親友の君と、女の子の君
俺は最近竹中に完全になつかれて、奏が居ないときは、たまに話すようになった。
「了太くんは、踏み込んでこないから、小早川さんも楽なんだね」
走り高跳びの列に並びながら、竹中は言う。
「踏み込む? あまり興味がないってことですかね」
俺は人に、あれはどうなの? これはどうなの? と突っ込んでいくタイプではない。
姉が二人、常に突っ込んでくるので、俺は常に受け身だ。
ほっといたら丸一日、一言も話さない日もある。
最近は奏がいるから、それもないけど。
昔から孤独を感じたことなくて、むしろ孤独を愛している。
一人のが気楽なのだ。
きっとうるさい家族の囲まれてるからだけど。
「パーティーにいましたよね、あの黒とピンクのドレス着て、マスカラの涙流してた」
「ああ、あの子、可愛かったね」
俺はグリンと首を回して竹中を見た。
あの状態の華英をみて、可愛いだと?
レジェンド妖怪レベルだったぞ?
女の子の話になると、全て可愛いで返せる竹中は、どんな世界でも渡っていけると俺は確信する。
最後は歌舞伎町でも生きていける。
「あの子が、俺の姉で、強烈なんですよ。だからかな」
「どこの世界も姉は強烈だね。気弱な姉がいたら、恋に落ちたい」
俺は無言で竹中を見る。
別に気弱じゃなくても、恋したいんだろ、この人。
「こんど紹介してよ、お姉さん」
「死ねよ、ゲス」
思わず言う。
「小早川さんみたい」
竹中は嬉しそうに笑った。
ついでにドMか。
奏はいつも蹴ってるけど、この人、喜んでるんじゃないかな。
女子の方を見ていると、奏の順番だった。
走りこんで、踏み込んで、背面跳び。
体が軽くなったからか、鮮やかに決める。
もうかなりバーが高くなっていて、残ってるのは衛藤さんと奏だけだ。
列に戻った奏は衛藤さんにピースサインした。
衛藤さんも、にっこり微笑む。
クラスの男子がざわめく。
「……なんだあれ」
「いつの間に小早川、女子に馴染んだんだ?」
「衛藤おとしたら、もう時間の問題だろ」
「小早川と衛藤が組んだら……俺たち全員やられる……」
やられるって、何だ?
衛藤はクラス委員だし、ウチのクラスの女子をまとめている。
確かに、女子全体の空気も軽くなっているような……?
「何か作戦でもあったの?」
前に座ってた匠が俺の方を見る。
「いや……全く」
俺と温泉に入りたいから、全力出してるんだって。
……死んでも言えない。
次は100mだ。
これでリレーの選手が決まる。
「女子は、ほぼ決まりでしょ」
竹中が言う。
女子はさっき走り終えたが、ダントツで衛藤さんと奏だ。
二人はリレーに備えて、一緒に柔軟体操まで始めている。
他のクラスを見ていると、三年一組は桜井さんが出てきそうだ。
なにしろ桜井さんは走り方が綺麗だ。
膝から下の使い方が上手なんだよな、一歩が大きいというか。
三年三組の情報クラスが、一番厄介で、陸上部、短距離で有名な林原光樹がいる。
全国大会の常連で、大学も推薦でいくエリートだ。
林原一人で、二人くらい抜けそう。
順番が回ってくる。
俺は竹中と一緒にレーンに入る。
「さて。本気出しますよ」
竹中が呟く。
金持ちは本気出しますよ……的なセリフが好きなのか?
「よーい……」パンッ
音と共に走り出す。
横の竹中がグングン伸びて消えて行く。
マジで速い!!
あいつ、練習のとき、アレでも手を抜いてたのか?!
俺は急ごうとすればするほど……足が絡まるーー。
ひぎーー、転ぶーー。
後ろから数えた方が早いほどの順位でゴールする。
「タイム、どう?」
竹中はタイム係の所に行く。
「11.21」
タイム係は答える。
「いいね」
竹中は微笑んだ。
「11.21~~~?」
俺はグラウンド内に息を切らして転がった。
11.21って、かなり速くないか?
たしか男だった奏が出した記録が11.9とかだったはず。
「俺、走るの好きで、専門の先生に習ってたからね」
竹中は当然のように言い切った。
金持ち……金を有効利用する……。
貧民、金も体力もなくて、転がる……。
「キャーー、竹中くーん」
横を通る女の子たちが、手をふる。
「莉子ちゃんに、優子ちゃん、またね」
「もう名前覚えてくれたの?」
「可愛い子から順番に覚えるんだ」
キャーーー!
二人はひらひらと消えて行く。
「……由貴子さんに連絡しとくわ」
さすがの俺は呟いた。
「殺されそうだから、やめて?」
でも俺には分かるんだ。
竹中は、パーティーで由貴子さんに向けていた笑顔が一番自然だった。
そうやって恋をしたのは、間違いなかったはず。
「由貴子さんは、お前がここにいること、知ってるの?」
「知らないよ。清永の人間も、誰も知らないと思う」
「バレたら……怒らないの?」
「どうかな。さすがに近寄って来られないレベルの事を、したつもりだけど」
パターンと倒れる由貴子さんを思い出す。
……まあな。
生半可に可能性を残すより、優しいのかも知れない。
「奏の近くにいることがバレたら、ヤバいかもよ」
俺は面白半分で言う。
「仕方ないよ、小早川さんは魅力的だ。君はその魅力を見ないようにしてるみたいだけど」
ストレッチをしている奏と衛藤さんが見える。
それを取り囲むように、男の集団がいる。
みんな二人を見ている。
「友達としては、本当に魅力的ですよ」
俺は奏と過す時間は、本当に大好きだ。
「ふーん。小早川さん、可哀想」
「何が」
「別に」
100mの結果が発表された。
選手は、男は竹中朝陽、川村一馬。女子は衛藤日菜子と小早川奏だ。