12・13 ~疑惑~
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暗闇の先に光があると、誰が保障してくれるのか。
暗闇の先は永遠に暗闇で、自分にそんな栄光は滑り込んでこないって事を、義務教育の段階で教え込むべきだと、杉本は常々思っている。
途中で尻すぼみのまま終了させられたスピーチ、そして変わらぬ視線。
それは殺意とも取れる。しかしながら、記憶にはない。
何かで蹴落とした?それは無いだろう、落とせる要素が見えてこない。
となるとやはり間接的。私の行為により貴女の大切な何かが傷付いた、であろう。
あえて前に出るか?思い切って聞くか?
一応、考察だけはしてみたが、即撤収。残念ながらあの熱視線の前では、言いたいことの半分も言えないだろうから。
室内の空気を変え切れなかった音色を恨みつつ、倉橋は一歩前へと。
『杉本、新しいメット出来てるから、後でラボ来いよ』
ライターよりも効果的な音色に、場の空気は少しづつ元の圧力に…。
『一応な、5%程の軽量化に成功しとるからな』
正直、たかが5%変わっただけで…とも思うのだが、今は乗っかり空気の浄化に努める。
『あら?それは女性に優しい。だったら色違いをもう一つ作ってよ、桃色でさ』
牧野は杉本不在の3日間で聞かされていた、杉本の昔話を。
私と同等かそれよりも厳しい世界を、彼女は切り抜けてきたんだって事を。
今でこんなに辛いんだ、きっと自分には耐え切れなかっただろう。
自ら命を絶つ選択だって、選んだかもしれない。
同じ境遇に落ちたもの同士、意思は通ずる所があり、互いに少しづつ理解できる環境があり。二人の距離は、駆け足よりも速いペースで、接近していた。
『いいですね、室長?実はもう作ってあるんでしょ?』
牧野は杉本の意図に乗っかり、話を膨らませて行く。それを日本人ならではの気遣いを持った男性人が追従し、この場の空気を一気に温めにかかる。
そして皆、心の瞳で金髪美女を確認していた。視線は収まったか?笑顔は戻っているか?
『室長、私の分もお願いしますよ、イエローでね』
造花のような笑顔と共に、彼女の口から毀れる台詞に、とりあえずの安堵を。
だが、心の奥に住む闇は、簡単に消えてくれそうに無い…。
それは明らかなる事実。でも今はそれに蓋が出来た、それだけで一同満足だった。
今日は先日の鷺宮小学校にて、穴埋めとばかりに普段以上の演武を披露してゆく面々。
しかも5人ではない、長身のスレンダーな黄色が混ざっているのだ。
子供たちも大満足にて、ベニス戦隊を応援してゆく。
牧野はこの景色が一番好きだ。普通のTVヒーロー戦隊がショーをしているこの感じが。
本当はこれを望んでいたのかもしれない。血なまぐさい戦いに落ちるのではなく、
台本とカメラとスタントマンが創作していく世界で生きる事を。
まぁ、それももはや遅いと牧野は思う。すでに失ってしまったのだ、掛け替えのない者を。
『さぁみんな、力を合わせて最後の攻撃よ!』
変装し敵役となった小杉が、苦しそうに悶えている。そこへ6人の跳び蹴りが炸裂し、大団円。シナリオは失敗なく無事フィナーレを迎え、子供たちの興奮も最高潮となる。
『みんな、今日はありがとう!』
ヘルメットを外した6人が、レッド杉本の子供向けスピーチに合わせて笑顔を振りまく。
男性陣は少々固い笑顔だが(男性陣の笑顔担当元レッド林不在の為、やむなし)
3人の女性、特にレイニ-の笑顔は国際規格、一番の輝きを放っていた。
この人は子供の笑顔が大好きなんだな…と、牧野は感じる。
そして、先ほどの表情が嘘偽りであったのだと、思い込んでいた。
この笑顔が出来る人に、悪い人はいない…。
だが、スピーチ中の杉本は常に感じていた。彼女からのドス黒い圧力を。
自身を押しつぶそうとする圧力を。
(そう、それを私に向け続けるの。なら私も考えないとね…)
理由と解決策。
なかなかに、長い道のりに成りそうで、杉本は誰にも気付かれない音量で、ため息を鳴らした。
ベニス戦隊東京支部地下4階に、この国の全てを収めた資料室がある。
恐らくは警察関係にも、国政関係にも、これを超える資料室は存在しないだろう。
そこへの入室を許可された者のみ持つパスカードを通し、小杉はその重厚な扉を解放させてゆく。
『国内は強いが、海外はまだまだだぞ?』
この部屋への入室を希望したのは小杉ではない。その希望者は彼の後ろからスルりとその床に足を乗せてゆく。
『えぇ、大丈夫です。海外分野でもここが日本一ですから』
杉本は周囲を見渡し、お目当ての箇所へと直行してゆく。
国名で並べられた棚の一番左、Aから始まるここが、杉本の着地点。
『私も知らんのでな、手伝うよ』
小杉と二人、資料の森にて深く潜る。
その憎悪の根源が、見つかるまで。
-13
数々のフラッシュと、人数以上に存在する私に向けられたマイク。
記者会見はいつも私の独壇場でしかない。頭に粘りついた悪事と、表面から流れ落ち続ける綺麗ごとを重ねて、私は今日もこの時間を過ごす。
週1回開催の定例総理会見。当然私が企画し、私だから続けられる恒例行事。
生中継されるこの放送は、視聴率も安定して二桁に及び、私の支持基盤を温め続けているのだ。
『総理、では最後に一ついいですか?』
髪型と服装、そして顔の各パーツ。どれをとっても覚えがない。
新人か、新参者か、だろう。出羽はその見知らぬ中年記者に続きを促す。
『ロシアが不穏な動きをしている様ですが…どうなされますか?』
出羽は発言の機会を与えたことの、自らの愚を呪った。
なんたる無意味な質問、これに答えなければならないのか?
だが彼の信条は来る者拒まず・聞く者拒まず、である。答えるしかないのだ。
『不穏…というのは、例えばどういった事をさすのでしょう?』
質問に質問で返す、通常なら愚だが、この記者にはもってこいだ。相手してやってるだけで、有り難いと思ってもらおう。
『…なにやら地球外生物と契約を結び、怪人の瞬間移動を可能にしている、とか』
出羽の思考、一端停止する。
誰しも謎に思いつつ、きっとUFOだかで飛来しているのだろうと解釈していた。
目撃される情報と、昔からの空想の産物が合わさり、皆がそう思っていた。
そして何よりの大前提は地球外生物=怪人=人類の敵、それが共通の解釈だったはずだ。
一瞬の機能停止状態から抜け出した出羽は、その記者へ更に問う。
これは先ほどの問い方とは違う、その情報の真偽が知りたいのだ。
『正直、私はその話を聞いた事が無いし、簡単に信じる事もしないが…いったいどこからそんな情報を?』
記者はニタリと笑みを溢す、そして声のトーンを一つ下げ答えた。
『ご存じだったでしょう?この話も出所も?』
周囲の記者団が、中年と総理を交互に見つめる。総理に動揺はない、中年の勝手な憶測か?
それを実証するかのごとく、彼はフーッと息を掃出し、得意のヤレヤレ顔を魅せてゆく。
『それこそ、どこからそんな確証を? 何より知っていたら全力で止めるのが我々人類の役割でしょう?』
瞬間、中年記者のニタリは消え、彼は一歩前進する。
そしてトーンを逆にあげ、声量も上げる。
『そう、役割であり責務だ。だからこれを続けるアンタ等が憎い!』
出羽、再び思考停止せり。
人の罪は無知な事。知らなければならない事を知らぬ事、それは罪となる。
特に出羽のような立場の者が把握していないのは、最大級の罪だ。
彼に代わって代弁しよう、本当に知らないのだ出羽は。
ロシアの動向も、そんな計画も、実行可能であるかどうかも。
だが中年記者の恫喝で、出羽はクロとなる。無罪を主張するも一度染まった色は簡単には覆らない。
複数の口から、説明を求める声。スキャンダルのなかった総理に土が付く瞬間に立ち会えた幸福とばかりに、各記者は声を張り上げる。
まぁ、出羽としては何ら後ろめたいことなどない。冷静に対処し、言葉を繋いでいくのみ…。
『証拠写真だってあるんだ!』
話が終局を迎え、やはり出羽は正しくて、中年記者の勝手な妄想だ…と治まる所で、またしても。
『では見せるがいい、いまここで!』
流石の出羽も声が上がる。満員電車で痴漢行為に及んだと吊し上げられたサラリーマンの気持ち、今ならよくわかる。This is 冤罪。
フッと笑い、大量のプリントを配り始める中年記者。それを渡された者たちが順番に波を起こし、全体へと広がっていく。その波が出羽を直撃し、彼の築いてきたものを1枚1枚剥がしてゆくイメージ。
(何が写っているというのだ…?)
彼の第一秘書である福田清二がダッシュで用紙を回収、親愛なる上司へと運ぶ。
『…榎本…!』
そこに移るはロシア人と思われる男性と握手をする、内閣官房長官【榎本史郎】
そしてその脇には一目でわかる地球外生物が…。
目の肥えた記者団だ、これが捏造でないと分かる。そして目の前の男がクロであるということも理解する。直属の部下が事を成しているのだ、その上司が知らぬ訳はない。
だが繰り返し言おう、彼は知らなかったのだ。直属の部下の不始末を。
だがこれはまずい流れである。全国ネット生中継である。このまま下がれば私の築いた城は簡単に崩壊する。先生から奪った全てが消え去る。
出羽は内部でフーッと息を掃出し、精神の高揚を抑えてゆく。
こんなピンチ、何度もあったし何度も切り抜けてきた。それは彼の自信であり、
彼を支える真の基盤であり。
…だがここで違う・知らぬと弁明しても、伝わりそうもなかった。
榎本が絡んでいたんだ、簡単ではない。
だからこの場は引くしかない、この汚名を背負ったまま…。
『私の預け知らぬ問題であります。ゆえに早急に原因を究明いたします』
出羽は立ち上がり、その場を逃げるように去ってゆく。
屈辱、そして怒り。『榎本…!』
彼の矛先はインプットされた標的へとまっすぐ伸びる。
『福田!奴を呼び出せ、今すぐだ!』
フラッシュと怒号の治まらぬ記者会見場で聞き取る事など通常では不可能。
だが彼は出羽の口元を読み、それを実行してゆく。
その刹那、福田は光の袂を確認した。
(終わるかもしれないな、この時代が…)
転職を考えるべきか?との心の中を隠し、彼は現職務を全うしていく。