格好いいのに変態
由貴子さまは、歩き方も美しい。
左右、前後の人に挨拶しながら、ふわふわと移動する。
本当に蝶のようだ。
「いやー……由貴子さん、ハンパないな……」
俺は呟く。
「頭身……頭身がおかしいよ、だってあの顔のサイズで、1.2.3.4.5.6.7.8……バービーやー」
華英が小さな声でブツブツ騒ぐ。
「お前、うるさいよ」
俺は思わず肘鉄する。
「だって、はわわわ……近づいてくる、蝶が、近づいてくる……!」
由貴子さんは左右に挨拶しながら、俺たちの方に歩いてきた。
目の前で見ると圧倒的な存在感。
まつげは顔に影を落とすほど長く、クルクルに巻かれた髪の毛は、正真正銘のお姫様。
薄ピンクの唇に、真っ白な肌。
それに桜のようなドレスで、お姫様の役満感すごい!
由貴子さんは奏の前に立った。
真っ直ぐにドレス姿の奏を見る。
「奏、すごく綺麗ね」
「ありがと、姉ちゃんも綺麗だよ」
「いつものことでしょ?」
由貴子さんは眉毛をあげて、微笑んだ。
またその表情が、いかにもお嬢様で、俺は感動さえ覚えていた。
「へーへー」
奏は俺の前にいるような砕けた表情で言った。
お。
由貴子さんと奏は、普通に話せてるんだな。
なんだか安心した。
姉弟から姉妹になってしまった二人。
でも二人とも美しいから、もういいじゃん? なんて思っちゃう俺は、まあ所詮他人なわけで。
そこに小早川の父親が、男性を二人連れてやってきた。
竹中朝陽と、藤間京介だ。
「朝陽さん」
由貴子さんから、マンガで見るようなオーラが出した。
すごい、オーラって目に見えるんだな。
ピンク色……完全に恋する乙女です。
うっとりとした表情で、顔中に好きだと書いてある。
しかし、美人が朗らかに微笑むと、こんなに可愛いんだな。
竹中朝陽もサラサラな髪の毛と、彫りの深い顔で王子様風、由貴子さんはティアラ乗せたお姫様。
はい、エンディング流してくださいー。
俺の心の中で映画は終了した。
「お久しぶりです、由貴子さま」
竹中朝陽は一歩前に出て、由貴子さんの手を取って、小さく会釈した。
おお、かっこいい。
俺があれをやったら、足がもつれそうだ。
由貴子さんは手を乗せたまま、話す。
「本当に。竹中さんは、何度呼んでも来て下さらないから」
「学校や会社に顔出してて、忙しかったから、ごめんね」
「いいです、今日来てくださったから」
見つめ合う二人に、もう何も入らないといった雰囲気。
エンディングテロップの後に流れるエピローグ状態だ。
横をチラリと見たら、華英が三本目のシャンパンを飲んでいる。
おいこら、飲むなって!
「だって……もう映画終わったし……」
今日はお前と俺は姉弟だって、実感することばかりだ。
藤間京介も一歩前に出て、由貴子さんの手をとって会釈した。
「お久しぶりです、由貴子さま」
「藤間さま。今日のパーティー、楽しんでくださいね」
由貴子さんは、にっこり微笑んだ。
はい、モブ決定。
ここまで分かりやすくていいのか、由貴子さん。
由貴子さんは、すっと竹中に近寄っていく。
それを、すっと竹中は制した。
そして他の人と談笑していた小早川の父親に声をかけた。
「小早川さま。お話があります」
竹中朝陽が、小早川の父親の前に立った。
由貴子さまから、花のようなオーラが見える。
うおおお……俺はひょっとして、今日すごいものが見られるんじゃないか?
見てる俺たちも固唾をのんで見守った。
「例のお話、お引き受けします」
「おお、引き受けてくれるかね!」
「ぜひ、婚約させてください」
キターーーー。
俺は目を見開いて、横目で華英を見た。
華英の目から流れ落ちる、マスカラの滝。
お前全部落ちてるぞ!!
ちょっとラメが入ってるから、顔中がギラギラして、しかも黒いぞ!
奏を見ると、安心した表情で微笑んでいる。
そうだよなあ、あんなイケメンで御曹司と、お姉ちゃんが結婚してくれたら、安心だよなあ。
由貴子さんは期待に満ちた表情で立っている。
竹中朝陽は言った。
「婚約させてください、奏さんと」
奏さんと?
知ってるか?
時って、本当に止まるんだぜ?
人間って、マンガみたいにふぁああ……ってドレス姿で倒れるんだぜ。ティアラは落ちなかったけど。
目がパンダになってた華英は、口からシャンパンも漏れ出して、レジェンド妖怪みたいになってたんだぜ?
奏は竹中朝陽を睨んだまま動かなくて、俺は「あの人、格好いいのに変態なんだな」と思ってたけど。