわけじゃないし、水準よりかなり高めの値段で依頼してると思うよ」
「そっか」
「あの会社は重機一式持ってる小早川お抱えだし、工事は人件費が一番高い。一日で終わらせて依頼金額が高いなんて、願ったり叶ったりだと思うよ」
奏はネットワークゲームをしながら言う。
「そうなのか……」
俺は目先のことしか考えないけど、あの会社にとって問題がなくて、お金が入るなら、それでいいのかな。
「時間関係なく働く奴隷もいるんだからさあ~」
「それはゲームの中の話だろ」
俺と奏は、惑星をつくるネットワークゲームを何年もしている。
これが見事に性格がでて、奏はインフラ整備したらすぐに売る。
初心者はお金が一番かかるインフラが終わっている惑星を買う。
俺は趣味満載の惑星を作って、どれも手放せない。
ゆえに奏はこのゲームでかなり高レベル。
俺はもう、ただ惑星に住んでる人だ。
「お、また売れた」
軽い電子音が、入金を知らせる。
ゲームの中でもお金持ち。
だから多くの奴隷を持っている。
働かせすぎると文句が出て惑星から逃げる奴隷も多いが、奏は数を増やすことで、総合的な仕事量を減らしている。
だから奴隷数は自動的に増えて移民も多い。
考え方が俺とは真逆だ。
俺はゲームの中でも平民。常に平民。
「俺も経営学勉強しよっかな……」
奏は心底理解ができないといった表情で俺を見る。
「了太には了太に向いてることがあるのに勿体ない」
「え?」
「お前の惑星、愛があって俺は好きだよ。平和で落ち着くじゃん」
たしかに俺の惑星は来星者が多い。主に観光で成り立ってる星だ。
「赤字じゃなくてみんなハッピーなんて、最高じゃん?」
ハッピー、ハッピー、みんなハッピー。
西川美和湖の歌を歌いながら奏はゲームを続ける。
だから君に会いにいこう。
俺も一緒に歌う。
俺は偶然小早川の家に隣に家があっただけだけど(いや、今や小早川の敷地内だ)
奏といることで、新しい考え方を知れているとは思う。
「工事が終了しました。同時に雪菜さまの荷物の移動も終わりましたので、奏さまの荷物を入れました」
ドッタンドッタン音が響いているから、もう荷物入れてんのか? とか言いながら、今日は俺も奏も自室から一歩も出ていない。
たぶん、すがっているのだ、この部屋の日常に。
工事と共に、引っ越しも完了。
じゃあ、現実を始めるか。
「見せて」
奏はコントローラーを置いて、立ち上がった。そして振り向く。
「了太も来てくれよ」
唇をとがらせて言った。
「……キモ」
「来いよ!!」
奏が叫ぶ。
「我が家にお化けは出ないぞ」
奏は大人みたいな真っ当な考え方をするのに、場所見知りをする。
初めての場所がいつも怖いんだ。
だから初めていく場所や、部屋は、いつも俺を連れて行く。
「子供かよ」
というか、隣の部屋なんだけど。
アコーディオンカーテン開ければ、そこなんだけど。
部屋を出て、元雪菜の部屋にいく。
ドアをあけると、目に入ったのは巨大な机と巨大な本棚。みっちり詰まった漫画。そして天蓋付きの巨大ベット。
部屋は家具でミッチミチだった。
天蓋の部分が、天井に刺さってるレベル。
「あほか!!」
俺は叫んだ。
机とベッドの間に隙間がまるで無い。
椅子を全く動かせないレベル。
俺はベットと椅子の間をすすすすと移動して、椅子を動かす。まあ3cmくらいしか動かないけど。
「ここに、どーやって座るんだよ」
壁は一面漫画。
「何万冊あるんだ!」
ていうか、封が開いてない本ばっかじゃねーか。
もったいない、もったいない!! もう俺があとで読んでやる……じゃなくて!
「まず机は半分以下のサイズの、同じメーカーで」
俺ひとりがハッスルしていて、奏は冷静だ。
「はい」
ハセさんがいう。
「ベッドの天蓋はそのままで、でもシングルにして」
「はい」
「本は……了太、読みたいの選んで」
「マジで?!?!」
俺は本棚に飛びついてた。
あれもこれも、あの愛蔵版もあるぞ~~。
「布団はもっと簡単なのでいいな」
「はい。では再び作業を開始します」
「よろしく」
奏と俺は自室に戻った。
「部屋に入れる前に聞けよなあ? 二度手間じゃん」
奏は再びコントローラーを握った。
「まず入れるのが普通でしょ。入れてみないと、何が必要で何が不必要か、具体的に分からない」
「えーー……」
「運ぶのは業者がやるさ」
「ええーー……」
考え方が、基本的に人を使うなので、俺には理解が出来ない。
効率より、顧客の満足が一番です! ……的な?
「俺はベッドの天蓋は外せないんだ。昔から誰も居ない場所は、あそこしかないから」
奏がぽつりと言う。
「……暗っ!!」
「俺、いま、ちょっと良い話はじめようとしてたけど?」
「暗すぎて、引くわーー。引っ越しも全部、常識なさすぎて、引くわーー」
「おいこら、そろそろ小早川財閥すべての力使って人生終わらせるぞ」
「戦車こい、戦車!!」
小早川重工も、小早川製鋼所も、小早川システムもあって、戦車を作れるレベルなことは知っている。
重い話より、笑ってられるほうが、良いに決まってる。
ハッピー、ハッピー、みんなハッピー。
西川美和湖も歌ってるじゃないか。
それが一番だ。
夕飯はオカンが持ってきてくれたおにぎりで済ませた。
「こんなのでいいの?」
リクエストしたのは奏だ。
「俺、二宮オカンが握ったおにぎりが大好きなんです」
「ただの白飯じゃね? 毎回デカすぎるし」
俺の背中をオカンが殴り飛ばす。
「なんでうちのと違うんですかね」
奏はそれにかぶりついた。
「握るとき、手に塩がついてるのがいいのかね」
たしかにオカンは今時珍しく素手ておにぎりを握る。普通ラップだろう、ラップ。
「掌から何か出てますね」
「感じちゃう~?」
「キモ!! キモイから出てって!!」
俺はドアを強制的に閉めた。
オカンは完全に奏に対する対応が元通りで、少し安心する。
超金持ちなのに、夕飯が巨大おにぎり……。むなしすぎるだろ。
「お前、遠慮するなよ」
「俺は生まれてから一度も遠慮してないから、今ここにいるんだけど」
「全くその通りだ!!」
言った俺がバカでした。
俺もおにぎりを食べた。
オカンのおにぎりはでかい故に、色々なものが入っている。
今日はなぜか唐揚げだ。
「いつも思うけど、おかしいだろ」
「これが旨いんだって」
「えー……」
B級飯グランプリ的な世界だろうか。
とりあえず奏がそれでいいなら、いいや。
俺も奏も限界まで疲れたので、今日は寝ることにした。
「じゃあな」
奏はとことこと隣の部屋に消えた。
ドアをあけて、歩く音がする。
奏が家の中にいる。
帰らない。
変な感じだなあ……と思いつつ、俺はベッドに転がった。
バサバサと服を脱ぐ音がする。
着替え。
そうか、着替えてるのか。
俺は部屋着=寝間着だから、あまり着替えない。
目に付くと、たまに着るレベルだ。
だって面倒じゃん?
毎日パジャマに着替えるのかな……偉いなあ……ていうか、女の体になった奏が隣の部屋で着替えてるのか。
うーん、本当に壁の中に移動して良かったかもしれない。
明日以降、うちに女の奏見たさに人が集まるかもなあ……なんて考えながらベッドでゴロゴロしてると、バシャーンとアコーディオンカーテンが開いた。
そこにはパジャマを着て天蓋付のベッドに転がる奏が見えた。
「別の部屋の意味がねーーなーー!」
俺は叫んだ。それに溢れるセレブ感に我が家の普通の部屋が似合わない!
奏のパジャマは、真っ白な上下で、なんかテラテラしてる。まさか絹とかそんな世界?
「お前、着替えないの?」
さっきの服装のまま転がる俺に向かって奏が言う。
「今日は面倒じゃん」
「意味が分からない」
「このままコンビニ行けるぜ」
「家になんでもあるだろう」
この豪邸暮らしめ。
「バカだな、深夜のコンビニにしか無い物があるんだぜ?」
「何?」
「俺は深夜のコンビニに来てる人を見学するのが好きなんだなー、意外と色んな人がくるよ。この前は赤ちゃん抱っこしたお母さん来たし」
「何で」
「夜泣きだろ。しらねーの?」
まあ俺も最近知ったんだけど。
俺の隣の隣の家に、赤ちゃんがいる(今や壁の向こうだが)。
一時期夜中にずっと泣いてて、オカンに聞いたら夜泣きっていうらしい。
「意味も無く泣くんだってさ」
「それは便利だな」
「えーー……予想外の返答~~」
「泣くのはデトックスになるからな」
「へーー……」
「昨日は泣いて寝れなかったけど、今日は大丈夫そうだ。よし、眠い。おやすみ」
奏はシャッと天蓋を閉めた。
「閉めるのかよ!!」
「閉めないと寝られない」
天蓋の向こうから声がする。
もう勝手にしてくれ。
「……了太」
「あん?」
俺も部屋の電気を落とした。
真っ暗な部屋の中で、俺と奏の声だけが狭い部屋で響く。
「ありがとうな」
天蓋の向こうから声だけがする。
「なんだよ、気持ち悪い。寝ろよ」
半分本音、半分照れ隠しだ。
「……すー……すー……」
もう寝てる。
何なんだもう。
「はー……」
俺は深くため息をついた。
何でこんな面倒なことに巻き込まれてるんだ? と心底思うが、昨日は泣いて眠れなかったという奏を言葉を脳内で思い出す。
グチャグチャ考えるのは止めよう、なるべく。
俺は奏の一番の友達だ。
それはきっと、何十年も変わらない事実だから。