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庶民とお坊ちゃま

「お前の部屋って、俺の書庫より狭いんだけど」

「うるせえ、じゃあ豪邸に帰れ」


 俺、二宮了太と、友達の小早川奏は、毎日そんな会話をしていた。

 俺は、5LDKの普通の一軒家に暮す庶民。

 奏は、俺の家の目の前にある、森の中の豪邸に住むお坊ちゃまだ。


 子供の頃から奏の家の森に勝手に入って虫を捕っていた。

 巨大マンションが何個入るんだよってくらい広い敷地で、ここが誰かの家だなんて、俺は知らなかった。

 毎日勝手に潜り込んで虫を捕まえていたら執事の長谷川さんに掴まった。

「ここは私有地ですよ」

「しゆうちってなに?」

 当時小学校一年生に俺に分かる分かるはずがない。

 長谷川さんの後ろに隠れて俺をじっと見ていたのが奏だ。

 顔を半分だけ見せて、じーっと俺を見て奏は言った。

「お前、誰?」

「お前こそ誰だ」

 これが最初の出会いだ。

 最初はじじいと虫捕まえにきてんのか? 程度にしか思ってなかったけど、遊ぶと結構面白いヤツで、上に姉貴が二人もいて、家に人形やふりふりの服が溢れて、男友達に飢えていた俺は、すぐに奏と友達になった。

 なにしろ家が目の前だ。

 自然が溢れてていいわーとオカンはこの場所を気に入って買ったらしいが、その自然は全て奏の家の持ち物だったわけで。


「狭いから漫画がすぐに取れていいな」

「だったらベッドの周りに漫画並べろよ」

「ハセさんが片付けるんだよ」

 ハセさんとは、執事の長谷川さんのことだ。

 今じゃ俺も仲良しで、釣りにも連れて行ってくれる気の良いおじいさんだ。

 でも部屋の掃除までやるとは。

「だっせ、お前、今もハセさんに掃除やらせてんの? ハセさん部屋に入れてんの?」

「なんだよ、お前は自分で掃除してんの?」

「当たり前だろ。掃除しねーと姉貴が勝手に捨てるんだよ」

「華英さん、強烈だな」

「最悪だろ、プライバシー無視だぞ」


 俺には雪菜と華英という二人の姉がいて、雪菜は独立して家を出ている(近くで働いてるが)。

 華英は今大学生で、今も家にいる。

 二人ともクソみたいにうるさい姉で、おかげで俺は女が大嫌いだ。


「華英さん、綺麗じゃん」

 ベッドに転がったまま漫画を読みながら奏は言う。

「顔はマシだけど、ほんと最悪だぞ。ブラ投げつけてくるし、パンツ丸見えで転がってるし、最悪だ、最悪」

「うちの姉貴もそんなもんだ」

「バカ、由貴子さんはそんなことしないだろ、本物のお嬢様じゃねーか」

「悪人だぞー、あの女は」

 奏にも姉がいて、もう成人している。

 小早川の家のパーティー的な時に見たことがある。とにかく美しい。

 立ち姿も、真っ直ぐな黒髪も、素晴らしすぎる。

 あれは姉じゃない、お姉様だ。

「由貴子さんのパンツならありだろ」

「マジでキモイな、お前」

 境遇が似ている俺たちは、小学校、中学校、高校とずっと一緒で、一番の仲良しだ。



「おおおおお!! 当選したぞ!!」

 俺はスマホを見て叫んだ。

 今いちばん人気の歌手、西川美和湖のコンサートに当選確定メールが届いていた。

「マジで!!」

 漫画を読みながら転がっていた奏がベッドから下りてくる。

「見ろよ!」

 俺のスマホの画面には、当選二名様という表示。

「ヤリーー!!」

 俺と奏は手を叩いて喜んだ。

 パシンと軽い音が部屋に響く。

 西川美和湖は、バラ―ド歌手で、俺も奏も大ファンだった。

 今まで何度もコンサートに申し込んでいたが、落選。

「やったな!!」

「マジか。俺も良いの? 良いよな? 行っていいよな?」

「もちろんじゃん!」

 やべー、やべー、何着ていく? ちょっと音楽かけようぜ!

 俺たちは一気に盛り上がり、ベッドの上で跳ねて喜んだ。

「うるさいぞ、了太!!」

 横の部屋から華英ババアの声がする。

 俺と奏はするするとベットから下りた。

「……な? 最悪だろ?」

「そんなもんだ」

 俺たちは体を寄せ合いスマホの画面にうつるメール画面を見ては、にまにました。




 パーン! と矢が的を抜く音が響く。

 同時にカーンと鐘がなる。

 俺は胴造りのまま、前にいる奏を見ていた。

 奏がゆっくりと弓をひき、狙いを定める。

 弓を引ききった状態、【会】になる。

 左肩が上がっていたので、俺は一歩前にでて、その肩を直す。

 矢が放たれて、ど真ん中に矢が刺さる。

 パン!! と大きな音が響く。

「よし」

 俺は小さな声で言った。

 前にいた奏が振り向く。

「ありがとう、了太」

「また上がってたぞ」

「サンキュー!」

 奏は会の時に、左肩があがるクセがある。

 あれさえ直せば、4本中2本は当りだろう。

 奏は礼をして、下がった。

 俺は一番最後、オチのポジションにいる。

 弓をセットして腰から力を抜き、重心をお腹より下におく。胴作り。

 的をしっかりと見て、持ち上げて、ゆっくりと引く。

 狙いを定めて、力を入れずにカケ(弦を引く時に右手を保護する鹿革製の手袋)から弦が離れて、矢が放たれるのを待つ。

 長い会の状態。

 ビン! と弓が回転して、矢が放たれて、的の真ん中にドスンと刺さった。

「よし!」

 後ろで大きな声で奏が言う。

 俺は礼して、そこから下がる。


 俺と奏は同じ弓道部だ。

 小早川家の教訓というか、子育て方針は、高校まで好き勝手。

 でも大学からは親の指示通りに生きてもらう、らしい。

「今年は県大会くらいは出たいなあ」

 今年、俺と奏は高校三年生で、この夏の大会を最後に引退だ。

 だから最後のチャンスになる。

 奏は巻藁(まきわら・藁をまとめて弓道の練習に使うもの)に矢を放つ。

 ドスンと重い音が響く。

「了太はいつも個人で行ってるから、すごいよなあ」

 俺は高校から始めた弓道にハマって、暇さえあれば練習して、かなり上手くなった。

 個人では県大会まで出られるが、やはり団体戦では、俺のように四本すべて的に当てるのが当たり前の腕前が数人必要で、難しいのが本音だ。

「メンタル勝負だから」

「なんだよ、俺のメンタルが豆腐って言いたいのか?」

 奏は俺を睨む。

「大会のたびにヤラかしてるから、まあ豆腐なんだろ」

「へー、へー、了太さまには敵いませんよ~」

 二人で裏の方に矢を取りに行く。

 季節は春。

 もう予選が始まる。


「あの、小早川さん、私と付き合ってもらえませんか?」

 自転車置き場。

 女の子が待っている。

 俺は気を使って手前で待つ。

 奏はモテる。

 顔はスッキリしていて、身長が高い。それに金持ちでお坊ちゃまで、家も有名財閥、頭もいいし、イヤミじゃない。イケメン役満。

 俺? 俺は普通だ。身長も普通、顔も普通、勉強も普通で、家も普通。普通の役満。

 当然告白されたこともない。

 今、奏に告白してるのは学年でも可愛くて有名な神崎夏実ちゃんだ。

 まっすぐな髪の毛に短すぎないスカート。なにより瞳が大きくて声も可愛い。そして胸も……。

「俺、誰とも付き合う気ないから」

 あーあー、いつも通り、奏は瞬殺だ。

「そうか……」

 神崎さんはうつむいた。

 もったいない! もったいないお化けが出る!!

「了太、行こうぜ」

 奏は自転車を出して、乗った。

 俺も横にあった自転車を出した。

 チラリと神崎さんを見ると、大きな瞳に涙がたまっている。

 あーあーあー…。本当にもったいない。

 もう走り出している奏の後ろを追う。

「もったいねーなー、いつも思うけど」

 俺は自転車を漕ぎながらいう。

 桜がまだ満開で、坂道を彩っている。

「誰と付き合っても無駄だ。俺、大学に行ったら婚約して、親父の会社でバイトだし」

「え? 婚約?!」

 はじめて聞いた。

「決まってんの、相手はまだ決めてる最中みたいだけど、俺はなんでもいい」

「まじかー、金持ちはつれーな」

「それにあの女、親父がうちの会社の関連企業で働いてる」

「え、神崎さん?」

「たしかやらかしてクビ一歩手前。娘の売り込みだろ」

「えーー、まじかーー、でも目に涙ためてたぜ」

「演技だろ」

「まじかーーーー?」

 俺は桜に向かって叫ぶ。

「お前は純情すぎんだよ、了太」

 奏はハンドルから手を離して、桜のトンネルを見上げた。

「わかんねーわー」

 俺は最初から奏=一緒に虫取ってた仲間、だから今でも金持ちという感覚がない。

「お前はさ、お前のままでいいんだよ」

「マジか。じゃあアイスおごれ」

「マジ意味わかんねーし!」

 二人で自転車で加速した。

 春の風が気持ち良い。


 河原に転がって、アイスを食べる。

 俺はカップの中にチョコが入ってるアイス。

 奏はいつもモチモチの餅にアイスが入ってる商品だ。

「マジ平和だなー」

 奏は制服の上着を脱ぎ捨てた。

 そして転がった。

 俺も同じように転がって、空を見上げた。

 冷たいアイスと、これから暑くなる空気。

 チュンチュンと鳴く鳥の声と、断続的に続く川の流れ。

 たしかに平和だ。

「俺さあ、来年から東京だわ」

「まじかー、まあ仕方ないわなあ」

 ここは地方都市から電車で一時間。東京に比べたら田舎だ。

 あの巨大な家は小早川の別荘らしい。

 東京に小早川の、もっと大きな家があるとは聞いている。

「もう終わっちまうのか、俺の青春」

「青春」

 俺は残ったアイスを口に入れた。

 青春なんて、青春を終えた大人が言う言葉だ。

「はー……」

 奏がため息をつく。

「まあ、遊びに帰ってこいや」

 俺は田舎で適当に就職するつもりだ。

 何か夢も、やりたいことも、特には無い。

 二人で無言で流れる雲を見ていた。

「雲の、先には~~」

 ぽつ、ぽつ、と奏が歌い出す。

 西川美和湖のヒット曲だ。あの雲の向こうに。

 俺は奏の歌を静かに聴く。

 奏の声は、低くて響いて、それでいて高音は伸びて、俺は好きだった。

「あなたが、いて~~」

「だから~~、わたしは~~~」

「いきーてー、いくーー」

 二人で静かに歌った。

 来週のコンサートが楽しみだ。

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