ファッションモンスター
良く晴れた土曜日。
華英と俺と奏の三人で買い物に出掛けた。
姉弟とはいえ、二人で買い物にいくことは、ほぼ無い。
でも奏が居れば、まあ、アリだ。
電車で30分、大きな駅に向かう。
華英は電車の一番後ろに乗った。
「ここのが人が少ないし」
電車の中でひたすらラインしている。
「……やばい、ハセさん、超泣いてるんだけど」
「え?」
俺と奏は同時に華英のスマホを覗き込んだ。
画面には地面に突っ伏して泣くスタンプが押されている。
「ハセさんって、ラインやってるの? 知ってた? 奏」
奏は首をぶんぶん振った。
「最近始めたんだよ。色々聞きたくなるから、二人のIDは聞かないって言ってたけど、あははは、マジ落ち込んでる」
俺はピンときた。
「……奏、今日出掛けること、ハセさんに言った?」
奏は再び首をぶんぶん振った。
「ハセさん、超落ち込んでた。一緒に行きたかったって」
華英はスマホをいじりながら言う。
「ハセさんね……誘っても良かったんだけど……」
奏は背もたれにダラリと体重を乗せた。
「どうにもセンスがね……」
「うーん」
残念ながら、俺も同意する。
ハセさんが、サイズも変わられましたから! と準備した女性の服は、どれもこれも高級すぎるのだ。
「なんつーか、Oggiっぽいんだよね」
家を出る前に持ち込まれた奏の服を見た華英が言う。
「おじー?」
おじいさん専用服?
思わず聞く。
「Oggi。雑誌。ほれこんな感じ」
華英はスマホで雑誌のサイトを見せる。
そこには30代後半裕福そうな女の人が微笑んでる。
「ああ、そんな感じ」
俺は思わず笑ってしまう。
「もしくはVERY」
華英がもう一度スマホを操作して画面を表示する。
そこにはブルガリが似合うママになろう! という文字が見える。
「あーーー、こんな感じ」
思わず膝を叩いて笑う。
要するにハセさんの趣味は、年齢が高すぎるのだ。
ちょいちょい覗き込んでいた奏も、渋い顔だ。
「まあ……ハセさんも70も越えたじーさんだし、これが限界だと思うよ」
「70?!」
俺と華英は同時に奏の方を向く。
「70……越えてるな、きっと。75くらいかな」
「寿命やん」
「高齢者社会舐めんな」
俺は瞬殺で華英に突っ込んだ。
奏は目を閉じて目頭をおさえている。
ハセさんのマネか?!
電車は目的の駅に到着した。
「ここの出口が使いやすいの」
華英はホームの一番後ろにある出口から下りていく。
俺もこの駅には何度も来てるけど、こんなところに出口があるって、知らなかった。
「これ、どこに出るの?」
「え、使ったことない? 自動改札しかない無人の出口だけど、便利なんだなー」
「へー……」
いつも使う駅でも、出掛ける人が違うと、違う駅みたいだ。
華英は出口から出ると、まっすぐにコーヒーショップに入った。
「はー、疲れた」
「おいおいおいおい。まだ電車にしか乗ってないぞ、もう休憩か」
「電車で疲れた。すいません、私、ノンファットミルクノンホイップチョコソースバニラクリームフラペチーノ、ショートで」
俺と奏は固まる。
完全に召喚魔法。
ついに俺たち異世界転生?
「何にする?」
魔女華英がにっこり微笑む。
「オススメで……」
「俺も華英さんにお任せします」
俺たちは怖くて一歩引いた。
「オッケー。了太はコーヒー好きで、甘すぎると駄目……エクストラコーヒーダークモカフラペチーノ、ショートで」
コーヒーって単語しか分からない。
「奏さんは、コーヒーも紅茶もいつも美味しいの飲んでるから……珍しいのね。グリーンエスプレッソフラペチーノ、これもショート」
華英は楽しそうに俺たちの分も注文した。
渡された商品。
俺は見かけ凍ったコーヒーっぽいかんじ?
奏のは、緑茶が凍った感じ?
華英のは、なんかオレオっぽい。
椅子に座って飲んでみる。
「……意外と美味い」
コーヒーのかき氷みたいなものだ。
「なんですか、これ。面白いですね」
奏も呟く。
「ねーねー、ちょっと、スタモくらい入るでしょ? 入らないの? 男子は。女子は週に8回は来るよ?」
一日一回を越えている。
「俺たち、店でお茶なんて飲まないもんな」
「ああ」
奏が頷く。
男ふたりで出掛けてコーヒーショップでお茶なんて、なんか気持ち悪くね?
周りを見渡しても、カップルか女二人で、男二人なんて一組も居ない。
「あ、ごめん、電話だ。ちょっとまってて」
華英が席から立つ。
俺と奏は二人で珍しいコーヒーらしき物と対峙する。
「……うん、でも美味しい」
奏はごくごくと飲んでいる。
俺にはちょっと甘すぎるけど……まあ奏が美味しいならいいや。
「味覚とかさ、変わったりしたの?」
俺は溶けてきたコーヒーを、ストローでつんつんしながら飲む。
「どうかな、分からないな。元々甘い物も好きだし。体が細くなったぶん、胃が小さくなった気はする」
「俺たち、もともと小食だもんな」
「あの人が飲んでるのなんて、食事レベルだよな……」
奏がチラリと奥の席に視線を送る。
その人が飲んでるのは生クリームが入れ物からあふれ出していた。
「おお……大盛りだな」
「あれは飲み物なのか? 食べ物じゃなくて?」
奏は心底不思議そうに呟いた。
「値段聞いたか? これみんな500円以上するぞ。飯の代わりなんじゃね?」
「相場がわからん」
奏はハッキリ言って、緑茶の氷を飲み干した。
「ああ、確かに」
俺もコーヒーの氷を飲み干した。
「で、奏は、どんな服装したいわけ?」
俺は改めて聞く。
「んーー、了太はどういうのが好きなんだ?」
「は? 俺?」
「一番近くにいるサンプルは、お前だろ」
「男ウケしたいの? 元男が」
「サンプルってだけだ」
奏は俺を睨む。
「俺かー……」
好きなタイプ……やっぱり桜井さんかなー。
頭の中に描いてみる。
「スカートなら膝丈……シンプルに紺色とかで? 白いシャツに……明るめの上着? ローファーに黒い鞄……」
「大正時代か」
戻ってきた華英が突っ込む。
「なんだよ、おかしいかよ」
「古い。とにかくセンスが古い。ほらいくよ、現代の買い物じゃ!」
華英は飲み物を一気に飲んで、立ち上がった。
ほんと女子って、買い物好きだよな。
オカンも延々ダラダラとショッピングモール回るし。
俺とオトンは、いつもフードコートで寝てる。
華英も雪菜もショッピングモンスターみたいに袋抱えてくるし。
あいつら体が何個あって、一日何回着替えて、なんど靴変える気だよ。
靴ばっかり買うけど、足はムカデか? 何本もあるのか? 靴はそんなに必要か?
華英はズンズン歩いて行く。