これからは、俺が
1ゲーム目、桜井さんのスコア186。
1ゲーム目、奏のスコア、180。
2ゲーム目、桜井さんのスコア178。
2ゲーム目、奏のスコア、164。
その差、20で奏が負けている。
ハイスコアでかなり差があるのに、奏は頑張ってるほうだけど……。
最終ゲームが始まると、二人はもう会話さえしない。
ほんわか桜井さんだと俺は認識していたが、奏のいう通り、かなり男前な性格なのかも知れない。
「ほええええ!!」
さっきから投げてる声が、怖い……。
「勝てる……私は勝てる……」
奏はトランス状態だ。
なになんのスポ根マンガ?
「……しまった」
桜井さんが呟く。
派手な音をさせて、ピンが真っ二つに割れた。
スプリットだ。
「落とせ……落とせ……溝に落とせ……いや……落ちろ……」
奏はゲンドウポーズでぶつぶつ言っている。
眼鏡は無いが、眼が光っている。
サウンドオンリーでお願いしまーす!!
俺は二人の戦いがガチすぎて怖い。
「ふう。取るよ」
桜井さんが、戻ってきたボールを持った。
奏は前をストライクで取ってる。
ここを取るか、外すかは大きい。
桜井さんは、いつもと違う投げ方をした。
腕を大きくふって、カーブをかける。
右側のピンにあてて、それが左側にススス……とゆっくり動いて倒れて、反対側のピンが、ストンと倒れた。
「よし!!」
「マジか!!」
「桜井半端ねーー!」
部員たちは口々に叫ぶ。
奏がゆらりと立ち上がる。
初号機発進?!
「……小早川さん、ここでストライクじゃないと、負けるけど?」
桜井さんが奏の目の前に立つ。
「座ってみてな」
奏は桜井さんを完全に見下ろした。
「ひええ……」
俺と滝川先生は恐怖に震える。
さっき奏に釘をさしておいて良かった。
負けが決まった瞬間に、桜井さんに球を投げつけかねない。
そして小早川グループのボウリング場は、総出でそれを隠蔽しそうで怖い。
にやにやしながら壁に桜井さんを埋め込むハセさんを想像して、一瞬笑ってしまう。
やる……ハセさんはやる……。
奏がゆっくりと球を投げる。
その球は吸い込まれるように真ん中に入って、高い音が響く。
奏もスプリットになった。
「マジかーー」
部員たちが叫ぶ。
ストライクを狙えば狙うほど、スプリットになるのは仕方ない。
今まで三回奏はスプリットを出しているが、一度も取れていない。
「奇跡は起きます……起こしてみせます!!」
奏が叫ぶ。
なんでここでトップをねらえ!?
俺は2のが好きだぞ!!
「イエエエエイ!!」
部員たちが叫ぶ。
奏が球を投げる。
その球は、ゆっくりとゆっくりとガーターの淵を走り……落ちた。
「あああ………」
これで奏の負けは決定した。
隣の席に座ってポッキーを食べていた桜井さんが立ち上がる。
「私の勝ちね。じゃあ、二人にお願いがあるんだけど」
「……くそー。何だよー、何でも言えよー」
奏はドスンと椅子に座った。
俺には聞かない? そうですよねー。
「桜井先輩に会う?」
奏はオレンジジュースを一口飲んで、言った。
「そうなの」
桜井さんが両手を合わせて、お願い! のポーズをとっている。
部員が全員帰った後、俺たちはホテルの二階にある喫茶店に来た。
喫茶店だけど個室……、それに窓から滝が見える。
これって喫茶店?
なんか会合くらい開けそうな広さだけど?
ソファーもふわふわで……ああ眠くなるーー、違う違う、俺はまた現実逃避を始めてる。
「お兄ちゃんに女装の趣味があるって話は、前にしたよね」
「あの話、マジなの?」
奏はストローでカランと氷を回した。
「嘘ついてどうするのよ」
桜井さんは、一緒に出されていたクッキーを食べる。
「あれ、なにこれ、激ウマ」
「……!! ひょっとして小早川クッキーか!」
俺は眠気も吹き飛んで飛びつく。
サクサクで甘すぎずに旨い……間違いなく小早川クッキー。
「了太がいるんだ、当然持って来させる」
奏が言う。
はわー……うまいー……。ということは、このポットに入ってるのは小早川コーヒー。
あー……いい香りだーー。
俺がのんびりし始めた横で、二人は怖い顔して話している。
「お兄ちゃん、結構ガチで」
「……なあ、ちょっとまて。私は、女装してるわけじゃないぞ」
奏は目頭を押さえていう。
あのポーズ、ハセさんにそっくりだなー、もぐもぐ。
長く一緒にいると似てくるのかなー。
「分かってるよ。でもね、憧れがあるみたい。女の子になったことに対して」
「マジかよ……」
奏が絶句している。
気持ちは分かる。
桜井先輩といえば、国体まで出た我が部のヒーローで、それがガチの女化希望者だとは。
「もちろん公言してないけど、私にはかなり話してくれてて」
「キツくね?」
奏は失笑半分に言う。
「うーん、親にも言えないし、仕方ないかなーー」
桜井さん、大人だな~~。
クッキー、うまいな~~。
「お兄ちゃん、最近元気ないんだ。毎日小早川さんのことは聞いてくるけど……心配で」
桜井さんのお願いとは、こうだ。
最近桜井先輩が元気がなくて、毎日奏のことを聞いてくる。
もしかして、会ったら元気にならないかな?
今度桜井先輩の大学のサークルの集まりがあるので、二人で来てくれないか……と。
「ひとつだけ確認させてくれ。女装の事……俺たちに知ってるのを、桜井先輩は知ってるのか?」
奏は聞く。
桜井先輩の女装……マジすいません、きつすぎます……。
俺の脳裏には袴胴着姿の格好いい桜井先輩なのに。
「言ってない。本当は軽く人に言っちゃ駄目だよね、ごめん」
「いや、私と了太に気を使ったんでしょ。それくらい分かってる」
嘘つけ!
お前、桜井さんは嘘をついてる……とか言ってたじゃん!
ふう、と奏はため息をついた。
「じゃあ普通にしてればいいわけだ。了解。いいよ、勝負に負けたし、顔出すくらい」
奏はオレンジジュースを飲みきって言った。
「良かった!! 急で悪いけど、来週末なんだ、大丈夫?」
「オッケー」
奏は微笑んだ。
まあ、この程度で良かった……気がする。
帰り道。
もう影が長い夕方になっていた。
俺たちは自転車に乗った。
カラカラと軽い音が響く。
俺はこの時間帯が一番好きだ。
夜と夕方の間。
向こう側にはもう夜が来ているのに、まだ諦めきれない夕方の空。
俺たちは自転車を漕ぐ。
「桜井先輩……マジだったのか」
奏が言う。
「だから言ったじゃん。お前、嘘だとか、作戦とか言ってたよなーー」
「だってさあ……そんな人が身近にいると思えないだろ」
「……まあな」
それも桜井先輩が。
「私みたいなことになった人が、羨ましい人もいるんだな……」
奏は消えるような声でいう。
「奏は、今でもイヤか。……いや、当り前だよなあ」
俺は、ははははと軽く笑う。
ガシャンと奏が強くペダルを踏み込み、俺の隣に並ぶ。
「……女の子だって、言ってくれて嬉しかった」
奏の顔に夕日が半分だけかかって、表情を美しく見せる。
「……そっか」
俺は目をそらした。
「了太がそばに居てくれるなら、女でも男でもいいや」
「……いるじゃん」
「逃げんなよ、ずっと」
奏は続ける。
「…………たぶん」
「なんだよたぶんって!!」
奏が自転車でぶつかろうとしてくる。
「お前、あぶねーーー!」
俺は加速する。
「V8! V8!」
奏が追ってくる。
「イモータンジョーー!!」
ぎゃははは! 二人で笑いながら自転車を漕ぐ。
夕方の風が気持ちいい。
願わくばこのまま。
でもきっと、このままじゃ、もう居られない。
夕日に照らされた奏の横顔は、完全に女の子で、それを自覚するたびに俺は少し泣きそうになる。
怖い。
でも、もう変わっていかなきゃいけないのは、俺だ。