最後の【俺】
眠れない。
俺は部屋で惑星整備のゲームをつけたまま、布団に転がっていた。
時間は深夜12時をすぎた。
明日も学校だから、そろそろ寝たい。
でも今日は、色々緊張して、眠りすぎた。
日帰り温泉。
結局奏と俺は、ぐっすり二人で眠ってしまい、衛藤さんがドアをノックする音で起きた。
「寝ちゃったね」
と浴衣姿で恥ずかしそうに微笑む奏。
俺は何の言葉も出てこなくて、無言で何度も頷いて外に出た。
いや、逃げ出したというのが正解だ。
親友やめて、女のクラスメイトになる?
俺は、どう接していいのか、全く分からなくなった。
奏だけど、奏じゃない。
いやいや、そんなの分かってたじゃん?
でも奏じゃん?
でも女の子として扱ってほしいって?
その前に俺、女の子に慣れてないんだけど!!
こうなると地獄なのは、帰りのバスだ。
クラスの女子だと思うと、何を話せばいいのか、全く分からない。
奏だけど奏じゃなくて、奏なんだけど、奏じゃない。
奏がゲシュタルト崩壊。
駄目だ……こうなったら、寝よう!
秘技・どこでも睡眠!!
俺は正直、目を閉じればすぐ眠れる、どこでも眠れる。
無理矢理寝て、起きたら学校だった。
どうやらパーキングエリアも全て寝ていたらしい。
どう考えても寝過ぎ。
「あああ……もう疲れた……」
脳内キャパオーバーだ。
頭の中は疲れてるのに、全く眠くない。
せっかく学校生活が落ち着いてきて、ああのんびり出来る日々が戻ってきたと思ったのに!
俺は布団でゴロゴロする。
隣の奏の部屋。
奏は部屋には居ない。
夕食食べてからずっと、華英の部屋に閉じこもっている。
「衛藤さんも、華英さんも、駄目だって言う」
まっすぐに俺をみる奏の目。
「あああああ……」
それを思い出して、またベッドにコロコロ転がる。
要するにあれだろ?
俺のことを衛藤さんや華英に相談してるってことだ。
何を? って……女扱いしてほしいって事を……だよな?
衛藤さんはまだ分かるけど、華英は女という世界のヒエラルキーでは、かなり下じゃないか?
相談先間違ってねーか?
誰か相談にのってくれよ! 奏、相談にのってくれよ!
奏が意味分からないこと言うんだよ!
「はー……」
俺は疲れている。
そうだ、華英のバターサンドを食べよう。
そしたら眠れるかもしれない。
そうだ、お腹がすいているのかも知れない。
そうだ、そうだ。
廊下に出て、台所に向かう。
華英の部屋の中から、話し声がする。
「ああーだから駄目だって言ったのに!!」
「…………んです」
華英の声がでかすぎて、一緒に話しているであろう奏の声が全く聞こえない。
いや、盗み聞きなんてしない!!
「あいつは単純頭で、右って言われたら右、左って言われたら左、ようするに中間がないの」
これだけで分かる。
俺、超バカにされてるよね?
今すぐドアを蹴飛ばして騒ぎたいけど、噂話の最終に顔を合わせるのは……ちょっと……。
俺は静かに台所に逃げた。
台所の横にリビングにはオトンが居た。
「また寝てないのか」
「バスで寝過ぎた」
「楽しかったか」
「……まあまあ」
オトンは黙ってテレビを見ている。
その画面を横から見ると、神林48が出ていた。
「お、新番組始まったの?」
見たことない画面に興味を持ち、俺はソファーに座った。
「録画あるぞ。見ろよ」
俺のオトンはかなりのオタクだ。
俺が古い青背のSFや、地下系アイドルに詳しいのは、オトンが持ってきた情報だ。
神林48が、相変わらず静かにSF小説を読み上げている。
神林48は、朗読アイドル。
ただSF小説(著作権フリー・自薦他薦あり)を読みあげるアイドルなのだ。
「今回の話はいいぞ。衣類系SFだ」
「なんだそりゃ」
「お前、カエアンの聖衣知らないのか。よし、明日には準備してやるからな」
「あはは……」
オトンの全くぶれなさに、落ち着くなんて、俺は本当に疲れてる。
「奏……さんは、大丈夫なのか?」
オトンはビールを一口飲んだ。
「学校で? かなり、馴染んできたよ」
「お前が守ってやれよ」
「何もできねーよ、マジで」
むしろ翻弄されてる。
「どんな状態でも、気持ちが変わらない仲間が一人居れば、楽しいもんだ」
「へー……」
オトンにしては良いことを言う……と思ったら、スマホがポンポンと音をたてる。
「ほら、俺の実況仲間は、高校の時からのオタク仲間だ。今度一緒に神林48の朗読コンサートに行くんだぞ」
「あは、あはは……」
楽しそうでなにより……。
俺は冷凍庫から【華英の! 食うな!!】と掻かれたバターサンドを三つほど持って、部屋に戻った。
華英の部屋からは、まだ話し声がする。
しかもガラガラガラ……プシュ!! と、間違いなく窓の外に冷やしてあったビールを華英が飲んでる音までセットで。
更にうるさくなる……。
俺は部屋に逃げこんだ。
……気持ちが変わらない仲間、か。
俺は全く変わらないつもりだったけど、妙に女になって攻め込んできてるのは奏だ。
男と女でも親友でいいだろう?
何が駄目なんだ?
俺に女! 女! と意識させなければ、普通に一緒に居られるのに。
コンコン
ドアがノックされた。
我が家にドアをノックする人間などいない。
ということは
「奏だけど」
やっぱり。
ふー……大きく息を吐いて、一回落ちつく。
俺はバターサンドを食べながら、ドアを開けた。
「……ういー……」
奏はパジャマ姿で、俺の部屋の前に立っていた。
いつものように部屋の中に入ろうとしない。
「……どうしたんだよ」
「今日は遅いからもう寝る」
「そっか」
一瞬、安心してしまった。
「これだけは、言っておきたくて」
「……おう」
手が汗ばんでるのを感じる。
俺は何度も手を開いたり、閉じたりして、乾燥させた。
「今日で、俺は、俺を捨てる」
「は?」
「今までずっと、自分の事を【俺】って言ってきたけど、今日でやめる」
ああ、そういうことか。
当たり前すぎて、気にもしてなかった。
「だから、これが俺の人生、最後の【俺】だ。聞いてくれる?」
「ああ」
「俺は了太と友達でいたい」
奏は旅館の時と同じ、まっすぐな表情で俺を見る。
旅館から帰るときも、バスも、明らかに不自然だった。
分かってたけど……。
「……ごめんな、帰りのバス。意識しすぎて、話せなくなった」
「意識してもらえるのは嬉しい。でも、了太と普通に話せなくなるのは、イヤなんだ」
「……おう」
「女の子として見て欲しいとお願いするんだから、俺も俺を捨てる。今日からちゃんと【私】にする」
「……できんの?」
半信半疑だ。
「出来るよ。出来るけど、やらなかった。認めたくなかったんだ、きっと。でも、もう止める」
「そっか」
「今日から【私】の、小早川奏になる。よろしくね」
奏は顔をあげた。
迷いの無い、まっすぐな瞳。
「よろしく」
つられて、俺も言った。
全部言って落ち着いたのか、奏は、はー……とため息をついた。
「ったく……なんで完全に無視するんだよ。超悲しかったんだけど」
そして、いつもの口調で始めた。
「そんなの、俺だって同じだっつーの」
「抱きつかれて逃げるとか、お前本当に男か?」
「浴衣で迫るとか、変態か」
目を合わせてお互い微笑む。
奏がツンと一歩俺に近寄って、小声になる。
「……ちなみに。この事は華英さんに指示されたわけじゃないからな。私がそう決めたんだ」
「……じゃあ華英の部屋で何をゴショゴショ話してたんだ」
「いろいろ」
「なんだよ、結局秘密かよ!」
「女の数だけ秘密がある……」
「都合良く変身するな!」
ああ、やっぱり奏と話してるのは楽しい。
「……じゃあ、また明日」
「おう、また明日」
奏は隣の部屋に入っていった。
ドアをしめようと、一歩外に出たら、華英が自分の部屋のドアの隙間から、じーーーっと俺を見ている。
呪怨……。
「寝ろ!!」
俺は叫ぶ。
「……まだ三本しか飲んでないんじゃ」
「太るぞ!」
俺は扉をしめた。
部屋を見ると、いつも全開になっていた、奏と俺の部屋をつなぐアコーディオンカーテンは、しっかりと閉まっている。
新しい関係が始まったのだと、実感した。