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一緒だから楽しい

「前から思っていましたが、二宮さんのご自宅……セキュリティーがなってませんね」

「はあ」

 俺の狭い部屋にハセさんと奏が居る。

 奏は相変わらず俺のベッドに転がって漫画を読んでいる。

 オカンと華英は女の子を部屋にいれるなんて! と叫んでいたが、いつもと同じ服装で、いつもと同じように漫画を読む奏を女と意識しろと言われても。

 ハセさんはちゃぶ台の前に正座している。

 そして真剣な表情で、俺の家の間取りを見ている。

 というか、俺、この家に住んで17年経ってるけど、間取り見たの初めてなんだけど。

「これって、どこで手にいれたんですか?」

 俺はハセさんにつられて正面で正座して、間取りを指さした。

「この家を建てたのは、小早川の子会社ですから」

「はあ……」

 納得してしまったが、それこそ、その会社のセキュリティーはザルじゃねーか。

「女性になった奏さんがお住まいになるには……本当に……」

 ハセさんは分かりやすく目頭をおさえた。

「いや、だったら帰ったら? あの壁の向こうに。目の前じゃん? ていうか、建物が見えるし」

 俺は親指で後ろを指す。

 そこには小早川家の豪邸を囲む壁が見える。

 上には有刺鉄線。

「ていうか、有刺鉄線なんて、あったっけ」

「由貴子さまが大人になるにつれ、取り付けました、防犯上の理由です」

「なるほど」

 由貴子さま目当てなら、ちょっと分かる。

 俺もちょっと見たい。

 いや、スケベ意味じゃなくて……いや、スケベな意味か?

「壁……有刺鉄線……!」

 ハセさんが顔を上げた。

 目に怪しい光が宿っているように見える。

「なんすか?」

 ハセさんは鞄から小さなノートパソコンを取り出して、カチャカチャ操作を始めた。

 俺の事は完全に無視モードに突入だ。

「ねえ、了太、なんでこれ8巻ないの? この前出たよね」

 奏は相変わらず漫画に夢中だ。

 あふれるほど金があるのに、どうして俺の家の漫画ばかり読むんだ。

「華英が持ち出したんだよ、おい華英ーー」

「なんだよ、うるさいなーー」

 隣の部屋から声だけする。

 なんだよお前、さっきのブリっ子どこ行った。

「ハマスの仮面の8巻返せよ」

 俺は壁越しに言う。

 俺と華英の会話は、だいたいこれだ。

 アコーディオンカーテンが少しだけ開いて、漫画が飛んできた。

「……お前!!」

 俺はなんとか漫画本をキャッチする。

「投げるなよ」

「ありがとねーー」

 二階の三部屋は、すべてアコーディオンカーテンで繋がっている。

 子供が三人いて、独立したら広い部屋として使うつもりで、そういう作りなのだという。

「ほい」

 俺はそれを奏に渡す。

「あんがと」

 受け取った奏はベッドにゴロゴロしながら読み始めた。

 俺はハセさんが持ってきてくれたお菓子をつまむ。

 バームクーヘンなのだが、これがまた旨い。

 俺は甘すぎるお菓子は苦手なのだが、小早川のお菓子は旨い。

「これもお抱えの人が作ってるんですか?」

 ハセさんに聞くが、ハセさんはパソコンから目を離さない。

「お父様は、まだご在宅ですか」

「は? ああ、オトン」

 お父様とか言われると、常に俺の中学のジャージでうろうろしてるオトンが浮かばない。

「下でテレビ見てると思うけど」

 この時間は囲碁か将棋を見てるはず。

「失礼します」

 ハセさんはパソコンを抱えて、トタタタと階段を下りていった。

「それも安堂さんが作ってるんだよ」

 奏が転がったまま言う。

「パンと同じ人?」

「そうそう。今日はさー、了太に持って行くからって、かなり甘さ控えめに作らせてたぜ、ハセさんが」

 そうなのか。そんな気を使ってくれたのか。

 ハセさん、やっぱり優しい人だ。

 奏のことを思うあまり、行動が突飛で、最近は演技臭いのが気になるけど。

 あははは! と奏が漫画本を読んで笑う。

「ちょっと、ヤバくね、この巻。このお嬢様、おかしくなってんじゃん」

 奏は漫画を読みながら笑う。

 それはさっき読み始めたハマスの仮面8巻。

 主人公には元々好きな女がいるのだが、婚約。

 婚約者の女が白いバラを投げつけて主人公に攻撃を始めた巻だ。

「突然の戦闘で、わけわかんねーよな」

 俺も横から漫画を覗き込む。

 奏が何枚かページを戻す。

「これ、完全に飛んでねえ?」

 婚約者の足下が浮いているように見える。

「いつの間にかチートでしょ」

「音楽どこいった」

 この漫画はハマスの仮面をかぶると、超演奏できる音楽モノなのだが、8巻からは音楽完全無視だ。

「嫌いじゃねーけど」

「俺も」

 奏はベッドに転がったまま、俺はそこに腕をついて、一冊の漫画を覗き込む。

 いつものことだ。

 ただ、奏の声が少し高くて、美しいことを除けば。

「この漫画、きっとハセさんが買って、部屋に置いてあるんだよ」

「小早川家だったら、作家を呼びつけて続き書かせそうだけどな」

「オトンはやってたよ」

「……まじか!!」

「玉森喜一郎って知ってる?」

「なんだっけ、聞いたことあるな。詩人?」

「そう。その人に自分のために詩を書かせて、かざってた」

「金持ち狂ってんな」

 奏はパタンと漫画本を閉じた。

「でも俺はさ、こうやって誰かと、あーだこーだ言いながら読みたいんだよ、漫画が読みたいわけじゃなくて、了太と話したいんだと思う。共通の話題で」

「あー、まあ分かるかな」

 うるさい華英相手でも、漫画やドラマが面白いと感想を言い合う。

 それで溜飲が下がることも、テンションが上がることもある。

「ん、だったらこの前録画したクソ映画見ようぜ」

「おいおい、最初からクソって言われたら、期待しかない」

 この前深夜にやってて偶然撮れてた映画が、かなり酷い出来で、なかなかすごいと華英に無理矢理見せたが、途中で寝た。アイツ本当に使えない。

 俺はパソコンを立ち上げて、テレビとリンクする。

「これ何だけどさあー」

「どれどれ?」

 俺の肩に乗せた奏の指。

 そしてのし掛かる体重が、軽すぎる。

 今まで肩に全体重乗せられたら、重てーな!! だったのに。

 軽い、軽すぎる。

「……お前、体型かなり変わった?」

 俺は奏に向かって言う。

 顔がすぐ近くにある。

 近くでみるとヒゲもないし、肌がむきたて卵みたいにキレイだ。

 華英なんて、色々塗りすぎてボツボツしてるように見えるけど、奏の肌は赤ちゃんのようだ。

 奏は画面をみたまま答える。

「体重が10キロくらい落ちた」

「大改造劇的ビフォーアフターじゃねーか」

「家じゃねーし」

「……体調、大丈夫なのかよ」

 見れば見るほど、奏は前より色白に見える。

「いや、絶好調だけど。体、見る?」

 奏はパーカーのすそを掴んだ。

「ああああああああああ!! お前ふざけんな!!」

 俺はその手をたたき落とす。

「悪ふざけ」

「最悪」

 扉がタンと開いて、ハセさんとオトンが立っている。

「大改造劇的ビフォーアフターするぞ」

 オトンは胸をはっている。

 上下俺の中学時代のジャージで。

「……は?」

 俺と奏は同時に入り口を見た。

 ハセさんはにっこり微笑んだ。

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