着替え、どこでする?
クラスの異分子となった俺と奏が教室のふちに移動したことで、教室はいつもの空気をすこしずつ取り戻していた。
相変わらず、チラチラ見られるのは変わらないが。
奏は椅子を廊下側の壁に向けて座り、俺のほうを見ている。
「お前、人を挑発するのやめろよ」
俺は机に伏せた状態で奏に話す。
「何で? ゲスを見極める良いバロメーターなのに」
奏はいつも通りの表情で答える。
「やることがエグいんだよ」
「俺はさ、いや、間違えた、私は。ああ、くそ、胡椒追加だ」
「はい、10回」
「私はね、性転換する前に比べて、明らかに力も落ちた」
「そら、そうだろうな」
体型が全く違うんだから。
「だから、突然襲われる可能性もあるわけ」
「学校で?」
「もちろん」
奏は自信満々に答えた。
想像できない。
そんなのエロゲーの世界だろ。
「学校なんてセキュリティーがザルすぎる。死角も多い。危ないと思うよ。部屋に連れ込まれたら、声も聞こえないだろう」
口を押さえられて、部屋に連れ込まれる奏が脳裏に浮かぶ。
「おい、怖いこと言うなよ」
「性転換した女だぜ、見てみたいという気持ちが当然あるだろう」
「うーん、まあ全く一ミリも無いと言いたいけど……俺的には」
「え? なんで、私、女になったんだよ? 分かってる?」
キュルリンと言いながら奏がウインクする。
なんじゃそりゃ。
「いや、おさらい必要ないから。なんだろう、体調は大丈夫かな、とか悲しくないかな、とかはあるけど、裸みたいとか……なあ」
「お前、性欲あるの?」
「ぶはーーーー」
思わず頭を机に叩きつける。
「お前のスマホのブックマ、今見せろ」
「いやいやいや」
「エロあるのか」
「奏こそ見せろ」
「見るか? 全部西川美和湖関連だ」
奏はスマホを取り出して俺に見せた。
「……俺と八割同じだけどな」
見たことあるサイトばかりで苦笑してしまう。
「残り二割は?」
「……神林48とか……」
「お前あんなの好きなの?」
神林48は、SF小説が好きなアイドル集団だ。
かなりマニアックだけど、センターの湊元ちゃんは、結構可愛いし、ガチオタだと思う。
華風の話する美少女、萌えるだろ?!
「おかしいだろ、お前、やっぱ変だろ!!」
チラチラとクラスメイトの視線を感じる。
俺は再び声を小さくした。
「お前、今度動画見せるからな、覚悟しろよ」
「今日見せろよ」
「任せろ」
「じゃあその湊元ちゃんの裸を見たいとか、思わないわけ?」
「全く興味……ないわけじゃ、ないか」
「頼むよ。女の裸に興味があるか無いかで、こんなに遠回りの会話したくないんだけど」
「はい、あります、あります、奏だからみたく無いだけです」
「だろ? 話は戻るけど、性転換した体に興味をもったやつが、お……じゃない、私を襲っても何も変じゃない」
「まあ、そうだね。死角も多いのも認める」
学校はかなり広いし、部活関係の場所は使ってない部屋も多いし、内鍵だ。
鉄の扉だし、声も響かない。
「だから、ゲスは常に要注意だ」
「確かに、想像すると全て怖いな」
「ったく、了太は面倒くさいな」
「すいませんね」
二人でクスクス笑う。
「……ちょっといいかな」
見上げると、俺のたちの隣に中原先生が立っていた。
何か話がある雰囲気だ。
俺と奏は廊下に出た。
「体調は、大丈夫なの?」
中原先生は聞く。
「見ての通り、見事に女性になりました」
俺の人生で、これほど変な言葉はなかなか聞かない。
見事に女性になりましたって。
「どこか痛いとか、学校生活を送る上で、注意点は無いのかな。一応、小早川さんから連絡は貰ってるけど」
そりゃ、あれやこれやと連絡が入ってそうだ。
主にハセさんから。
「特にありません」
「良かった。席もね、了太くんの近くにしてくれって言われたの」
「なんだよー……」
俺はうなだれる。
一年に一度も出さない勇気は、必要無かったのか。
「了太くんがあんなこと言うなんて、先生驚いちゃった」
なんだ、あの反応は俺に対する動揺だったのか。
「びびりましたよ、ホント」
顔をクシャリとして奏が笑う。
ああ、この笑い方。
奏が本当に嬉しいときにする表情だ。
良かった。きっと俺の勇気は無駄じゃなかった。
「あのね、相談は、陸上競技会のことなんだけど」
「ああー……」
俺も奏も天を仰ぐ。
うちの高校は四月に近くの大きな競技場を借りて、陸上競技会を行う。
それが運動会の代わりみたいなもので、基本的には100m走は全員参加、他に三段跳び、走り幅跳び、走り高跳び、男子は1500m、女子は800mがある。
「そうか、練習、今日からか」
元は運動会が5月にあったのだが、受験組からクレームが入って単純な競技会になったのは数年前だ。
それでも練習は複数回ある。
「まず、女子で登録で大丈夫なんだよね」
「そうです、もう女性なので」
「運動は? 普通に大丈夫なの?」
「主治医は、問題ないと言っています」
「そうなんだ、じゃあ、練習は参加できるのね」
「はい」
「着替えなんだけど……」
「ああ……どうしましょうか」
「とりあえず、教師用の更衣室でどうかな。奏くん……ちょっとまって、奏さん、で統一する?」
「はい」
オホンと中原先生は咳払いをして続ける。
「奏さんが使う時は、外に私が立つから。そんなに時間がかかることじゃないし」
「お気遣い、ありがとうございます」
「じゃあ、三時間目終わったら向かえに来るね」
今日は四時間目が陸上競技会の練習だ。
中原先生は手を振って階段に消えて行く。
「……そうかー、競技会かー」
俺はすっかり忘れていた。
「どれくらい体力あるか、見るには丁度いいな。主治医もデータを欲しがるだろう」
「ロボットか!」
「俺のデータが欲しいか……?」
「はい、俺って言ったー」
「15回かーーー」
「辛いぞ。ああ楽しみだ」
いつもと変わらない、それでいて楽しいことがあれば、それが一番じゃないか。
そんな気がしてきた。