幼なじみヒロイン失格ですか?
「私じゃ、幼なじみヒロイン失格ですか」
ぶほっ。
俺はハセさんが持ってきてくれたコーヒーをリアルに吹き出した。
奏の手元には華英のお気に入りの少女マンガ【幼なじみヒロイン失格】が置いてある。
「……何読んでるんだよ」
「どう考えても、俺がヒロインだろ」
奏は俺をじっとみて言う。
何か変なモード入ってないか?
「違う違う奏くん、絶対に私がヒロイン! だよ。ちゃんと再現しないと」
華英は同じマンガをペラペラ読みながら奏に言う。
「絶対に私がヒロイン!」
奏がノリノリになってポーズを決める。
「キャー! やっぱり奏さん、再現度高い」
「おーい……何の寸劇が始まった」
奏はトスンとマンガ本を置いた。
「俺さあ、お前の幼なじみだよな」
「まあな」
それは否定しない。
「だったら、女になった今、俺がヒロインだろ?」
「お断りします」
真顔で聞くなら即答でお断りだ。
「今まで了太がどんな女の子を可愛いって言おうと気にしてなかったけど、性転換して女になった時から、すげえ苛立つんだよ……」
奏はマンガ本を手に持ってパラパラと触る。
「え……何に……?」
俺はなんとなく分かっていながら聞いた。
「了太が女を褒めると、腹がたつ」
やっぱり。
今日なんとなく、桜井さんに対する態度が酷かった。
「突然何なんだよ? 桜井さんも気分悪いぞ、あれじゃ」
部活中も、無意味に敵意むき出して、意味が分からない。
「俺だって女じゃん。ずっと近くで了太を見てきた女だよ? 俺が一番了太を知ってるだろ。だったら了太のヒロインは俺だ」
「何がヒロインだ」
奏は次の巻を手に取った。
俺も奏が読んでいた巻を手に取る。
ごくごく普通の少女マンガだ。
「このマンガのどこに性転換者が出てくるんだよ」
「やっぱ幼なじみって、最高だよね」
「積み重ねが違いますから」
二人は俺を完全に無視してマンガの世界に旅立った。
家に帰ってきてから、俺は疲れ果てて、着替えもせず制服のままベッドに倒れ込んだ。
横の部屋で奏が着替えて一階に下りていく音は聞いてたけど、もう無理だった。
一時間寝て、起きてきたら、二人とも目をキラキラさせて少女マンガモードに入っていた。
「了太さん、プリンありますよ」
ワイワイしている二人の奥、置物のように立っていたハセさんが口を開いた。
「あ、食べる。冷蔵庫?」
「準備いたします」
ハセさんは慣れた手つきで俺の家の冷蔵庫を開けて、中からプリンを出した。
それを皿にのせてスプーンと共に俺の前に置く。
真っ白な生クリームがほわほわと美しく、黄金のボディーは、それだけで魅力的。
「わー、いただきます」
「コーヒーも、もう一度準備しますね」
さっき俺がこぼした分をキレイに拭いて、ハセさんは新しいコーヒーを入れた。
華英がスススと近づいてくる。
「それすっごい美味しいの。濃厚トロトロプルプルで、甘さに差があるの、すごいよ」
すごい……すごい……と言いながら華英はさらに近づく。
「やらねーー」
俺は皿ごと遠ざけた。
「まだありますよ、もう一つ運ばせますか?」
ハセさんが当然のように言う。
「ダメダメ、ハセさん、コイツこれでもダイエット中ですから。風呂から2時間出てこなくて脱水で倒れた女ですから」
「風呂から出てきてビール飲んで、ガチで倒れた話、する?」
「脱水症状にアルコールは、本当に危険ですよ、華英さん」
ハセさんが眉間に皺を寄せて怒る。
「ごめんなさいー、部屋にそれしかなくて」
「部屋にビール?」
奏はマンガから顔を上げた。
「部屋の押し入れに、無印モルルが段ボールで積まれてるの、奏に見せてやれよ」
「無印モルルが一番おいしい……プレミアムは上品すぎるの……」
「部屋にビールって、冷やさないんですか?」
ハセさんが、心底不思議そうに聞く。
「窓外のベランダに数本並べてるから。この時期なら勝手に冷えるよ」
「そ、そうですか……」
ハセさんが明らかに引いている。
「秒速5センチメートルで太るぞ」
「だからプリンは一つで我慢してるじゃない」
「ファッションダイエットじゃねーか」
俺は華英から遠ざけたプリンを、やっと口に入れた。
ああ、この甘すぎない生クリーム、そしてこの固さ。俺、プリンの上の生クリームは固め派なんだよね。
プリンを柔らかすぎる生クリームが邪魔するんじゃなくて、プリンはプリンのままで居て欲しい。
「プリンそのものの甘みが生きている!」
横で華英が勝手にアテレコする。
「うるせえ、静かに食わせろ」
「脳内でマックスボリュームで語ってるくせにさ、面倒な男」
「そういや、オカンは?」
俺は華英を無視して、周りを見渡しながら聞く。
オカンのパートは15時までなので、夕方のこの時間には家にいるはずなのに、姿が見えない。
「お母様は、追加の買い出しに行かれました」
ハセさんが答える。
「追加? 珍しいな」
うちは火曜日と金曜日にまとめ買いして、料理を作っている。
肉は冷凍、買い物にいった火曜と金曜だけ魚が出てくるのが、我が家の常識だ。
今日は月曜日。
まだ食材は何かあるだろうに。
冷蔵庫に向かって扉をあけると、そこには巨大な肉の塊が鎮座していた。
俺は冷蔵庫をパタンと閉じた。
「……誰か狩りに行ったの?」
モンスターハントに行かないと手に入らないレベルの巨大肉だ。
「いえ、私が持ってきたのですが、それを見て、お母様は追加の買い出しに……」
「ああ……」
なるほど。
高級肉を料理するために、追加食材ね。
小早川家あるあるだ。
「何か持って行けと小早川の母上様もおっしゃっておりまして、急遽お持ちしたのですが、かえってご迷惑でしたでしょうか」
「うーん、オカンはハッキリ言わないけど、ちょっと困った、でも嬉しい~~が本音だと思うよ」
俺は椅子に戻り、プリンの続きを食べた。
「正直、小早川家の差し入れとはスゴイからオカンも慣れてますよ」
「え、なんかウチ、やっちゃってる?」
奏がマンガから顔を上げる。
「この前のオカンの誕生日祝い、シルバーフォックスのファーコートだったじゃん」
「良いヤツじゃん」
奏は言う。
まあ、その通りだ。
モノの良さなんて、瞬時に分かる。
「オカンも気に入って着てたんだけど、シルバーフォックスってこう、色がまだらになってるじゃん? どっからどう見ても、マタギにしか見えなくてさ……」
ブハッと、隣でマンガを読んでた華英が吹き出す。
「去年雪がふったときに、オカン何を思ったか毛皮着て雪かきに出てさ、ホウキもったその姿が、完全に狩猟民族。俺と華英がクソ笑ったら、そこからお蔵入りだよ」
「それはウチが悪いじゃなくて、お前らの対応が悪いんだろ」
奏はマンガに戻る。
「我慢出来なかったんだよ!」
足下も長靴だったし、確信犯だろ、あんなの。
「私が誕生日に頂いたコートも、ワンシーズン着てクリーニングに出したら、その代金が2万円で、私がいつも買ってるコートの値段だったり、ね……」
華英は遠い目をした。
「こちらでクリーニングいたします」
「いやいやいや、意味わかんないから、大丈夫ですから!」
華英は両手をふって断った。
その点俺は優秀だ。
いつもお菓子を要求。
甘すぎず、美味しいもので!
毎回完璧すぎるお祝いに、感動する。
「みんな食べ物にしとけよ。何の問題も無いぞ」
俺はプリンを食べ終えて、食器をシンクに置いた。
「そういや、奏、ブラトップ貰わなくていいの?」
奏はマンガ本を置いた。
「そうだった。ハセさん、俺ブラジャー無理だわ」
「そうですか、申し訳ありません」
「いや、謝ることじゃないよ、一瞬つけたときは、こんなもんかーと思ったけど、長時間は無理だ、あれ」
「私のブラトップ、新品が丁度あったからあげたの」
華英はコーヒーを飲みながら言った。
「関連企業が同じようなものを作っています。すぐに持ってこさせます」
ハセさんはスマホを取り出した。
「あと、パンツ。俺ブラトップのサイト見てて見つけたんだけど、普通のブリーフみたいのあるじゃん、女性用のあれでいいよ」
「えーー……、あれ、可愛くないよ? いいの?」
可愛いは正義! それがモットーな華英が言う。
「体に付ける物は、やっぱりまだ無理だわ。ゴワゴワしすぎて、キツイ」
「ワイヤーはねー、体にめり込むんだよねー」
華英も同意する。
「分かりました、すぐに取り寄せます」
「でもさ、あんな地味なのにしなくても、最近はこういうサイトがあってね、ほら、可愛くない?」
華英はスマホをいじって、画面を奏に見せた。
二人は頭をくっつけて画面を見ている。
「……これ、いいですね」
「ね、ブリーフタイプなんだけど、ピンクでちゃんと可愛いの。ほら、アップリケも追加できるの、選べるんだよーー」
「可愛いですね」
「おーーい……」
ついこの前まで普通の男だったのに、どうして当然可愛いブリーフタイプのパンツにアップリケまで決めようとしてるんだ。
お前は本当に奏なのか?