奏が奏のままなら
ガガガガガガガ……と家が揺れる。
ハセさんが家を出て1時間。
俺の家は重機で囲まれている。
おかげで奏と見始めた映画はイヤフォン着用だ。
イヤフォンは一つしかないので、音は奏に譲った。
俺は一度見ているし、二度もクソ映画をちゃんと見る必要はない。
奏は振動など気にせず、映画に夢中だ。
「は? なんでここで未来に帰るの?」
この映画は主人公は未来から来ているのだが、自分勝手に未来を今を往き来する。
「ここからが面白いんだって」
俺は今度はチョコに手を伸ばしながら言う。
正直、小早川の家とこれ以上仲良くなったら、俺の体重は10キロ増えそうだ。
「お、未来と思ったら過去か」
「いや、違うんだなーー」
クソ映画で優位に立てるのは、気楽すぎる。
漫画の感想を言いあうより、俺はクソ映画を一人で見るのが一番キツイ。
見始めて、あかんこれはクソ映画だ! と思ったら華英かオカンを呼びつけるくらい。
クソ映画は誰かと見たい。
「なんだこりゃーー!」
奏が膝を叩く。
イヤフォンがポロリと落ちる。
俺はそれを奏の耳に入れてやる。
「サンキュ」
奏は映画に夢中だ。
俺はふれた奏の耳に動揺していた。
耳の穴が、小さくなってないか?
前にこのイヤフォン貸した時は、もっとキチキチだった気がする。
人間が堕落するクッションに体を入れる。
奏はかぶりつきで映画を見ている。
家全体がカタカタ揺れている。
それが映画と妙にマッチして、ちょっと笑える。
「なんでここでゾンビなんだよ!」
「いや、未来はゾンビに溢れてるからっしょ」
奏を後ろから観察する。
いつものパーカーを着てるけど、やっぱり細い。
部活でいつも一緒に着替えているから、奏の体は知っている。
細くて、身長も高いけど、筋肉がキレイに付いていて、細マッチョに近い。
腰も細くて、折れるんじゃね? ていつも思ってたけど、でも強いんだよな、体が。
前の奏は。
ほおづえをついて映画を見ている奏。
頬に置かれた指先。
丸くて細い。
その指先がトン、トンと動いている。
映画は突然のダンスシーンだ。
無論ゾンビとの。
そして映画は終わった。
奏はグリンと振り向いて
「結局何映画だったんだ?」
俺は思わず吹き出す。
「全く同じことを言ったわ!!」
そして二人で吹き出す。
やっぱり二人はいい。
俺は奏といるのが、大好きだ。
ガガガガガと再び工事音が響く。
「うるさいなあ……」
奏は窓から外を覗く。
「まあ、仕方ないだろ、まさか……なあ」
ハセさんの提案はこうだ。
「小早川の敷地に、この家を入れてしまいましょう」
「は?」
俺は開いた口が塞がらない。
「ご存じの通り、小早川の家の外壁の上、有刺鉄線には、電圧42Aが流れています」
「え、そうなの」
「なぜ42Aか、よく聞いてくださいました」
聞いてないけどな。
ハセさん、テンション上がり始めてるな。
「【侵入者には死にますように】で、42です」
「怖いし、よくわかんねーー」
「42Aで人は死にますから」
「だから怖いって……」
「あれがあれば、とりあえずのセキュリティーは保たれます。ですから、ね。小早川の敷地に二宮家を入れましょう」
「はあ……」
ですから、ね、と言われても。
入れましょうと言われても。
某町作りゲームじゃないんだから。
ハセさんが言ってる事が突拍子なさすぎて、現実味がない。
「お父様の承認も得ました。一時間後に業者が来ますので。今日中に終わらせます」
「はあ……?」
オトンとハセさんは部屋を出て行った。
俺の家を、小早川家に入れる?
だったら尚更、お前、家に帰れよ……と奏を見るが、奏は映画に夢中だ。
さっきの会話を思い出す。
日常が欲しい……か。
まあ、紛れもなく、今は日常だ。
「やっぱここヤバくね?」
奏が映画を見ながら笑って、俺の方を振り向いて笑う。
まあいいか……。
と思ったら、本当に一時間後には重機がやってきて、俺の家と小早川の家を分断していた壁を破壊して、あっという間に、俺の家の周りに壁を築いていく。
「巨大な小早川家に、小間使いの家が増える……的なもんか?」
俺は思わず言う。
「壁が増えただけだろ。気にするな。よし、静かになったからゲームしようぜ」
奏の全ての受け入れっぷりは、もはや神のレベル。
工事は壁の制作に入ったらしく、音は静かになった。
「はあ……」
この部屋だけはいつもと変わらないけど、とりまく世界が確変しすぎて、頭が痛い。
それに明日は月曜日。
学校なんだけど。
「……なあ、奏、お前学校大丈夫なの? ていうか行くの?」
「当然いくっしょ。登録変更になったよ、名前はそのまま奏だけど、女子生徒になった」
「まじかーー……」
「だって女だし」
「まじなのかー……」
「見る?」
奏はまた上着を脱ごうとする。
「だから見ないって!!」
「なんだよ、華英さんと雪菜さんで慣れてるだろ?」
「バカかお前は」
俺はクッションに転がったままウダウダする。
「面倒なことしか想像できねー……」
「俺はさあ、ちょっと期待してるんだ」
「何に? 女子高生で女の子の裸見放題とか?」
「ゲス」
「いや、その程度かなと」
俺の想像力なんて、そんなもんだ。
「俺、小早川家の一人息子だから、家を継ぐのは当然で、そう教育されてきたけど、女になったじゃん? だから第一継承者は、由貴子になったんだよな」
「お!」
思わず手を叩いて、人差し指で奏を指さす。
全くそれに気が付かなかった。
「婚約も……無くなるはず。するなら由貴子だな」
「おお!」
「性転換した女だぜ? 誰も結婚したくねーだろ」
「ん、まあ、んーー、そうだな」
「そうか?」
言い切ったくせに、奏は悲しそうに言う。
「いや、同意してほしいの? してほしくないの?」
「微妙。でも、東京に行かなくて済むかも知れない」
固く結んだ唇と、瞳に、じつは小早川の跡取り息子というポジションを奏が嫌がっていた事を知る。
「……そうかもなあ」
俺はクッションに転がったまま言う。
「だろーー? そんな悪くなくね?」
「そうか?」
「結果だけみて考えろよ。オトンがいつも言ってるぜ。経営の基礎!」
「なんだよ、経営は興味あるんじゃん」
「この町にも小早川の関連企業は沢山ある。俺は、それで充分だ」
「まあ、な」
思ったより奏がポジティブに受け入れていて、少し驚く。
でも、悲観の塊より、きっといい。
奏が奏で居られるなら、それでいい。