君が消えて行く
「奏さんには、この店がおすすめ」
華英が連れてきたのは、シンプルだけど、上品な商品が並ぶ店だった。
「いいじゃん」
俺は思わず言う。
「奏さんはねー、安物が似合わない。まず顔が高貴だから。ケバケバしいのは駄目。安っぽくなる。身長があるでしょ、結論はシンプルだけど、ちょっと年齢高め」
「じゃあハセさんチョイス、間違ってないじゃん」
「あれは値段的にゼロが一つ多いから。高すぎNG。洗濯できない。このお店、殆どが綿100だから」
「いいですね」
奏が頷く。
「で、悪いんだけどさ、私知り合いが、近くまで来てるんだって。映画館で待ち合わせにしてもらっていい?」
「えー……」
俺は思わず呟く。
女性服の店に俺と奏を置いて逃げるなよ!
「わかりました。この店、いいと思います」
奏は頷く。
大丈夫なのか?
「何かお探しですか?」
店員さんが近づいてくる。
ひー……。俺は店員さんと話すのも苦手なんだ。
話したら買わなきゃいけないだろ?
逃げられないだろ?!
「ごめん、あとで!」
華英が消えて行く。
ちくしょう……あいつ秘蔵の冷凍庫に眠る六花亭バターサンド、食ってやる……。
俺のことを無視して、奏は店員さんと話し始める。
「私、あまり女の子らしい服を持っていなくて……」
なんか完全に女子モードオンじゃね?
俺は黙って見守ることにする。
「まあ、綺麗なお顔していらっしゃるのに、勿体ない。どういう服がお好みですか?」
「スカートで、膝丈で……でも、あまりスカート自体には慣れてないんです」
「でしたら、こういった商品はどうですか。ガウチョパンツになります」
「これは……スカートなんですか?」
奏が商品を手に取る。
「とてもワイドな形をした、ズボンになります。裾がフレアになっているので、履くとスカートのように見えて、スカートが苦手な方にオススメします」
なんだろ……あれ、何かに似てるな。
なんだっけ……出てこない。
俺はぼんやり見守った。
「ねえ、了太。これ、どう?」
奏が体に合わせて、こっちを向く。
「え? ああ、いいじゃね、ああ、そうだ、袴みたいで」
思い出した。
弓道の袴にそっくりだ。
奏がむくれる。
あれ、俺、答え、間違えた?
「スカートのがいいです」
「彼氏さんが気に入りませんでしたか」
店員さんが微笑む。
「彼氏が我が儘で。私にスカートはけって言うんです」
「違う違う! 全部違う! 全てが間違ってるぞ!」
俺は思わず叫ぶ。
二人は楽しそうに店内の物色を始めた。
もうなんでもいい……やっぱり帰りたい……。
「首が長くてステキですから、やはりVネックをおすすめします」
「これ、可愛いですね」
「ここが……レースなんですよ」
「あ、透けるんですね、ステキ」
奏は商品を何個も並べて、ファッションショーみたいに楽しそうだ。
奏って、あんなに買い物好きだっけ?
というか、服を一緒に買いに来たのは数えるくらいしかないな。
奏の服は全部事前に準備されてて、それに疑問も感じてなかったみたいだし。
ああ、だから選ぶのは楽しいのかも知れない。
お金は無限にあるわけで、値段も関係ないし。
そう考えると楽しそうに服を選ぶ奏も、可愛く見える。
……可愛く?
こうして見てると、奏は立派な女の子だ。
何枚も服をあてて、鏡をみて。
女……女ねえ……。
「了太。着てみていい?」
「おっけー」
俺はソファーに座ったまま答えた。
奏は試着室に消えた。
よく考えたら、試着する奏を待つなんて、初体験だ。
変な気持ち。
「ご旅行なんですか?」
店員さんが聞く。
「はい、日帰りですけど。高校で最後の旅行なんです」
「じゃあ気合いが入りますね」
「楽しみではありますね」
俺は答えた。
奏とは、何度も旅行に行ってる。
無意味に自転車でかなり遠くまで行ったり、沖縄にある小早川の別荘借りたり。
伊豆の温泉も、奏とハセさんと釣りで泊まったことがあるな……。
なんか、もう戻らない日々のようで、しんみりしてきた。
奏が奏のままでいたら、俺たちは一生友達で、奏が誰かと結婚しても、俺が結婚しても、ずっと会える友達だったのに。
男と女になったら、やっぱり二人で旅行は難しいだろう。
奏がどんどん女の子になっていく。
それは、親友の奏が消えて行くってことだ。
伊豆で二人で入ったドラム缶風呂とか、裸で浜辺で温泉掘ったり、楽しかったなあ。
あれやべ、泣けてくる。
ゲームでもしよ。
俺はスマホを取り出した。
「どう?」
試着室から奏が出てきた。
上は豪華にレースが付いているが、形はシンプルな白シャツ。下は膝丈だけど、裾にむかってフワリと広がる淡いピンク色のスカート。
クルリと回ると、上着の背中は少し素材が違っていて、長め。スカートは膝を隠していた。
「……いいんじゃね?」
奏がとことこ近づいてくる。
「本当に?」
「いや、本当に」
奏が俺をじっと見ている。
「……本当に?」
「本当だって!」
「じゃあ、これください~。あと、もうワンセット欲しいです」
奏はひらひらと試着室に消えた。
……正直、可愛かった。本当に。
可愛くて、女の子っぽくて、俺が知ってる奏が消えて行くようで。
どうして今日はそんなことが、こんなに悲しいんだろう。
ドレスを着た奏には、こんなこと感じなかったのに。