生粋の女には負けない
「ただいまーー」
オカンがガサガサと袋の音をさせながら帰ってきた。
「お帰り」
玄関に出ると、そこには華國屋の紙袋が。
「あんな高い店で何かったんだよ!」
華國屋は、ここらへんで一番高いスーパーだ。
「色々とスパイスをね、つけ込むと長く保つから」
「ああ」
どうやらオカンは高級肉を上手に保存するために、色々買い込んできたらしい。
冷蔵庫から塩麹や買ってきたスパイスを並べて、丁寧に手を洗った。
「よし、じゃあ今日は、塩麹のシャブシャブ、たくさんの長ネギを添えて!」
「いいじゃん」
荷物の中に、土がついた長ネギがあるのが目に付いた。
「これ、どこで?」
「小早川の敷地って、畑があるんですね、ハセさん」
オカンはハセさんに向かって言った。
「はい、通られましたか」
「偶然。そしたらメイドさんたちが、これが旬だからって。タケノコとか、ネギとか、たくさんくれて、助かっちゃう」
「完全な有機栽培で作っておりますし、いつも奏さまがお食べになっている安全な食品です」
ハセは微笑んだ。
オカンは肉を薄く切ったり、厚めに切ったり、叩いたりして、巨大肉をキレイに分けていく。
「塊でガーンと食べないんだ?」
せっかくこんな大きな肉なのに。
「お父さんも私も年だからね、美味しいお肉はちょっとだけ料理に入れるのが一番いいのよ。それにアンタも奏さんも食が細いじゃない」
まあ、その通りだ。
塊肉なんて食べたら体調が悪くなりそうだ。
「ハセさん、これと、これ、買って」
奏が華英のスマホを覗き込んで、ハセさんを呼んだ。
「はい」
ハセさんは後ろに回り、画面を覗き込んだ。
「……わかりました、URLを送って頂けますか? 明日には持って来させます」
「明日?! ハセさんプレミアム速すぎる。月いくら? 私も入会する。ついでにコレ買って?」
「もちろんです」
「オイコラーー」
俺は思わずつっこむ。
小早川財閥の力に慣れることは、人生に置いてあまりプラスじゃないと俺は思ってる。
一生面倒を見て貰えるわけじゃないし、結局自分の金で稼いで買ったものじゃないと、愛着なんてわかない。
ビニールをあけてもいないマンガ本が全てを語っている。
結局読みたいひとが買ってないんだ。
「自分で買え、自分で」
「まあ、正しい。ハセさんごめんね」
「何の話ーー?」
肉が一段落したオカンが手を拭きながら、スマホの前に来た。
「ああ、ブラトップね」
「お手数をおかけしました」
ハセさんが軽く頭を下げる。
「ねえ、誰が奏さんのブラサイズ測ったの?」
オカンは単純な興味といった顔で聞いた。
「当然、私が」
ハセさんは超胸をはった。
「俺はさー……誰かメイドにお願いしたかったんだけどさー……」
奏はスマホをスクロールしながら言う。
「いえ、そういうわけにはいきません。奏さまの全ての管理は、私に責任があります」
「うん……ずっと言ってるよね」
俺は頷いた。
というか、その仕事をハセさんが手放すとは思えなかった。
「管理っていうなら、一つお願いがあるんだけど」
オカンはエプロンのポケットにタオルを入れた。
「はい、なんでしょうか」
「悪いんだけど、奏さんの洗濯物、もってかえって洗ってもらっていい?」
「え、うちの洗濯機にぶちこみゃいいじゃん」
俺は驚いて言った。
今まで泊まった時、なんども洗濯していた気が。
「特にパジャマ。あれシルクじゃない! それに絹とか高い布が多くて、うちの洗濯機じゃ洗えないわよ」
うちの洗濯機は何のひねりもない、普通のものだ。
あまり入らないので、オカンはいつも朝と晩、二回まわしている。
「すいません、小早川家は毎日クリーニングに出しておりますので、布の種類に鈍感でして」
「何それ、毎日洗濯なし?! 出しまくり?! すばらしいわね」
「ご家族の分も、こちらですべてお引き受けしましょうか」
「え?!」
オカンの目が光る。
「いやいやいや、俺たちの服なんて、基本的に全部綿100なんだぜ。なんでクリーニングが必要なんだよ」
俺は光の速度でつっこんだ。
「それもそうね」
オカンは瞬時に納得して、料理に戻った。
「ハセさん、じゃあ俺の服、全部綿でいいよ」
奏はまだスマホをいじりながら言った。
「いえ、奏さま、もう小早川家と二宮家は一心同体です。奏さまの洗濯物を運ぶのは、ハセ、まったく苦ではありません」
「お前の苦労の話をしてるんじゃないんだよ。まざった場合、二宮オカンが仕訳しなきゃいけないだろ。俺用の入れ物も必要になるってことだ。面倒じゃん、全部綿でいいよ」
「そうですか……」
ハセさんが、少し淋しそうだ。
奏のためにすることが減るのは、ハセさんにとって淋しいことらしい。
でも、綿は正義だと思うんだ、マジで。
汗も吸うし、洗濯に強いし、漂白も出来るし、最後には雑巾になるし!
特に奏にこだわりがないならさ。
「……華英さん、こういう幼なじみが恋人になって、色々あるマンガ、まだありますか」
「山ほどあるよ。部屋に行く?」
「お願いします」
「もっと勉強しないとね!!」
「生粋の女には、負けていられません。私には幼なじみという強みが」
「やばい、盛り上がってキターー!!」
「おーい……」
俺の声は完全に無視して、華英と奏は二階へ消えた。
なんて仲良しなんだ。