③ー29
ー29
予定時刻通りに、上空に浮かぶ物体が見える。
『見つからないように迂回したろうに…』
回収に来ていた北のベニスブルー堤は、気苦労の耐えなかったであろうパイロットを思い、一礼。
まぁV-107シーナイトより登場したる搭乗者は思いの外元気で、
堤の心は何時も通りの空回りとなる。
『本部よりのクリスマスプレゼントです!』
…きっとそう言えとあの人に命令されて来たのだろう。
『小杉さんは元気に?』
堤が北へ転属となったのは10年前。
その日より一度として会ってはいない。
それまでの日々から比べると真逆であり、
小杉ロスに成らなかったのが謎でもある。
『あの人は社会人としての師匠みたいなもの、もちろん悪い方の意味でね』
北のベニス内では年の近いブラック相川に、何度となく話した東京時代。
それを相川に聞く耳があったならば、もっと色んな出来事を引き出せたのだろうけど。
彼にその意思は皆無…。
『こちらがマニュアルになります』
とは言うものの、そこまでの厚みもなく。
『…東京の雨とは別物ならゴメンね、か』
あの人の直筆だろう、まったく笑えないよ。
そして渡される6本の傘、これで橋を渡る訳だ。
命を賭けて。
『では、幸運をぉ!』
相変わらずの元気な同乗者を見送りつつ、堤はゆっくりと車を走らせるのだ。
戦闘準備完了のまま、待機する仲間の元へと。
堤が一方的な感情で仲間と思ってる、とかではなくてね。
こちらの空にも到着したるシーナイト。
渡す人物と受けとる人物が違うだけ。
『沖縄と九州をよろしく、ですか』
沖縄ベニスに席を置く3人目、
ベニスブルー【仲本 清雅】が無口と言うか元気のない搭乗者より渡されたる
マニュアル内の直筆サインを独唱。
特にかの人とは交流もなく、ふーんとだけ。
『むぁ、東京を何とかしろって訳じゃないならさ』
記録されてる先祖は全て沖縄人。
それが誇りであり、仲本の存在価値であり。
『自分のもん、護るに決まってる』
受け取った5本の傘にどれ程の意味があるかは知らないが、
これでようやく開始となるのだ。
不愉快しか与えない奴等の姿を、この世から消し去る戦闘が…。
代々漁師にて生計を立ててきた仲本家において、彼は亜種。
だがその血筋を絶やしたわけではない。
彼は両刀、それも錆びた刀ではない。
漁師としても、ベニスとしても、名刀となるべく存在。
そこに価値がある、彼の血筋を燃やす価値が。
例えここで、途絶えようとも。
『さ…』
愛車のオープンカーは4人乗り、その後部座席に傘をほり投げ、男は颯爽と支部へと戻る。
血筋と同様かそれ以上に大切な、仲間の元へ、と。
自分の心臓が動いている事に感謝する時間、
彼にはまだ与えられていない。
いや、我々の知らぬ世界や感覚で、もしかしたらはあるが。
意思表示をしない出来ない者に、現状では解決しようのない事柄である。
『後は本人の気力次第です…』
前段同様に解決しようのない事柄、意識の無いものに気力を要求する方が間違いとなる。
だがそれしかない、それにこの国の運命の一端はある。
『大丈夫です、総理の命運は、こんな事では…』
誰の発言かは不明だが、それに皆が無言で賛同しているこの空間に、
彼の人となりが現れている訳で。
死ぬには惜しいと、利権やら私利私欲やらの根底には蓋をしつつ。
東京ベニス・ピンクにしてリーダー代理となった牧野は、
最終的なる会合と称して、メンバーを楼幻の間へと集結させる。
『レッドが戻るまでの時限式ながら、勤めさせて頂きます』
最年少であり、勤続年数も当然の最少。
その私がこの人等の命を左右する決断をしなければならない。
それは重くのしかかる、杉本が戻るかも?な期待がある分、余計に辛く。
もしこれが時限式でないなら、腹も括れて火事場の何とやらが出せたかもしれないのに。
まぁ、それはそれで辛いのだけどね。
『ワシは異存なしじゃ』
一番相応しい人の後押しが有難い。
牧野は右端の初代レッド川端(現ベニスゴールド)から順に視線を滑らせて行く。
『俺たちは女の尻に敷かれる運命なのさ』
実質最年長の岡林、貴方を敷いてるのはレイニーだけよ?とか思いつつ。
『杉本が帰ってからも、牧野がリーダーで良いだろ?』
そう、生きてるんだあの人は、簡単にクタバルモンカ。
『頼むぜ、流源の調べを聞かせて…』
誰?
メンバーって私を含めて4人だよ?
まぁ、その体型からすぐに分かる。
その声から…もあるけど。
『小杉統括…』
本人が望んだのか、はたまた大先輩川端の圧力に屈したのか。
何にせよ覚悟の目をしている。
遊びではないよと、その表情が語っている。
『一応な、この時に向けた準備はな』
短い時間、数日数時間。
それで何が出来ると言うのだろうか。
恐らくは何も変わらない、覚悟を決める時間を与えられただけの事。
『統括…、いやブルー』
岡林が使えないなら置いてくぜ?と声を足す。
『前のブルーより、男前かな?』
御堂の声は真意が掴みにくいが、彼なりに生きている者を大事にした台詞。
『…今日この瞬間から、統括とは呼びません』
彼女はそこに、時限式が解かれるまでと、
そのスーツを脱ぐまで、を足す。
『さぁみんな、01時ジャストに、もう一度ここへ…スーツ着用で』
その声に迷いはなく清みきって。
聞く者の心をゆっくりと振動させたという。
恐怖ではなく、高揚感にて。
川端は、このままレッドが戻らなくても良いと感じていた。
当然、戻るに越したことはないのだけど。
時間だけは平等に過ぎて行く。
それをいかに利用するか、いかに使用するかによって、
数多くの差が生まれるのだ。
才能は1%分しか、意味を成さないのだから。
与えられた1時までの時間、岡林は思い出を振り替える時間に当てた。
入社当時より更にさかのぼり、自らの人生を回想するのだ。
荒れていた学生時代、それを救ってくれた赤きスーツの男。
そして導かれ出会った、もう一人の赤きスーツの男。
彼と共に戦えた時間は、自身最大の価値ある物であり、
これに勝る物は、きっと現れない。
それは杉本にも牧野にも、太刀打ちできない事柄なのだ。
岡林の、かけがえのない財産。
一方の御堂は違う。
彼の意味や価値は、右手が異様にデカイ怪人に復習した時から始まるのだ。
妹をズタズタにした、あの右手を捜しだし葬る。
そこにしか存在意味はなく、それが終わらなければ何も始まらないのだ。
だから思い出を回想するなんてない。
何時ものように、右手を想像し、憎悪を燃やすのだ…。
川端には時間の猶予があるのかないのか、どう悩んだところで不明。
明日突然電池が切れたように倒れこみ、そのまま2度と活動しなくなるかもしれない。
逆に時計は回り続け、牧野の孫となる人物に封・燐・果・斬を伝授しているかも。
つまりは考えるだけ無駄である。
川端に出来ることは、この瞬間を精一杯生きることであり、
この一瞬に全力注ぐのである。
『入ります』
この建物内にいる内は、必ずその口調。
いや、普段でも同じだろう、彼女が私に親しく話しかけるなんてのは、
ありはしない。
『…本当に、行かれるのですか?』
娘は一応知っていたらしい。
そして心配をしてくれているのか、そんな口調ながらも。
『ま、後方支援さ』
父と母が顔を背け出したのは、私が赤飯の意味を理解しかけた頃であり、
実際にそれを食べる時にはもう、父は居なかったな。
それは意味不明な出来事であり、彼女にとっては簡単に受け入れる事ではなくて。
でも時間が経てば勝手に認識する。
もう、父は、父の居場所はここではないんだ、と。
『集合までの1時間、少し話そうか』
これは父娘にとって貴重な時間となり、
今までの空白を少しだけ、
埋めてくれるのだ。
『必ず、帰って来て下さい』
…次会う時は、血の繋がりを感じる言葉を下さいな、と。
深く願う新生ブルー。