少しだけスカート
家に帰ると、華英が煙に包まれていた。
「あ、おかえり」
「お前、またそれやってんのか」
俺はリビングに鞄を置いて、手を洗う。
「華英さん……それは?」
奏は異様な姿から目が離せない。
「スチームイオン。今日は花金、合戦だから」
「素直に合コンと言え、それに花金、古いわ」
俺は奏に新しいタオルを投げた。
奏も手を洗う。
「お出かけになるんですね」
「今日はイケメン揃いだって言うから、ちょっとスチむっとくわ」
「華英さんは、どんな方が好みなんですか?」
奏は華英の隣の椅子に座った。
「え。福士宗二」
「おい、沼だぞ、話が長くなるぞ」
俺は制服の上着を脱ぎながら突っ込んだ。
競技会で疲れてお腹がすいた。
何かないのか?
今日は競技会で早帰りだったから、オカンはまだパートだし。
そうだ、俺の秘蔵の味しらべ。
お菓子入れを見ると無い。
もしかして……とゴミ箱を見ると、空袋の山。
「福士くんの腰がすごいの。これみて。もう折れちゃいそう」
「お前の鼻っ柱、折ってやろうか~~?」
俺はゴミ箱片手に華英に近づいた。
「何だこの空の山は。お前どれだけ食べたんだ、それにこれは、俺の!!」
「だったら全部に名前かけば?」
「ふざけんな、お前のアポロ全部食ってやる」
「もう残ってないよ」
「くあああ!!」
もうこれからお菓子はすべて自分の部屋に置こう。
それでも安心できない。
華英は勝手に部屋に入ってマンガを強奪する。
マジで金庫が必要だ。
「ハセさんが野菜室にケーキ入れてたよ。競技会でお疲れでしょうって」
「マジで?!」
ハセさん神様だな。
「コーヒーも。あ、私はもう食べたから、お気になさらず」
「俺たちのために持ってきてくれたケーキを、どうしてお前が先に食べるんだよ」
「どのみち食べるんだし、いいじゃん」
スチームから顔も出さずに、華英は言う。
マジで滅びろ姉!!
「リレー、勝った?」
華英も同じ高校を出ているので、知っている。
「勝ちました」
奏は微笑む。
その表情は満足げで、不覚にも可愛いと思う。
なんだろうな、笑い方も男だった時と何も変わらないのに、どうして可愛いと思えるんだろうな。
「マジで。じゃあ温泉じゃん。いいなーー。うちら負けちゃったんだよねー。あれ、雪菜も負けてるから、君たちだけだよー」
確率は四分の一で、運に左右される。
今回も第三走者が、バトンを落とさなかったら、三組の完全勝利だった。
「そこで、華英さん、相談があります」
「へ? 何? スチームとめる?」
「いえ、このままで大丈夫です」
「なんだよ、それ」
人と話すなら止めろよ。
俺はケーキとコーヒーを運ぶ。
「温泉は、私服なんです」
「あ、そうなんだー」
「俺、服は今までの服でいいよとハセさんに言ったのですが、スカート少しくらい、あってもいいかな、と」
「おおおお?!」
スチームの隙間から華英がテカテカした顔を出した。
風雲たけし城。
なんだろう、そんな言葉が浮かんだ。
「ちょっと興味出てきた?」
「制服で慣れましたし、女の子グループと移動することも増えます。頑なに今までと同じ服……ではなくて、少しくらいは、と」
「うんうん、同化する努力を見せるのは、大事だと思うよ」
「似合わないのは、分かってるのですが」
再び華英がスチームから顔を出す。
「そんなことないよ!! 女の子に着ちゃいけない服なんて、ないよ!! 特に10代なんてね」
それだけ言い切って、またスチームの中に戻る。
出たり入ったりするなら、もうスチーム切れよ……。
俺は二人の会話を聞きながらケーキを食べ始めた。
ああ……、相変わらず小早川家のケーキは絶品だ。
疲れた時の甘い物は脳が痺れる。
ハセさんはいつもケーキを野菜室に入れるから、スポンジもキンキンに冷えてないし。
なんかそれって、大事っぽいな。
「週末のいつでもかまわないのですが、一緒に服を買いに行って貰えませんか?」
「いいよー。じゃあ明日、土曜日。見たい映画もあるし、了太も行くでしょ」
「おう」
服を買うのは、全く興味がない。
たまに買うけど、本当にユニクロでいい。
男の服装なんて、誰か気にしてるのか?
清潔感だけあれば、あとは裸じゃなきゃ、大丈夫だろう。
奏が行くなら、行くけど。
「映画は、何?」
俺はコーヒーを飲みながら聞く。
「花火とエッジ」
「あーー……」
福士くんが出てる映画か。
そういえば始まったってCMしてたな。
「なんかクソ映画っぽいから、一緒に行ってよ。あ、原作ね、読んどいて」
華英は机の下から、マンガ本を出した。
「ほう。幼なじみですか?」
奏が言う。
お前、まだそれにこだわってるの?
「普通の高校生恋愛物だよ。片思いで、片思いで、片思い!」
「いいですね」
クソ映画っぽいから付き合わされるのか。
まあ、逆の立場だったら……奏を誘うかな。
「では、土曜日に」
「いいよーー」
華英はスチームをつけたままマッサージを開始した。
俺たちはケーキとコーヒーを持って、自室に行くことにした。
二人とも着替えて、俺の部屋でケーキを食べ始める。
「ああー、疲れた体に甘さがいいな」
「たまんないな」
二人でケーキを食べる。
奏はケーキを四つくらいに分割して、一気に食べる。
その勢いが面白い。
今日も一気に食べる。
それは、女になっても変わらない。
俺はひとつずつ変わって無い奏をかき集めて、安心したいのかも知れない。
いや、減っていく欠片を見つけて、自分を納得させたいのかも。
「そういえば奏さあ……お前、どうやって衛藤さん落としたんだよ」
奏は最後のケーキを口に入れて、ん? という顔をする。
「黒歴史! とまで宣言されたのにさあ、今日仲良さげだったじゃん」
「ああ」
奏はケーキを飲み込んで言う。
「秘密を共有したんだ」
「秘密?」
奏はコーヒーを注いで飲み始めた。
「女って、自分だけに知らされた秘密とか、絶対言わないでね、とか、好きなんだよ。まあ特別にしてほしいんだろ」
「秘密って、なんだよ」
聞く俺に、奏はにんまりと笑う。
「秘密なんだから、了太にも言えないよ」
「なんだよーー。気になるじゃねーーか」
「秘密にしとかないと壊れるから、秘密なんだ」
「なんだよーー」
なんとか口を割らせたいが、こういう時、奏は絶対言わない。
奏は意外と秘密主義者なんだ。
俺は基本的に筒抜けなんだけど、奏は言わないことも多い。
俺は正直、奏は童貞じゃないと思う。
聞けないけど。
中学の時に家庭教師がきて、その人と何かあったっぽいんだけど……俺には教えないんだよなーー。
俺?
ぴっちぴちのピュアボーイだ。
かかってこいよ!
あれ、でも待てよ。
性転換したら、そういう経験はフラットになるのか?
……いや、俺、変なこと考えてるわ。
部屋着に着替えた奏。
その部屋着は前からウチで着ていたもので、何の違和感もない。
俺のベッドに転がって、さっき華英から渡されたマンガを読み始めた。
こんな日常、十年以上続いてる。
女って、言われてもなあ……。
俺もソファーに転がる。
一気に疲れが襲ってくる。
「疲れたなー……」
「お前、走ってないじゃん」
「へえへえ、温泉に行けるのも奏さまのおかげです」
「もっと崇めろ」
「イモータンジョーー!!」
「辞めろ、三組ヤバかった」
奏はマンガを置いて頭を抱える。
「あれ、グラウンドで見たら、かなりキテたんじゃねー?」
「もう爆笑だよ、三組アホだろ」
「全員キメキメだったぞ」
「Blu-ray見るか」
俺は我慢できなくなって、最近買ったBlu-rayを取るために立ち上がる。
その時、服をツンと引っ張られた。
「なんだよ」
「……俺、頑張ったから、温泉の約束、守れよ」
奏が俺をじっとみて呟く。
「V8! V8!」
俺はポーズで、とりあえず誤魔化してみる。
奏は俺を掴んだまま、離さない。
誤魔化せない……ですね。
「……分かったよ」
「よしっ!」
奏がにぱっと笑う。
あーー、人生初の混浴が奏か。
ああー……。