溢れる想い
「ぐあああ……やっと脱げた……」
俺はタキシードを脱がしてもらい、控え室のソファーに転がった。
パーティーは竹中朝陽の衝撃発言と、由貴子さんが倒れたことにより、強制的に終了。
俺たちも開放された。
ソファーでごろごろしてると、着替えを終えた奏が、ノックもなしにドアをあけて俺の控え室に入ってきた。
「ういー……おつかれーー」
俺はごろごろしながら言った。
「おつ……」
奏はポツリと言って、隣のソファーにトスンと座った。
竹中さんの衝撃発言以降、奏は抜け殻のようにボンヤリしている。
まあ仕方ない、当たり前のことだ。
しかし俺も限界だ、つっこませてもらう。
「……竹中さんって、元々ホモなのか?」
人形の首がグリンと回るような勢いで、奏がこっちを見た。
俺は慌てて続ける。
「いや、だって、由貴子さんより性転換したお前のがいいって……ホモじゃん?」
「俺は今、女だろ」
奏は言い切った。
入れ物はそうだけど、昨日今日で、そうだ! 女の人ですね、プロポーズだ、ゼクシーだ! ってなるか?
やっぱり最初から奏のことを好きだったとか、やっぱホモ……。
ドアがバターンと開いて、華英が入ってきた。
「竹中さん、ホモか」
……だよな。言いたくなるよな。
「俺は女だっつーーの」
奏は吐き捨てるように、確認するように言った。
「じゃあ、お前、竹中さんと結婚できるの?」
俺は聞いた。
「何言ってるんだ、気持ち悪い、男と結婚なんか出来るか」
奏は即答した。
「女じゃねーじゃん」
「うるせーー」
奏はソファーにゴロンと横になった。
「やっぱりホモ……竹中さんはイケメンホモ……勿体ない……世界の損失だわ……」
華英はブツブツと呟きながら、部屋の中をぐるぐる歩き出した。
「由貴子さま、大丈夫かな……」
それは俺も心配だ。
やっと訪れたチャンスに頭をハエ叩きで殴って、たたき落とされたレベルの屈辱だろう。
竹中も竹中だ。
あんなみんなが居る前で言う必要があったのか?
「了太は昔、竹中に会ったことがあるよ」
ソファーに転がったままの奏が言う。
「え、いつよ?」
「川で遊んだよ」
「あいつか! 川の水って汚いね君か」
「何だ、そのネーミング」
奏がブハッと笑う。
その笑い声だけで、一瞬安心した。
俺は続けていう。
「日陰でずっと座ってて、誘ったら、確かそうやって言っただろ?」
「竹中はさ、小児喘息が酷くて、体が弱かったんだよ。初等部も半分はいけてない」
「へー……」
「長期療養で、何度も俺の家に来てたから、由貴子とも仲が良かったわけで」
で、あのラブラブオーラか。
「川に入らなかったのは、親に全てをとめられてたからだ。静かにしてろ、何もするな、ただ体を元気にすることだけを考えろ」
奏はソファーから体を起こした。
「竹中の両親は強烈で、それにアイツが逆らうなんて、信じられないなー……」
奏は両手の指を髪の毛の中に入れて、頭をガシガシと揉んだ。
テスト期間にもよく見る、奏が考え事をするときにする行動だ。
「おかしいんだ、あんな人前で言うことじゃない。何か考えがあって、あんなことを……? 全然わかんねー……」
コンコンをドアをノックする音がした。
「奏さま、了太さん、華英さん、ハセです。入ってもよろしいでしょうか」
俺は立ち上がって、奏の横に座った。
奏がチラリと顔を上げる。
「入れていいの?」
奏はグラリと俺のほうに体重を寄せて、目を伏せた。
俺の体にのし掛かる体重は、以前よりやはり軽い。
そして細い。
「もうちょっと待って」
奏は小さな声で言った。
「あい」
俺は答えた。
まだハセさんに会えるような心理状態ないように感じた。
俺は華英に向かって、指先でドア外を指さして、指でバッテンを作った。
「おっけ」
華英はドアの外にいるハセさんに伝えに行った。
俺と奏はそのままソファーの背もたれにずるずると沈み込み、瞳を閉じた。
一度、眠りたかった。
もう本当に限界まで疲れた。
知らない天井。
アゴ下には、ふわふわした毛布。
横には、寝息を立てている奏。
頭を動かして外を見ると、もう夕方だ。
「おい、奏おきろ」
俺にしがみついて寝ている奏を揺すって起こした。
「……イヤだ」
「起きてんじゃねーか、ほら、離れろ」
「イヤだ、まだ俺は寝ている」
「もう、一回家に帰ろうぜ」
「イヤだ」
「なんだよ、どうしたんだよ」
時は夕方、庭にある桜の木の影が部屋の中に伸びている。
「イヤだ、イヤだ、イヤだ、結婚なんてイヤだ」
奏は俺にしがみついたまま、何度も言った。
窓の外からザアア……と風の音が聞こえる。
俺は奏の頭をトントン撫でた。
「自分で言えよ、拒否権が全くないわけじゃないだろ」
「ここで断っても、ずっとずっと、こうやって男に結婚してくれって言われる日々が続くのか? 気持ち悪い」
「いやー、やっぱり竹中さんはホモなんじゃね? なかなか居ないだろ……」
性転換した元男に、プロポーズする男って。
「了太……俺……」
奏が顔を上げる。
夕日で照らされて影が落ちた奏の表情は、驚くほど女らしく、俺は一瞬見とれる。
「……何?」
「俺……」
奏は俺にしがみつく。
奏の細い腕が俺のお腹にめりこむ。
「何だよ」
「俺……」
「ん?」
「…………何でも無い……」
奏は俺の腹に顔をグリグリ埋めた。
「ぎゃはは、くすぐったいな、なんだよ!」
「何でもない……」
「とりあえず、帰ろうぜ、家に」
「うん……」
俺たちはソファーから立ち上がった。
きっとハセさんはドアの外で待ってる。
そういう人だ。
「ハセさーん、起きたよーー」
俺は声をかけた。
「入ってもよろしいでしょうか」
すぐに返答がある。
ずっとずっと待ってたんだろうな。
ハセさんはそういう人だ。