現実とトーテンポール
「起きろ了太、起きろーーーー!」
寝ていた俺の上に、華英が乗っかっている。
俺はそれを振り払い、布団に丸まった。
「起きろ起きろ朝だぞーー」
「今日は日曜」
「朝だ、朝だーーー」
うるさい、本当にうるさい。
時計を確認すると、まだ7時。
「アホか」
俺は再び布団に潜った。
「奏くんのこと、聞かせてよーーーー!」
クソ重い。
布団の上に華英が乗っかって揺らしている。
「女になったって、本当かよーー」
コンサートがあったのは昨日の土曜日。
奏はまだ病院にいるはずなのに、どうしてそんな事知ってるんだ。
「噂で聞いたんだけど、了太は見たんでしょ? ねーねーねー」
バタンと扉があく音がして、声が重なる。
「起きろーーー」
この声は雪菜だ。
普通の日曜日に雪菜が来るなんて、珍しい。
雪菜まで奏の話を聞きに来てるの?
ああ、やだ……俺は疲れてるんだよ……。
「眠い……」
「はいオハヨー!!」
華英が俺の布団をはぎ取る。
くそ寒い。
滅びろ女。
ふっと脳裏に青白い顔をしていた奏を思い出す。
奏も、女か……。
「はー……」
俺は丸まった。
「はい起きた起きた」
背中のパジャマを引っ張られて、一階へ向かう。
違う、滅びろ姉。
「で、奏くん、本当に女になったの?」
パジャマから着替えることも許されず、俺はリビングの椅子に座らされた。
右にはオカン。
正面には華英。
左には雪菜。
オトンは空気(というか、まだ寝ている)。
「どうなの?」
雪菜までジリッと近づいてくる。
華英が俺の目の前まで近づく。
「奏は見たんでしょ? 病院行ったから、遅かったんでしょ?」
「門限ぶっちしたわよねえ? お母さん知ってるんだから」
オカンまで俺を睨んでいる。
何なんだ、もう……。
あの後、病室で、奏といつも通りダラダラ過してしまって、気が付いたら終電ギリギリ。
焦って帰ろうとしたら、ハセさんが車を出してくれた。
ハセさんは、俺と奏が普通に話してるのが嬉しくて、声をかけられませんでした……と車内で謝ってくれたが。
仁王立ちして待ってると思ったオカンは、普通にハセさんに挨拶して、俺を家に入れてくれた。
考えれば、オカンはこの時点で奏のことを知っていたんだろう。
俺はそんなこと何も考えず、風呂にも入らず眠ってしまった。
「病院には行ったよ。奏は女になってた」
「まじかーーー!」
華英がスマホを一気に操作する。
たぶん一斉に返事を書いているんだろう。
「性転換って、どうして? なんで?」
雪菜が聞く。雪菜はさすがに社会人。華英より落ち着いている。
「性転換病だって。俺も初めて聞いたんだけど」
「何ソレ」
雪菜もスマホをいじりはじめる。
「奇病」
俺が最初にみたページを見つけたのだろう。
「そう、奇病だって。思春期の男子だけ」
「えーー、へーーー」
雪菜はスマホの画面をいじりながら黙った。
「大変だったんだから」
ドスンとオカンがお茶を机に置く。
「もう救急車やら警察やら沢山きて、空が赤く染まってたわよ、市長まで来てたのよ」
「えー……」
小早川財閥は、この市に複数の企業と工場を持っている。
この市を支えてるのは、小早川財閥で、その息子が倒れたとなれば……まあ市長は来るかも。
「うちにも警察来たのよ!」
「はーーー?」
もう叫ぶしかない。
「了太と一番仲が良かったでしょ、奏くんは」
「だからって、なんで警察だよ」
「変な薬とか」
「なんだそれ」
「大変だったんだからーー」
「……ごめん、ごめん」
叫ぶオカンに取りあえず、謝る。
「女って、顔が変わったの?」
雪菜が聞く。
俺は青白い顔をした奏を思い出す。
同時に消えていたのど仏も。
「顔は、スッキリしてた……かな。奏って元々顔がキレイだからさあ……」
「わかるーーー!」
華英が叫ぶ。
ひとつ言いたい。華英は話を聞きたがるくせに、俺の話をいつも遮る。
「奏くんって、すごい綺麗な顔してるから、女の子なったら、すごいんじゃないって、ねえ?」
オカンにふる。
オカンは無言で何度も頷く。
どうやら俺が帰るまで、二人でかなり話し込んだようだ。
女って、話続けないと死ぬの?
「お腹すいた」
たたき起こされた俺は、つぶやく。
「はい菓子パン」
机の真ん中に山と置かれたあんパンをオカンは投げた。
いつもはちゃんと朝ご飯作ってくれるのに!
「えーー……」
「お母さん、ママさんたちに連絡しないと!!」
えーっと、ラインね、ライン……何度も言いながらオカンもスマホをいじりはじめた。
最近買ったばかりで、いつも使い方わからなーいと俺に聞いていたのに、いつの間ラインを入れたんだ。
俺は目の前に置かれたあんパンを見つめる。
たたき起こされて、これ。
むなしすぎる。
「おはよーーー」
玄関から声がする。
この声は……まさか……?
俺が玄関に向かうと、奏とハセさんが立っていた。
朝日をバックに立つ奏は、昨日より顔色が悪く見えない。
身長も風貌も、あまり変わらない。
キレイな顔はそのままだ。
やっぱり若干痩せたというか、すっきりしたように見える?
いや、奏の顔をまじまじと見たことなんて無いから、分からないな。
いつものパーカー、大きくMMRと書かれた灰色のものに、ジーパンの服装で、奏は立っていた。
「ういーす……」
俺はパジャマ姿で向かえる。
実は朝から奏が来るのは良くある。
二人でネットゲーしたり、歌を聴いたり、ダラダラと休日を過すのは、日常だけど……。
「キャーーーーー!!」
台所の方から叫び声が複数聞こえる。
振り向くと顔が並んでいる。
一番上にオカン、その下に華英、一番下に雪菜。
我が家の騒がしい女のトーテンポール。
「おはようございます」
奏はにっこりと微笑む。
「キャーーーー!!」
おはようございますに、悲鳴で返すって斬新だな。
「部屋いく?」
俺はパジャマのズボンに手を突っ込んだまま言う。
「了太!!!」
叫び声に振り向くと、トーテンポールの上、二人が睨んでいる。
「なんだよ」
俺が言うと、パジャマの上を引っ張って台所に引きずり込まれた。
「奏くんはもういつもの奏くんじゃないのよ?」
華英は鼻息荒く言う。
「部屋に女の子連れ込むなんて、許しません!!!」
オカンも仁王立ち。
「それに、パジャマに手を突っ込んで女の子の前に立たないの!!」
「うんうん!!」
俺は台所に転がったまま二人に説教される。
なんだよお前ら、完全におもしろがってるだろ。
「ごめん、混乱させて」
玄関から奏の声がする。
「あー……」
俺は台所で答えた。
「とりあえず、リビングでいいかな」
奏が言うと、オカンはガタッと派手に立ち上がって、机に上にあった菓子パンを棚に投げ込む。というか、投げ込む。
あれ……? 俺の不本意な朝飯……。
そして飲んでいたお茶をタライに投げ込み、机の上にうずたかく積まれた新聞や雑誌を大きな袋に投げ込む。
「……なにやってんだよ」
奏が俺のうちの台所にきて一緒に飯を食べるなんて、日常なのに、なんで突然掃除?
「なんか落ち着かないじゃない!!」
変なスイッチが入ってるらしい。
「入れば?」
俺は玄関に向かって言った。