君がいい
週末。
桜井さんに呼び出されたのは、プレパークという公園だった。
俺も奏も、この町には長く住んでいるが、初めて来た場所だ。
簡単に言うと、子供の遊び場で、特徴としては火起こし、煮炊きが出来ること。
あとは何をしてもいい! というのが、この場所の特徴らしい。
メイン層は乳幼児から小学生まで。
桜井先輩は、ここで子供と遊びサークル活動をしているらしい。
「将来教師になりたいんだって」
桜井さんは言った。
後輩の面倒見も良かった桜井先輩なら、可能だろう。
「久しぶり! 小早川さん」
俺たちを見つけると、桜井海翔先輩は走ってきた。
弓道部の頃と何も変わらないスッキリとしたイケメンで、服装もGパンにTシャツ。
俺はほんの少し安心していた。いや女装してくると思ってないけど、ちょっと身構えると言うか。
桜井さんに、超汚れるから、捨ててもいいような服で来てと言われていたので、俺たちもGパンにTシャツだ。
それでも奏は、女の子向けのスッキリとしたVネックのデザインで、薄ピンク。
髪の毛が少し伸びてきて、女の子の服が似合うようになってきていた。
「桜井先輩、お久しぶりです」
奏は一礼した。
「もう先輩でもないから、海翔でいいよ」
「じゃあ……海翔先輩で」
「結局先輩か」
海翔先輩がにっこりと笑った表情は、それはそれはイケメンで……勿体ない……と思ってしまう俺を誰か止めてくれ。
だって海翔先輩が、後輩のあの子とか、同級生のあの子とか、たくさん付き合ってたのを知ってる。
モテる男の人なのに、どうして女装……、ちょっと待てよ、女装する人って、女の人が好きなの? 男の人が好きなの?
……わかんね。
「おい、お前、これを引け」
なんだ、この命令口調。
振向くと小学校低学年くらいの男の子が、壊れかけたリアカーに乗っかっていた。
「よし、俺が引いてやる」
海翔先輩がリアカーを持つ。
「そこのでかい女がいい」
「え? 私?!」
奏が振向く。
「そうだ」
小学校低学年男子くらいが一番無敵だったなー。
怖いもの知らずだった。
「……じゃあ、海翔先輩、一緒にやりましょうか」
奏がリアカーの前部分を持つ。
「よし、みんなー、リアカーでタクシーごっこするぞーー!」
海翔先輩が声をかけると、わらわらと子供達が集まってきて、リアカーの上には六人も子供が乗った。
「ぐえええ……」
奏がどれだけ引いてもリアカーは動かない。
「よいっしょ……と!!」
俺と海翔先輩が押すと、リアカーは動き出した。
思ったより下は斜面になってるらしく、リアカーは一気に加速する。
「おわあああ!!」
奏と海翔先輩は、子供も爆笑と共に広場の奥へ消えて行く。
「もう一回! もう一回!」
「まだやるのかーー」
子供のパワー……すげえ……。
「良かった。お兄ちゃん、楽しそう」
振向くと桜井さんが横に居た。
桜井さんはTシャツに繋ぎのような服を着ている。
部活の集まりで何度か桜井さんの私服を見ているが、やはりシンプルで良いなあと思う。
ふと見ると、ズボンの一部に、アニメキャラクターの人形がぶら下がっている。
「お、アイパラのキャラだ」
俺はそれを見て言った。
「あ。二宮くんは知ってるんだ。さっき女の子が私にくれたんだけど……全然分からなくて」
アイパラは、アイドルパラダイスというアニメ番組だ。
休みの日の朝にやっている小さい子女の子向けのアニメなのだが、オトンが好きで俺も見てる。
何度も言うがオトンの守備範囲は、オタク界のイチローだ。
「マニアックだからね、普通知らないよ」
俺は苦笑した。
「まじーでーつかーれたーーー」
奏がリアカーで広場を一周して、戻ってきた。
そして俺の横に転がる。
「駄目だ、本当に体力落ちてるわ。あー、筋トレしようかな」
「少しはしたほうがいいかもな」
最近、本当に体が細くて心配になる。
「……あれ、それ、アイパラのみぃちゃんじゃん」
転がった奏は桜井さんがぶら下げていた人形のキャラクター名を言った。
それを聞いて周りに居た女の子たちが寄ってくる。
「みぃちゃん、知ってるの?」
「みぃちゃん、好き」
転がっている奏を、小さな女の子たちが取り囲む。
奏は俺と一緒にアイパラを見ている。
というか、オトンが布教した。
去年の文化祭は、いつもの五人でアイパラのオープニングを完全にコピーした。
これまた全く受けなかったけどな!!
よく考えると、俺たちは一年でXで失敗、二年でアイパラで失敗、二年連続、まったく受けてないな。
「知ってるよ。このお兄ちゃんと踊ったもん」
奏はムクリと起き出した。
「みほちゃんも踊れるし」
「ゆうなちゃんも踊れるよ!」
「みてて、みてて!」
女の子たちが、並んで踊り出した。
「アイ! パラ! アイ! パラ!」
「ポーズの決めが甘いね!!」
奏も女の子たちに並んでポーズを決める。
まだ完璧に覚えてるのかよ。
「ほら、了太も一緒に」
マジか。
仕方なく横に並んで踊り出す。
「アイ! パラ! アイ! パラ!」
俺、サビしか覚えてねーよ……アイ! パラ! アイ! パラ!
「二宮くん、小早川さん、火の当番お願いできる?」
桜井さんに頼まれて、たき火の面倒を見ることにする。
サークルの人たちは、子供達とかくれんぼをするようだ。
奏と俺は、薪を火の中にいれていく。
手作りのかまどには、たくさんのスープが作ってあり、お昼はこれにするようだ。
「こんな公園あったんだな」
奏が言う。
「全く知らなかったな」
「小学生の時に知ってたら、毎日火起こししたかも」
「確かに、火はちょっと面白いな」
俺たちはボンヤリと火を見つめた。
一度だって同じ動きをしない火は、みてるだけで時間を忘れる。
「隠れさせて」
そこに海翔先輩が来た。
薪が沢山入った箱の影に、海翔先輩は座った。
奏と話がしたくて来たのは、一目で分かった。
「ちょっと、お茶飲んでくるわ」
俺は少し離れた場所にある、椅子に座った。
「……小早川さん、体調、大丈夫なの?」
海翔先輩がポツポツ……と話し始めた。
「もうすっかり慣れました」
奏はにっこりと微笑む。
「ぶしつけな質問で悪いんだけど……どんな……気持ちだった?」
海翔先輩も、薪を火の中に入れた。
「そりゃ驚きましたけど、まあ、仕方ないです。慣れるしか無い」
「男に戻りたいとか、思う?」
「男でも女でも、結局誰と付き合っていくかのが問題だって、気が付いたのは最近です。私は私が変わっても、変わらない了太がいてくれたから……」
奏が振向く。
俺は小さく手をひらひらさせる。
たしかに奏が女になって、ゲスい人間がハッキリしたのは間違いない。
「そうか。そうかもな」
二人は小さな声で、ゆっくりと話していた。
「にーのーみーやーくん。一緒に隠れよ?」
桜井さんが俺の腕を引っ張った。
目を見ると、パチンとウインクした。
分かったよ、海翔先輩と奏を二人にさせたいんだろ?
俺は桜井さんと、森の中に向かった。
「見てこの木! あそこに基地があるの」
森の中に大きな木があって、すこし登った場所に、小さな部屋が作ってあった。
「すげえ、完全に秘密基地じゃん」
俺は興奮した。
あんなの子供の頃に知ってたら、奏とマンガ持ち込んでゴロゴロしたのになあ。
なんで秘密基地って、ショボくてもテンション上がるんだろう。
そういえば最近出てきてたな。
「ハマスの仮面にも、あういう場所あったよな!」
興奮して振向く。
「……何それ、アニメかな?」
桜井さんはハテナ顔だ。
しまった、一緒にいるのが奏だと思っていた。
「いや、マニアックな話だから。あははは」
俺は笑いに逃げながら木を登った。
登ると、どんどん視界が高くなって、世界が広がる。
「おお……いいなー……」
下の方からバサバサと木を踏んでいる音がする。
「キャーー、怖い、落ちる! 二宮くん助けて!!」
木の途中、桜井さんの手が届かなくて悲鳴をあげていた。
「こっち、手出して」
「ありがとう!」
桜井さんは俺の手を握って、なんとか登ってきた。
奏だったら、意地でもひとりで登ってきそうだ。
助けるって言っても「いらねーし」と言うんだ。
女の子になったんだから、もう少し俺に頼ってもよくないか?
まあ……そこが奏のいい所だけどさあ。
そして俺の情けない所だとも言う。
「わーー、すごいね、キレイ。少し登っただけで視界が変わるね!」
桜井さんは立ち上がって、秘密基地で背伸びをした。
確かに、少し登っただけで景色が変わる。
俺は高い場所は大好きだ。
「もっと登って、一気にバンジーしたくなるね」
「キャハハ、何ソレ!」
俺と奏は、バンジージャンプが好きで、遊園地に行くと二人で必ずやる。
「え、やりたくない? バンジー」
「ぜったいヤダ。なんでわざわざ飛び降りなきゃいけないの?」
「……そっか」
奏だったら。
奏だったら。
そんなことばかり考える自分に苦笑してしまう。
戻ると、奏はひとりで薪を燃やしていた。
「……遅い……」
炎で顔が照り返されて怖いって!
俺は横に座った。
「奏さあ、今度また、ハナマルランドのバンジー行こうぜ」
「……やべ、最近行ってない」
「三ヶ月以上行ってないの、久しぶりじゃね?」
「すげぇ飛びたくなってきた」
「俺たち、バンジーのために年パスまで持ってるのに!」
「そうだった!」
学生は年パスが2,000円で買えるので、奏とテンション上げて買ってしまった。
元を取らないと! と月に一度は行っていたのに。
「夏休みに行こうぜ」
「ハセさんも連れていくか」
奏は薪を手元でクルクル回した。
「最近会ってないな」
「たぶん泣いてる」
あはは、俺は笑いながら置いてあった薪を、ポイと火の中に入れた。
そしてうちわでバサバサ扇ぐ。
「……奏はさあ、親友だけど、女の子で、なんかすごいな」
俺は思わず言った。
奏が鳩が豆鉄砲くらったみたいな表情で見ている。
「お前は、俺が変わらないから……とかいうけど、それは奏が奏のままだからだ。奏は、女だけど、俺の親友で、すごいわ。いやー、すごい」
「……なんだよ、今更」
奏が薪で俺の頭を殴る。
「痛いっつーの」
「だから私はお買い得だっつーの」
「閉店前セールか」
「むしろ開店前」
「お得すぎる、な」
奏は手に持った薪をポンと火の中に入れた。
入れすぎた薪が派手に燃え始める。
「……私にしとけば?」
薪がパチパチと高い音を出す。
「……考えてるよ、考えてる」
俺は火をみたまま答えた。
それこそ頭から火が出そうな程、考えてる。
俺は、他の女の子じゃなくて、奏がいい。
それは、わかり始めた。
でも、奏と付き合うってことは、奏と……キスとか……だろ?
その後は……! ぐあああ……ここまで想像して愚息は無反応。
いっそ試してみる……?!
奏をチラリと見る。
奏は鼻歌を歌いながら、薪を移動させている。
試してみるとか……してみて、この前みたいに無反応だったら、口先だけで「奏がいい」て言ってる事にならないのか?
それって、めちゃくちゃ奏に失礼だよな。
女だと思ってるとかいって、女扱いしてないよな。
そんなんじゃ、親友の奏も無くしてしまう。
それだけは、絶対に避けたいんだ。
あぐーおぐー……頭から火が出そうだーー。