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忘れて生きていく

 四時間目の体育が終わり、俺たちは学食に向かう。

 この学校は学食も購買もある。

 学食がある公立高校は珍しいらしいが、学校の場所が駅から遠く、近くで食料品を買えるのがショボいコンビニ一つなのが理由かも知れない。

 学生の他に地元の人も出入りできる場所になっている。

 地雷も多々あり、特にソバはちょっと意味が分からないほど伸びている。

 ソバ、かなり固めに! と注文すると半分以上芯が残った状態で来て、固めで! というとフニャフニャで来る。

 もう注文方法が分からない。

 正直ラーメンが一番うまい。

 普通の何のひねりもない醤油ラーメンだ。

「腹へったな」

 奏が呟く。

「まあ、お前の昼飯は胡椒が15ふり入ったラーメンなわけだが」

「そうだったーー」

 俺と奏は渡り廊下を歩く。

 外にいる人たちまで、立ち止まって奏を見る。

 相変わらず視線はささるが、奏は気にしない。

 だから俺もなるべく気にしないように、頑張る。

 そんなこと頑張ることじゃないけど、頑張らないと早退して帰りたくなる。

 でも奏ひとりにするなんて、絶対できない。

 学食は三学年すべてが使うので、入った瞬間のざわめきは、今までトップクラスだった。

「奏先輩だ」

「スカート、まじで」

「え、ちょっと……うそ……本当だったの?」

「完全にコスプレ」

「なんか、見ちゃいけないかんじ……?」

 奏が動くとみんなよけて、人の山が移動する。

 そして視線が追う。

 好意的? いや、完全に珍しい動物をみるような視線。

 俺は今日何度目かの、言葉を思い出す。

 見られてるのは奏だ。

 それに、今の奏には俺しかいないんだから。

 奏はラーメンの食券を買う。

 取り出した財布は、前と同じ黒い皮のものだ。

 そこはそのままか。

 小さなことを確認してしまう。



 そして思う。

 俺も奏をなめ回すよう見てるやつらと、何も変わらないな。



 そんな自分に、すこしがっかりする。

「餃子は?」

「あ、食べる」

 俺と奏はラーメンを食べる時は、餃子6個入りをひとつ頼んで、二人で分ける。

 それくらいで丁度良い。

 基本的に俺たちは小食だと思う。

 匠とかラーメン大盛り餃子大盛りだ。

 あんなの食べたら、気持ち悪くて午後は死ぬ。

 俺もラーメンの食券を買う。


「お、奏くん、本当に女の子だねーーー!」

 食堂のおばさんは超笑顔で食券を受け取った。

 やはりおばさんクラスになると、スッキリしてる。

 人生経験は、ゲスを飛び越える。

 俺の人生語録に入れよう。

 まあうちのオカンも、あっさり元通りだしな。

「女の子なっちゃいました。煮卵サービスしてください~」

 奏はにっこり答える。

 開き直りすぎだろ。

「大変だねー、持っていきな!」

 奏のどんぶりに煮卵が入った。

 煮卵は50円。

 ラーメンが250円の学食で、かなり高めの値段設定だ。

「友達も大変だね、ほれ、サービスだ!」

 俺の皿には大量のメンマが乗せられた。

 どんぶりからはみ出す勢いのメンマ。

 メンマ星人に乗っ取られた俺のラーメンなビジュアルに近い。

 ちなみに、そんなに好きじゃない。

「あ……ありがとうございます」

「メンマで腹ふくれそうだな」

 チラリとみた奏がクスリと笑った。

 正直微妙だが、俺は人の優しさを無下にできないタイプだ。

 笑顔で会釈して、移動する。

「おばさんは基本的に驚かないんだな」

 奏は胡椒と箸をトレーに乗せて歩き出す。 

「何十年も生きてると性別とか消えてくじゃん。90才のおばあちゃんとか、性別不明だと思わない?」

「お前、何十万人のおばあちゃんを敵に回したぞ」

「生まれたても分かりにくいし」

「赤ちゃんも敵に回した」

「何だよもう!」


 俺たちはいつも座ってる窓を向いている席に座った。

 ここなら食堂は俺たちの背中しか見られない。

 俺も奏も視線が気にならない。

「はー……」

 それだけで、ちょっとだけ気楽だった。

「仕方ない、15回だな」

 奏が胡椒を手に取る。

「ひひひ……」

 俺は笑う。

 奏が1.2.3.4.5.6…と胡椒をふっていく。

 真っ黒になっていくラーメンの表面。

「7.8.9.10.11……うわあ」

「あはははは」

 醤油ラーメンの表面に黒い山ができていく。

「12.13.14.15,と。うわー……」

「はい、いただきまーす」

 俺は両手をパチンを合わせた。

「いただきます……」

 奏は当然テンション低めだ。

「餃子どうぞ」

 俺は餃子を三つ、小皿に取って奏に渡した。

「酢こっちだぞ」

 同時に酢も渡した。

 奏は餃子を酢に白胡椒で食べる。

 受け取ったその手で、奏は俺に醤油を渡す。

「サンキュー」

 俺は醤油オンリーだ。

「なんか……長く付き合った夫婦みたいなだな」

 俺はブフーーッと食べていたメンマをふいた。

「性転換前もこうしてただろ、突然なんだよ」

「女になるって、そういうことかもな」

 奏はうっとりと目を閉じた。

「意味わかんねーー。はい、白胡椒」

「サンキュ」

 奏はラーメンに箸を伸ばした。

「食べるか……」

 一口食べてゴフォッとむせる。

「辛っ!!」

「あはははは! 待ってろ、水持ってくるわ」

 椅子を回転させて降りると、2mほど離れた場所に50人くらいの人垣が出来て、囲まれていた。

「おおおお……」

「なんだよ了太、おおおおお人だらけ」

 みんなラーメンを食べてる俺たちをただ見ている。

 そして目が死んでいる。

 なんでそんな無表情で見てるんだ?

 もうこうなるとホラーだな。

 俺がゾンビなのか、人垣がゾンビなのか分からない。

 クソ映画に影響されてるのは認める。

 俺はえいっと椅子から降りた。

 人垣がビクリと反応する。

 その真ん中に突入する。

 俺が近づくと、わっと人垣が割れた。

 モーゼ! 違うな。

 なんか、ちょっとだけ面白いぞ!

 しかし人垣は50人どころじゃなかった。

 その後ろにも人の山。

「はい、どいてどいて! 奏はラーメン食べてるだけだよ! ラーメン食べても変身しないよ!」

 ヤケクソになってきた。

 俺は水をくんで、戻った。

 俺が戻ると、人垣はシューーっと元通り、俺たちを囲んだ。

 奏は水を飲んだ。

「……ありがとな、水」

 俺は声をひそめて話し始めた。

「あの映画だったら、俺たち瞬殺でゾンビになってるな」

「あ、あはははは……!」

 奏は水を置いて笑った。

「窓から飛び出すか」

「あの映画だと外にも居たじゃん」

 二人でクスクス笑っていると、人垣が消えて行くのが分かる。

 はー……、今日はもう、この連続だ。

 ふと外を見ると、中庭が見えて、そこにバスケットコートが見える。

「お、噂の衛藤さんと川村じゃん」

 俺はメンマを食べながら言う。

「二人ともバスケ部か」

 食後なのか、一緒にバスケの練習をしていた。

「そういえば、体育の時、衛藤に話しかけられて無かった?」

「ああ、話したよ」

「何の話だよ」

 俺は少し期待しながら聞いた。

「お前に告白したのは、私の黒歴史だから、死んでも言うな……的な?」

「くろーーーい」

 あまーい的に俺は思わず叫んで、空を仰ぐ。

「気持ち良いな、あのタイプは。清々しい」

「なんだよそれ、なんでそんなこと言わなきゃいけなんだ?」

「むしろフラグじゃね? 言いふらせ的な」

「いやいや、お前に告白した女の数、分かってるか。俺が知ってるだけで50人くらい居るぞ。そのリストに入るだけだろ」

 そんなの、人に向かって黒歴史と言い切る衛藤さん的に、どうでも良さそうだが、やはりイメージは大事なのか。

「そんなに黒かったのか……ずっとダマされてたわ」

「ダマされ続けられるのも、恋愛では大事だろ」

 川村が最高の笑顔で衛藤と練習している。

「まあ、なあ……」

「川村が幸せならそれが一番いいじゃん。ごちそうさまでした、あー、辛かった」

 奏は水を一気に飲み干した。

 その喉にのど仏はない。

 細くて綺麗な喉だ。

 会話も、食べてるものも変わらないのに、違うんだなあ……。

 見ている俺に奏が気が付いた。

「何、気が付いちゃった、私の美しさに」

「俺も慣れないのに、みんなが慣れるはずねーよな……」

 奏は左手で頬杖をついた。

 そして右手の指先でコップをはじく。

「……学校に来る前の、コンビニの隣。今日更地にしてたの、気が付いた?」

「え、そうだった?」

 いつも俺たちが買い食いするコンビニの横?

「え、工事してた?」

「今朝通ったとき、工事始めたじゃん」

「そうだっけ」

 そんなの、今日は奏のスカートに夢中で何も覚えてない。

 これだけ言うと俺は完全な変態だ。

 でも、そうじゃなくても、工事のことなんて覚えてないし、何があったかも覚えてない。

 駐車場だった気もするが、古い家があった気もする、何か店があった気もする。

「なんだっけ」

「あそこは一階が古い美容院。二階は住居」

「えー……、そうだっけ」

 言われてみればそんな気もする。

 でも言われても、そうだっけ? レベルだ。

 再び奏は空になったコップを爪ではじく。

「忘れるんだよ、人は。毎日見てても、変化すればすぐに忘れる。それに慣れる。だから普通にしてりゃ、大丈夫だ」

 奏は俺の分の水も全部飲んだ。

「……牛乳プリンおごってやろうか」

「なんだよ、サービスいいな了太!」

 俺は椅子から降りて、牛乳プリンと水を買いに行く。

 奏は俺より、ずっとずっと大人だ。

 コンビニの隣のように、女になった奏を普通に受け入れる日が、俺に来るのだろうか。


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