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全部知っていて、何も知らない

「……良かったです、本当に、奏さまをここに置いて頂けて」

 ハセさんは自分で持ってきたコーヒーを飲みながら言った。

 台所ではシュンシュンと圧力鍋をならして、お肉を煮込んでいる。

 塊肉の一部を煮込んでいるらしい。

「小早川の家は、まだ落ち着かないんですか?」

「旦那さまは色々調整に走り回られてて、奥様はまだ……かなり厳しい精神状態です」

「そりゃそうですよね……」

 俺は台所に置かれたままのマンガをペラペラめくりながら、ハセさんと話す。

 俺は昔から、ハセさんとのんびり話すのが大好きだ。

 時間は夕方より遅く、夜の前。

 まだギリギリ電気をつけなくていい室内の影が、俺は好きだ。

 なにより旨いコーヒーと、差し入れのチョコ。

「学校はどうでしたか。奏さまに聞いても、了太がいるから!……でして」

「あはは……」

 なんだそのお気楽さ。

「まあ、大変だったよ。奏は誰に見られても気にしない。でも、教室では少しキツそうだったかな」

「その点は、本当に出過ぎたまねをしました」

「あー……やっぱりハセさんか」

 俺の席と奏の席を近づけろと言ったのは。

「心配で、心配で、気が付いたら電話をしていました。旦那様がもう電話を済ませたというのに……私は……」

 ハセさんは演技ではない。

 本当に落ち込んだ表情で、うつむいた。

「いいんだって! 結果オーライだよ」

「いっそあの高校に来年入学してしまいたいほど、心配です」

 ハセさんはキュッと顔を上げた。

「俺たち卒業してますよ、来年」

「願書を読んでしまいました」

 あはは……と軽く笑うが、気持ちは完全に引いている。

 ハセさんからの自立は、難しそうだ。

 なにしろハセさんが誰より奏から離れることを望んでいない。

「体操服のサイズは、どうでしたでしょうか」

「あれねー……、最初に相談してほしかったよ、ジャストサイズすぎて、ちょっとね-、今変えると、あ! 意識したなって感じになるかなー」

「悩んだんです、悩んだんですが、奏さまがジャストサイズでいいよーと、軽く!!」 

 珍しくハセさんがエキサイトする。

「ちょっと、軽く考えすぎだよね、女の子の体ってことを」

 俺も同意する。

 朝からブラトップ騒ぎだし、パンツ見えるし、体操服はパンパンだし、もう本当に疲れた。

「心配で心配で……もうハセは寿命が縮みます」

「頼むよ、ハセさん、長生きしてくれないと」

 ていうか、今いくつなんだろう。

 怖くて聞けない。

「まだ死ねません……まだ死ねませんよ……今死んだらお墓から出てきそうです」

「リアルゾンビ」

 お墓からザバーーッと出てきているハセさんがリアルに浮かんだ。

 白髪の間から土が流れ落ちて、目玉がビョーンとしてたまま奏の車を運転するハセさん。

 ゾンビ執事。

 ……やってたら録画してもいい。

「ハセさんもお食事食べていきます? 小早川の食事より、ヘルシーですよ」

 オカンが台所から声をかける。

「いえ、そういうわけには」

「だってこのお肉、小早川さんから頂いたものですし。ね?」

 オカンは長ネギを口に入れた。

「あまーーいの」

「マジで、味見せて?」

 俺はたぶん、三姉弟の中で一番料理が好きだと思う。

 料理はロジカルで、裏切らない。

 長ネギは甘く、お肉の旨味をすって、トロトロだった。

「うまーーー、白いご飯だな」

「五合炊いてる」

「いいねーー」

「……ハセもお邪魔してよろしいのでしょうか」

「もちろん!」

 俺は言い切った。

 奏もきっと、そのほうが喜ぶ。



 食事から戻った俺たちは、それぞれの部屋に戻った。

 華英の部屋から戻った奏は、大量のマンガ本を天蓋付のベッドに並べていた。

「それ全部読むのかよ」

 俺は完全に呆れたまま、ゲームの電源を入れた。

「少女マンガヤバいな。面白いわ」

「まあ、物によっては面白いのは認めるけどさあ」

 前は見向きもしなかったくせに。

「俺って、お前の親友じゃん」

「またその話か」

「親友って、恋愛より深くない?」

 奏の表情は真剣だ。

「いやー、だからさあ、何もかも知ってるから、夢がみられないってこともあるじゃん」

「まさにいま、その展開」

 奏はマンガを指さした。

 読み込みすぎだろ。

「女性ってジャンルに変わったから、了太の一番を別の人に譲るのは、納得できないなーー」

「いいじゃん、奏は親友、桜井さんは友達。おっけー、おっけー」

 俺はゲームを始めた。

「俺は女なのか、女でトップ取れるのか……」

「某歌劇団かよ」

「とりあえず、桜井には負けねーー」

「まあ、練習頑張れよ」

「ちげーよ、恋とか愛とかの話だよ!」

「いや、別に奏とも桜井さんとも恋愛してなくないか?」

 桜井さんと恋愛……?


 私服の桜井さんを想像する。


 きっとズボンだ。

 スカートじゃないな。

 それにシンプルな上着だろうな、あまり原色じゃなくて、無印っぽいかんじ?

 脳内にほんわり浮かんできた。

 いいね、やっぱりおかっぱがいいね。

 ちょっと髪の毛がはねててもいいね。

 どこに行くかな。

 映画かな。

 映画、何が好きなんだろ。

 よく考えたら、何も知らないな。

 今度聞いてみようかな。


「お前、何を考えてる」


 ギシッと音がして、気が付いたら俺のベッドに奏が来ていた。

「おいおいおい、部屋に戻れ」

 奏も俺も風呂を済ませて、部屋着だ。

 要するに薄着。

 特に奏はシルクのパジャマの代わりに、俺のロングTシャツを着ているから、胸元が緩い。

「桜井とデートすること考えてただろ」

 奏はグイと俺に近づく。

 近い近い! 

 俺はベッドから下りて、ビースソファーに逃げた。

 奏が追ってくる。


「ねえ、私とデートするなら、どこにいく?」


「西川美和湖のグッズ買いに行く」

 俺は即答した。

「ああ、今期のやつ、もう出たのか」

 奏はすっと元に戻った。

「出たぞ」

「うちわも」

「まだ見てないのか、いいぞー、今期の」

「買う買うー……じゃなくて!!」

「でも、そうだろ」

「違う……違うんだ……」

 奏は自分の部屋に戻って、天蓋を締めた。

「週末にでも行こうぜーー」

 俺は天蓋に向けて言った。

「おっけー……」

 奏のいつもの声に安心して、俺はゲームにログインした。

 日常が一番だ。

 はー、自宅最高。

 

 朝。

 今朝はハセさんが持ってきてくれたパンをもふもふ食べながらコーヒーを飲んでいると、奏が口を開いた。

「了太、お願いがあるんだけど」

「んだよ、朝から」

 俺は今、脳内メーカーやったら8割パンで埋まるくらい、パンに夢中だ!

「俺と一緒に小早川のパーティーに出てくれ」

「出ます……奏さま……」

 何故か華英がうっとりしている。

 お前じゃねーだろ。

「俺今までそういうの、全部断ってきたじゃん」

 奏が住んでいる小早川の家は、財閥界隈では別荘の扱いらしく、桜のキレイな時期や、夏休みになると、他の財閥の子供が集まり、パーティーが行われる。

 俺も毎年誘われるんだけど、まっっったく興味がなく、そんなことに時間を使うなら惑星整備する! と断ってきた。

「行かないよ、めんどくさい」

 今度はチョコチップのパンに手を伸ばす。

 このチョコが毎回思うんだけど、焼いてるのに、なんで溶けてないの?

 かっちりしてて美味しいの。

「俺、お前がいないと、今回はキツイ」

 奏の表情は真剣だ。

「……出たくねーなーー」

 一度だけ、中学校の時の夏休み。奏が連れてきた男がいた。

 世界は俺を中心に回ってる系で、一緒に川に飛び込み遊びをしてたんだけど、服も脱がなかった。

 ただ日陰に座ってこっちを見てるだけ。

 あげく最後に言ったのが「川の水って汚いよね」だ。

 だったら一緒に来るなよなーー。

「隣にいるだけでいい。何もしなくていいから」

「うーーん」

 オカンがサラダをドスンと置いた。

「ついてくだけなら、行ってあげなさいよ。すぐそこじゃない?」

「距離が近いからお使いとか、そんなレベルの話なのか、それ」

「ドレス……貸して貰えるんですか……」

 華英は指をくんでキラキラしている。

「もちろん。専属のスタイリストも付けますよ」

「ホットペッパーーービューティーー!!」

 叫んだ華英は、スマホで色々予約を始めた。

 本気かよ……。そしてお前もいくのかよ。

「了太が近くにいてくれたら、俺がんばるからさ。な?」

 奏は両手を合わせて俺を拝んだ。

「……立ってるだけでいいのか?」

「地蔵でいい!」

「一度だけだぞ」

「わかってる!」

「……デザートあるのか」

「なんでも作らせる!!」

うぐー……。

「ね、まって、パーティーはいつ?」

華英がスマホをいじりながら聞く。

「今週末の土曜日です」

「了解です! 予約完了!」

奏はコーヒーを飲んで、ため息をついた。

「桜が散る前に、との話だけど、たぶん俺の事とか、由貴子の事とか、色々あるんだと思うよ」

「ふーん……」

 俺は滅多に小早川の家に入らない。

 真っ白、白白白!! なあの家が落ち着かないのだ。

 あげくどこで何をするにもメイドさんが付いてくる。

 あれも無理。

 トイレ行くにも、ちょっと飲み物取るのも、メイドさん。

「頼むよ、了太……」

奏は半分泣きそうな表情をしている。

 本当に苦手だけど……奏がそこまで言うなら、仕方ない。

あああ……本当にめんどくさい……。

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