奏が倒れた?
コンサート当日は雨だった。
俺は待ち合わせの駅までゆっくり歩いた。
雨の日は嫌いじゃない。
特に桜がまだある雨の日は。
アスファルトを桜の花びらが流れていって、それを見ながら歩くのが好きだった。
俺はこの日の為に新しい服を買った。
席は一階のかなり前の方で、ひょっとしたら西川美和湖の視界に入るかも知れない。
「うひひ……」
俺はにまにましながら歩いた。
奏もかなり気合いが入っているらしく、昨日は一番お気に入りの美容師を呼びつけたと言ってた。
美容師って、呼びつけるもんなの?
俺はラインで聞いた。
え? 来るでしょ。
奏は切り終えた顔を写メって俺に送ってきた。
そこには相変わらず悪趣味な豪邸でニッカリ微笑む奏が、バリバリにきめた髪型で微笑んでいた。
どこの王子様だよ。
ていうか、美容師は家に来ないだろ。
俺はこのクソ金持ちが!! と書き、団子をムシャムシャ食べてる豚の絵を送った。意味はない。
奏の家には、美容師も病院も服屋も家電屋も全部来る。
どんだけ金持ちなんだよ。
「来年から東京だ」
呟く奏の言葉を思い出す。
金持ちゆえの宿命も、奏はきっと受け入れている。
俺はそんな所は凄いと思っている。
だからずっと友達で。
ずっとずっと一緒だったけど、今年一年でお終いだ。
冷たい傘の枝を掌で握った。
待ち合わせは駅だ。
俺は傘を畳んで待つ。
奏は間違いなく車で来る。ハセさんが運転するでかい黒い車だ。
学校は自転車で通っているが(俺と行くのが好きだからという理由らしい)
基本的には車移動だ。
金持ち扱いされるのがイヤとか言いながら、黒塗りの車で横付けしてたら……なあ?
冷たいベンチに座って、スマホをいじる。
地方都市なので、それなりに電車の本数はあるが、俺も奏もゆっくり座れる各駅停車が好きだった。
ゆっくりスマホいじりながら、ぼんやり電車に乗るのが好きで、少し早めの時間設定。
俺はボンヤリと雨を見ていた。
春の雨、まさに花散らし。
でも汚くなる前に散ってしまったほうが、きっといい。
それが出来るから桜はいい。
スマホを確認する。
遅い。
奏は時間に遅刻しない。
なぜならハセさんが車に乗せてくるからだ。
準備は車の中でするから、とりあえず乗せられる。
事実上、放り込まれる。
将来財閥で社長をやる奏に、遅刻は許されない。
ラインを送る。
まだですかああ?
こんなライン、よく考えたら初めて送る。
奏は遅刻しない。
俺の心臓がチクリと痛む。
いや、考えすぎだろう。
むしろ高齢のハセさんを心配すべきだ。
ハセさんはいつ見ても初老だけど、もうきっと初老は越えている。
待ってみたが、いつまでたっても奏は来ない。
しびれを切らして電話してみた。
ラインやソーシャルネットワークを使うのが当たり前で、最近は電話を全くしない。
でももう、次の快速に乗らないと間に合わない。
コール音が響いて、そのまま留守番電話に切り替わる。
どうなってるんだ?
家までいく?
いや、家にはお手伝いが沢山いるだろう。
とにかくコンサートに行こう。
俺は来た電車に飛び乗った。
会場に向かう。
雨の四月の車内はすこし蒸していて、やっぱり各駅停車がよかったなあ、と思う。
ひょっとしたら、会場の前に奏がいるんじゃ? と軽く期待して会場に早足で向かうが、居ない。
開始ぎりぎりまで入り口で待ってみる。
俺の横をたくさんの客が入って行く。
俺と奏も、ああなるはずだったのに。
バリっと決めた奏を思い出す。
あんなに楽しみにしてたのに、どうしたんだよ。
「もう始まりますよ?」
入り口の係員の声をかけられて、俺は会場に入った。
たくさんのファンと、舞台。
この感動を奏と分かち合いたかったのに。
席にいくと、当然隣には誰もいない。
奏、どうしたんだよ……。
コンサートは最高だった。
最初の曲が俺たちの大好きな【あの雲の向こうに】。
川辺で歌っていた奏のことを思い出して、心が痛む。
せっかく西川美和湖の歌を聴いているのに、奏の歌声を思い出すなんて、どうかしている。
一緒に覚えたふりも一人ではやる気にならなくて、俺は静かにコンサートを見た。
コンサートが終わって、俺は会場を出た。
真っ先にスマホの電源を入れてラインを確認する。
するとそこにはハセさんからのメッセージが書かれていた。
奏さんに、どうしても連絡してほしいとお願いされまして、このメッセージを書き込んでいます。
奏さんが倒れました。
南共済大学病院におりますので、連絡ください。
出口から人が溢れる会場で、俺はメッセージを見たまま、動けなかった。
奏が倒れた?
病院は自宅よりコンサート会場のほうが近かった。
俺は地図を見ながら歩く。
雨は強くなりはじめていて、雨粒が傘を叩く。
ハセさんにラインを送る。
もうすぐ着きます。
倒れた?
でも大丈夫なんだろ?
だって、昨日髪の毛切ったって、自慢げだったじゃないか。
元気だったじゃないか。
何があったんだよ!
病院の入り口にはハセさんが立っていて、俺は誘導で部屋に向かった。
「奏は大丈夫なんですか? どうしたんですか?」
早足で歩きながら俺は聞く。
ハセさんは小さく何度も首をふるだけで、何も言わない。
俺が手に持っているコンサートのパンフレットがガサガサと大きな音を立てる。
「ハセさん!!」
長谷川さんは言いにくそうに、口を開いた。
「とにかく、大丈夫ですから、奏さんに会ってください、ずっと了太さんを待ってました」
なんなんだ!!