ドレスと奏と婚約者と
土曜日。
パーティー当日になってしまった。
俺は朝から何度も熱をはかり、発熱しないかなー、お腹痛くならないかなー、とゴロゴロしてみるが、至って健康。
ああ、本当に行かなきゃならないのか。
俺の貴重な土曜日をコスプレパーティーに使うなんて、悲しすぎる。
パーティー自体は15時開始ですが、準備があるので皆様11時にお迎えに上がります。
前日にハセさんが言った通り、家の前に車が迎えにきた。
「徒歩5分じゃね?」
俺は言ったが
「人の親切無駄にするな!!」
と華英に押し込まれた。
奏は朝から言葉数が少ない。
オカンは部屋着のまま玄関で見送った。
毛皮のコート着て出るのかと思ったら、土曜サスペンス劇場に下村純一郎が出るからと断っていた。
友達と実況しながら見たいらしい。
実況て。
スマホに完全になれたな、オカンは。
テレビ見ながらダラダラ。
あー……うらやましい。
俺は全く気が付かなかったが、俺たちが学校に行ってる間に、俺たちの家から小早川家の裏口まで道が整備されていた。
よく見ると、日々花が増えていったり、整備されている。
着実に取り込まれてるな。
もう壁の中だし諦めるしかない。
ここで異物なのは、築20年以上の我が家の方だ。
「了太」
奏が重い口を開いた。
「あん?」
「俺、今からモードお嬢様入るから」
俺はフッと鼻で笑ってしまった。
「やれるならいつもやれよ」
いつもなら文句を続ける奏は、静かに瞳を閉じた。
マジで大丈夫か?
裏口から小早川の家に入る。
「おはようございます、奏さま」
メイドさん10人ほどが一気に頭を下げる。
裏口なのに、うちの玄関の10倍くらい広い。
もちろん俺の部屋より広い。
それにとにかく無駄に白い!
小早川家は、基本的に白い!
目がチカチカするーー。
「すてき……やっぱり小早川家はすごい……」
華英は完全に乙女モード。
「おはようございます。みんな、久しぶりだね。今日はよろしく頼みます」
誰だよ?! てくらいまともな話し方をする奏に、びっくり仰天。
お前、そんなにちゃんと話せるなら、モードお嬢様で学校行ってくれ。
「華英様はこちらでございます」
「了太、あとでね」
うふふふ……うふふふ……げへへ…笑い声と共に華英が消えて行く。
あっちはお嬢様じゃなくて、ただのホラーじゃねーか。
「奏さまも、専用のお部屋を準備しています」
「わかった」
ハセさんに連れられて、奏は歩きだした。
えーー、奏いっちゃうのーー? それにハセさんもーー。
子犬のような目をしたからだろう、奏は俺の近くにスッと来て
「適当に着替えてくる。すぐに行くから」
とささやいた。
そうだよな、奏は女の子になったんだから、俺と一緒に着替えじゃないよな。
「了太さま、こちらへ」
「はい」
メイドさんに連れられて、俺は歩き出す。
俺はふかふかして埋もれそうな真っ赤な絨毯の上を歩き、二階へ上がった。
階段もふかふか。
足が埋まるんだけど!
通された部屋には数十着のタキシードが置かれていて、スタイリストさんも、美容師さんも居た。
「よろしくお願いします」
スタイリストさんは和やかに微笑んだ。
「よろしくお願いします」
「希望はありますか?」
「全くありません」
即答だ。
「こちらで選んでよろしいですか」
「完全にお任せします。あ、赤とか青とか、原色だけNGで! 地味に、普通に」
「はい、分かりました」
スタイリストさんが服を選んできて、俺にあてる。
普通のタキシードに見えるが、生地が全然ちがうのが素人目にも分かる。
もうどーとでもしてくれ……。
何を聞かれても「普通に!」と連呼した結果、本当にシンプルなタキシード男が完成した。
これならぼんやり立っていても大丈夫そうだ。
「ありがとうございました」
俺はお礼を言った。
美容師さんが片付け始める頃、ドアの外からハセさんの声がした。
「了太さん、奏さまをお連れしました。入室してもよろしいでしょうか」
「はい、大丈夫です」
俺は椅子から立った。
ドアが開き、そこに立っていたのは、紛れもなく女性、それもかなり高雅で美しく、あまり化粧をしていないように見えるのに、真っ赤な口紅にハッとする。
緑色のドレスはロングで、首元はハイネックのようになっていた、首から下にストンと布が落ちている。
要するに肩が見えている状態なのだが、それがまた美しい。
でも顔は、奏だ。
「……すげえキレイだな」
俺は思わず呟いた。
「私もそう思う」
話し方もちゃんとしてる!
やっぱ家でも女の服装させるか。
……いや、落ち着かないな。
奏の髪型は、もともと長めのショートカットで、そのまま性転換。
だから女性で言うと短めのショートカットなのだが、耳の上に白い花が挿してあって、それがまた顔を華やかに見せている。
「いや、うん、ここまでくると、別人だわ」
「奏ではなくて?」
奏は窓際のソファに座った。
逆光で顔に影が落ちると、尚美人度が上がる。
「奏に似た、美人さん、が正解の感覚かな」
「それだけで嬉しい。ありがとう了太」
小さく微笑んで顔をあげた表情に、見とれなかったかと問われれば嘘になる。
「じゃじゃじゃじゃーーん、どう?」
部屋に入ってきた華英は、ピンクのふわふわが重なったスカートに、黒い生地が見え隠れするドレスで現れた。
髪の毛は高い場所に結ばれていて、付け毛か? かなりロングになっている。
「……華英は、華英だな」
俺はなんだか安心していた。
着飾っても、猿は猿。
「華英さん、とてもお綺麗です」
奏はソファに座ったまま、華英に話しかけた。
ソファに座っていたのが奏だと、華英は思ってなかったらしい。
目をぱちぱちさせて、トタタタと近づいてきて、まじまじと奏を見た。
「……奏、さん?」
「今日はよろしくお願いします、華英さん」
心なしか、声も違う。
モードお嬢様、マジですごいな。
「奏さま……よろしくお願いいたしますでございまする……」
華英、何か色々混ざってるぞ。
俺たちは運ばれてきた昼食を軽く食べながら、二階からパーティーが行われる庭を見ていた。
今日パーティーが行われる庭は、通称【春の庭】らしい。
その名の通り、大きな桜の木があり、色とりどりの花が庭を飾っている。
チューリップってあんなに色んな種類があるんだな。
赤、白、黄色~だけじゃ、無いな、うん。
バラって、あんなに見事に咲くんだなー。
俺は一口サイズにされたパンを食べながら思う。
「あー、ちょっと、お嬢様解除」
奏はいつもの表情になって、パンを口に入れた。
もぐもぐ食べる顔。
それになると、いつもの奏だ。
「お嬢様って解除できるものなの?」
華英はコーヒーを飲みながら言った。
「出来るよ、慣れれば。楽だよ」
「学校でもやれよ」
俺は奏を睨んだ。
いつもの表情だと、奏だ。
ちょっと美しいだけで。
「やらないよ~~、疲れるし」
奏は手をひらひらさせた。
まあ、わからんこともない。
奏は窓の外に視線を落とした。
「竹中朝陽がいるな」
「知り合い?」
華英も窓の外を見る。
「竹中財閥の御曹司。俺が思うに、由貴子の婚約者候補者」
「ふええええ?!」
華英はギュンと振り向いて、奏を見た。
「由貴子さま、もう婚約するの?」
「もう……って、22才だから、この世界じゃ遅いくらいだよ」
「やばい……私のタイムリミットまであと2年しかない」
「いつからお前は財閥の娘になったんだ」
この三人で居ると、ある意味いつでも我が家だな。
だから奏は華英も呼んだのかも知れない。
「小早川家は特殊で、18才まで好きにさせてもらえる財閥の子供達なんて、他に居ないよ。みんな東京の超お金持ち学校に入れられる」
「あの人もそうなんだ」
華英は窓の外をじっと見ている。
「その筆頭だと思うよ、竹中朝陽は。幼稚舎からお金持ち学校で、そのまま大学、留学して、社長って感じかな」
「はー……顔もかっこいいねえ……」
たしかに竹中朝陽は、派手な顔をしている。
彫りの深い顔に、真っ黒な髪、身長も高そうだ。
「小早川に無いのは製薬系だから、由貴子が結婚するなら、竹中か、藤間。どっちだと思う」
「結婚相手が決まってるなんて、お嬢様も大変だねえ……」
「これがね。願ったり叶ったりだと思うんだ」
奏はソファに座った。
「由貴子は前から竹中を好きだったんだけど、竹中は第二継承者の由貴子に見向きもしなかった。でも俺が女になって、由貴子は第一継承者に」
「あら。もれなく竹中さんがコロリンチョ?」
「なんだそりゃ!」
俺は我慢できずに笑った。
「そう、コロリンチョ。それに竹中朝陽は次男なんだ。だから、うちと結婚したら、小早川を手中に収めることができる」
「どんぐりころころねーー」
「あははは!!」
奏が声をあげて笑う。
俺も脳内に、あのイケメンがどんぐりになって坂をコロコロ転がって、その先に由貴子さんが網持ちで待ってる絵が浮かんで、我慢ができない。
「やめろ、ほんと、お前、これからあの人に会うんだぞ」
「モードお嬢様!!」
「俺は使えないから!!」
「ほら、藤間京介も来てる。今日は本格的に由貴子の婚約者を選ぶつもりだな」
奏は外をみたまま言う。
桜の木の下にいた竹中朝陽の横に、もうひとり男が居る。
「あの人も財閥系?」
「藤間製薬会社の御曹司。藤間は特許で強いんだよ、親父が一番興味がある分野の特許をかなりもってる。竹中に比べれば弱いけど、藤間もあるな」
藤間京介と奏がよんだ男は、髪の毛が長く、それを後ろで結んでいた。
「侍みたい」
「実際、俺も藤間侍と呼んでいた」
「知り合い?」
「二人ともな。同い年だぜ」
「え?!」
俺は思わず奏の顔を見た。
「18才」
「もっともっと年上に見えるなーー……」
俺は窓にくっついて二人を見た。
「子供の頃から大人扱いされて育つんだ、おかしくなって当然だ。まあ、実際変なやつらだよ」
「性転換したお前ほど、変な人はいないだろ」
「やべえ、トップ取った?」
「取った、取った」
二人で窓に顔をくっつけて外をみる。
奏の髪の毛からフワリと花の香りがする。
「……百合?」
俺はその花にチョンと触れた。
「おう、生花だぜ」
「似合ってる」
「……ありがとう」
奏は微笑んだ。
真っ赤な口紅が艶やかに光って、奏を女性だと知らせる。
俺はなんとなく目をそらした。
「……俺が性転換しなかったら、高校卒業と同時にこんなパーティー開かれて、婚約者決定だったんだろうな」
「まあ、その点だけは、良かったじゃん?」
「諦めてたし、それに疑問も文句も無かったけど、やっぱりイヤだったんだな、俺」
「そっか」
「その点、由貴子は、頂点思考だから、じつはアイツのが向いてるよ、財閥の社長は」
「経営って観念でいえば、奏の話はいつも面白いぞ」
奏はいつも新聞を読みながら(奏がウチに住み着いてから、新聞が三紙届くようになった)
これと、この事件は繋がってる、これとこの会社の倒産も繋がってる……とか色々話してくれる。
経営や株の話をしてるときの奏の表情は、本当に楽しそうだから、勿体ないな……とは思う。
「こっちで好きにやるよ、俺はそのほうがいい」
「そうか」
コンコンとドアがノックされて、ハセさんの声がした。
「失礼します。パーティーの前に奏さまのご両親がご挨拶したいと申しております」
奏の表情がスッと固くなる。
「……いい、よな?」
俺は小さな声で聞いた。
「もちろん」
奏は、背筋を伸ばして立ち上がった。