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10・11 ~足枷~

-10


 一日が長く感じれるといっても、実際に長くなる等は無い。

レッド杉本にとって、朝から最終の歓迎晩餐会までの濃密なる一日も所詮は24時間分。

25時間や30時間になる訳はない。

だが目覚めの感じは、40時間くらい頑張ったレベル。手足の張りも頭の重さも、

全てが規格外であり、過去未体験となる。

同様に重いまぶたを強引に広げ、そこにあるべき物を探す。

(ふ~ん、夜中の…ではないのねコレ)

目覚まし時計が機能しなかった事に気付くも、だからといって時は戻らない。

戻せる機能があるならば、どんなに喜ばしいことだろうか。

恐らくは全世界共通の願望だろう。昨日の、つい先ほどの自分をやり直す方法を教授して頂く事は。案外、成功者と呼べる人々はその方法を何らかで知り、他言無用の合言葉と共に優雅な日々を歩んでるのではないか?

だとしたら是非譲っていただきたい、その方法を。

我々にだって幸せになる権利はあるのだから。

…それは妄想、杉本の大好物。学生時代は毎晩妄想を考えないと眠れなかったものだ。

まぁ途中から考えるを超え、その中に入り込む(彼女はダイブと勝手に名付ける)妄想で無いと眠れなくなったのだが。

流石に今は違う。今は現実も見ているし、自分を理解しているし。…まぁ、妄想は大好物だから辞めれないけど。

突如鳴り響く爆音、だが目覚まし時計ではない。とうの昔に無意識のご主人様に鳴る事を拒絶されているのだから。

この爆音は嫌いではない、少し出るのを躊躇う位の美声と軽快なる旋律。

杉本が学生時代から変わらぬ着信音を止め無い理由は勿論そこではない。

『はい、杉本です。おはようございます統括…』

昔ながらのアニメに登場する頑固親父が『バカモーン!』っと怒鳴るシーンの体感を期待した杉本の願い届かず。

『どうだ?リミット・バックの後遺症は簡単では無かろう?』

優しい声、彼氏は無理でもパパなら良い?

そんな妄想を妨げる、小杉の次の言葉。

『今日を含めた3日間は自宅待機だ。緊急招集以外は、ゆっくり休んでおけ』


新しい朝を迎える時に、人によって考えが変わる。

鼓舞し飛躍させる事を誓う者、始まりに落胆し深いタメ息を合図に行動開始する者。

人によっても日によっても、様々だろう。

当然私は前者だ。鼓舞し自らの全てを信じ邁進する。それが私だ。

総理大臣として今期で3期目。親父と慕った桂田が身を引いた3期を超える事は明白だろう。4期目の当選も、それに至るための根回しも全て、完了している。

出羽総理大臣は、毎朝5時に起床し自宅周辺をジョギング。1時間後に帰宅しシャワーを浴びる。そして7時に朝食を取る。政治家となってから毎朝続ける恒例行事。

変わらぬ日常、その気も無いが。

総理大臣としての任を国民より託され早8年。彼は飽きることなくこの朝を、

同じ躍動心のまま迎えている。

まぁ同じとはいえ、その時々によって抱えている疑念は違う。だがその解決へと向かう道筋は同じ。

彼が判断し、彼の意見が確実に通る世界。それは大統領制の様であり、それよりも上の

独裁政治的であり、先駆者が目指したこの国の未来図とは懸け離れた世界であり。

だが…と出羽は思う。今この国には私のような指揮者が必要不可欠なのだ、と。

不要にして無用の議会を延々と開催し、国税を無駄に垂れ流し、結果頭にカビの生えた人種が産み落とした無策によって、この国が傾斜して行く。

考えられない珍事、愚の骨頂。

だから必要なのだ、私が、この頭に宿る数々の思想が。

彼は自らを肯定する。それが確かにこの国の為となっている今はいい。

彼の頭脳がブレてない今のは…。


『よくもまぁ…こんなんで生きてましたな』

銜えタバコでモゴモゴ話す男の名は【倉橋 清雄】

ベニス開発室の室長である。

絵に描いた中肉中背、頭もボサボサ。まさに絵に描けたる研究者な外観。

まぁ、中身はこう見えて繊細なのだよ…と、本人談。

『しかも初陣でこれだよ? まったく運がイイやら悪いやら…』

普段の強張った表情とは違う統括に、隊員なら二度見確定である。

それもそのはず、2人は同期入社。目指す先は違っても、歩んできた道筋は共有。

掛け替えない無い、数少ない、真の仲間である。

『チタニウム合金製のヘルメットを破壊する怪人、か。やっかいですなぁ…』

この身を提供して最前線で戦う訳ではないが、気持ちは常に入れているという倉橋の表情が曇る。そして思う、私なら死んどったな、と。

倉橋はため息交じりのタバコの煙を吐き出しつつ、顔半分のヘルメットをスルリと落下させる。深紅の塊はデスクの端に落とされ、チタニウム合金独特の鈍い音が室内に響く。

その音は広がり、音響を重ね、このベニス開発室のある19階全体を包み込む様な感覚。

願わくば、命の消失した渇きの付随された音で無い事を常に願う…。

倉橋は酔う、自らの頭脳が導き出す至福の言霊に。

『まったく、変わらんよお前さんは』

初めて酒を酌み交わした夜と変わらぬ旧友に、小杉は最近の苦悩を忘れる笑顔を零す。

それは一瞬の出来事なれど、小杉には大切な時間。

あの日失った掛け替えのない時間。戻ることは無いが、再び構築することは出来る。

だが、それは一瞬の事、すぐに仕事の顔へと戻る。

『で、例の話だが…』

彼の苦悩が尽きる事など無いのだ。



-11


 季節を4つに分け四季と呼ぶのは、昔ながらの決まりごと。

…誰が決めたのだろう?

季節を6つ位に分けても良いのではないか?

呼び方は固有名詞になるか、小夏や前夏のような形になるのかは置いといて。

3日間の自宅待機を仰せつかった杉本は、ハードな寝癖を直すことなく朝食へと向かう。

予定されていた食パンは食べ飽きている為、急遽雑炊をチョイス。

『確か冷凍した余りご飯があったハズ…』

先ほどの六季の答えを導くことなく、杉本は空腹を満たす為の行動を進めていく。

一人暮らしをして早16年、生活に必要とされるスキルは全て所持している杉本に、

同居人が増える予定もつもりもない。…まぁ、同居人が居た時代も勿論ある。

埼玉の地方支部に赴任していた時代と、別会社に出向していた時代と。

それは幸せなる日々で、満たされていた訳で。愛を欲する事と人肌を欲する事は違う、欲しいのは愛の方であり心の温もりである事を、理解するのに十分な時間と日々。

だから今、彼女は一人なのだ。仕事が恋人だから?とかではなく。

単純に愛せる対象が存在しないから、となる。

『佐々岡 哲夫』

杉本とは同期入社で、同じタイミングで埼玉支部着任。共に埼玉の治安維持の為に躍進した仲間であり、心を許しあった恋人。

当然、今杉本の隣に居ないのだから元恋人なのだが、ある意味現恋人。

『ここに、殉職した佐々岡准陸尉の2階級特進と、戦隊名誉勲章を授与する』

乾いた声と、すすり泣く音が不釣り合いだった事だけは覚えているが、後の事は夢の中か、はたまた空想か?位の記憶。

あの日、現場からの報告を聞いて以来、彼女の心は止まっている。

それは牧野と同様であり、ステージが林・牧野組より進んでいたので、更なる悲しみであり。

常に、毎日、傍にいた人が突然存在しなくなる。でも自宅には彼の面影が色濃く残り、

深くもない眠りから覚めた時、布団の横の温もりを探す。

泣かない日はなく、思い出さない時間もない。

生き地獄ってあるんだって、杉本は実感させられて、疲弊して。

それでも生きることを諦めたりはしない。死にたくないから?だけではない、それは遺言。

【生きろ】

ただ、それだけを残して彼は去った。地面に血文字で書くだなんて、なんて古風な。

でも、当時の杉本にはそれだけが頼み。頭で何回も連呼し、佐々岡の声を想像し、彼の笑顔を重ねて、リピートさせる。

そうしてようやく瞼が開き、脳が反応し、身体へと伝達され一日が始まる。

どこかでこのまま瞼を閉じたままに…っとの声が聞こえるも、すぐさま割り込んでくる彼の声『生きろ』

そのうち『はいはい、分かりましたよ起きますよ』っと彼を呪うのだが、それは数少なくなったノロケれる瞬間。

杉本が空想を大好物とするのは、彼との時間が蘇るからと結ぶことは容易く、確証を持つ者も少なくはない。


新体制発足より4日目の朝。

再び楼幻の間に集う5名、整列し統括の入室を待つ。

『流石に今日は、無いよね出動?』

ブルー辻本のそれは嘆願。杉本不在のこの3日間、大小(というより小・極小)の怪人退治を分刻みで実施させられ、疲労のピークであった。

まぁ、命の危険を伴うB難度クラスの怪人が現れなかったから、今こうして生き残れてる訳だし、杉本が3連休を満喫でもないがする事を許された訳だ。

『そんなの、怪人様に聞いてみないとさ』

ピンク牧野がさらりと髪を掻き揚げつつ回答。むろん、何の解決にも繋がらないのだが。

雑談というのは必要不可欠なのだろう、人間同士が距離を縮める上で。

無意味な会話にも一応の意味があるのだと、理解している。

だが、初日に少し話した後3日空きの杉本に、その選択権は与えられていない。

突っ込みどころはあれど、口にするまでの勇気は湧かぬ…いい年なのに何してる?と言われそうだが、残念ながら生来のモノ。議論等はお断りだ。

『杉本さん』

人間不意を突かれても何とか冷静に対処をしたいと願うし、実際その動揺を隠す努力をする。まぁ残念ながらミス人見知り選手権準優勝の杉本に、その器量はなく。

裏返ったる声にて、続きを促す。

『リミット・バックの後遺症、もう大丈夫?』

パープル岡林が気を遣い、わざわざ考えてくれた質問だ、全力で答えるしかない!

『…えぇ、なんとか』

我ながら広がりのない、最低な返し。なんとか次に繋げる努力はすべきだが、言葉には成らない…。

沈黙が辺りを包み、静寂が残酷に時を刻む。時間の経過よりも、打破する何か、つまりは小杉の登場を待ちわびる杉本…

シューンっと聞きなれた自動ドア解放音、別の意味の解放を喜び入室者を見るも、誰?

金髪、長身、顔面から日本人でないことは分かる、が誰?

続けざまに知った顔が2名入室してくる、小杉&倉橋の仲良し同期組だ、一安心。

今月の号令はグリーン担当、甲高い声と意外なる声量の御堂に、ファンは多い。

機械と同等の動きにて礼節を済ます一同、それを部屋の端から眺める金髪美女。

少々恥ずかしいのは、恐らく前線生活に慣れていない杉本だけ。他のメンバーは都合よく麻痺し、何も感じないそうだ。

中央に位置する小杉統括が話を進める。それに伴い、端から中央へと移動する金髪美女。

『彼女はレイニー・クリフト、ロサンゼルスの戦隊員だ』

支部ではない、ベニスは日本国内だけの組織。

『アメリカにはアメリカの、アメリカ用の怪人が出没するそうでな、今回君らの傍で勉強したいそうだ』

上からだ、大国アメリカ相手に臆することなく前進するベニス戦隊東京支部。

グリーン御堂の顔が自然とニヤケ、誇りすら感じ拳を握る。

我々は成し遂げているのだ、世界規模の怪人出没事案に対して最先端の事を。

それはグリーンだけの感覚ではない、杉本以外の4人全会一致の感覚であった。

…杉本だけ違った。彼女は記憶の回想の旅へ、…聞き覚えのある名前だ。

『ワッツ・クリフト!』回想の出口を見つけた彼女は、思わず声に出す。

流石に恥ずかしさは急上昇し、彼女の視界は奪われてゆく。

その続きを聞けそうもないことを悟った小杉は、勝手にバトンを受けつなげてゆく。

『そう、世界平和国際機構のワッツ局長は、彼女の父上だよ』

ワッツ・クリフトは学生時代に発表した論文【新世界の足枷】にて全米の注目を集め、

更にその時すでに1歳になったばかりの赤ちゃんのシングルファーザーであったことで、学会外からも注目を集め。俗に言う時の人となったのだが、まぁ所詮は一時の事であったが。

『なるほど、つまりあの全米学士号授賞式でワッツ氏に抱かれていた赤ちゃんが…?』

『そう、彼女だよ』なかなか鋭いな…の含みニヤケを見せつつ御堂を見る小杉。

チームをまとめるスキル以外でなら、十分隊長職を託せる素材なのだが。

金髪美女事レイニーは、ゆっくりと小杉の横へと並び、その大き過ぎず厚い唇より言葉を発してゆく。

『皆様、始めまして。レイニー・クリフトと申します。今回はこのような…』

違和感、このビジュアルに対しての、この流暢な言葉使い。時折発せられる、日本人でももはや使わない言語。彼女は本物のプロであり、日本訪問が決まってからの3ヶ月で叩き込んだのだ、古くから伝わる日本の伝統を。多少データが古かったのかも?はあるが。

約3分間まとめられたスピーチ、練習もそこそこでのこの完成度。

どうやらIQとやらが違うようだ。一応のエリート集団のベニス組も、背伸びせねばならぬ程に。

その時、小杉が杉本に目で合図を送る。…なるほど、ベニス代表として何か言え、と。

数えるほどの面識と、東京支部着任から数日しか小杉との接点はなくともこれは分かる。

杉本は内面でフフフとほくそ笑む。(数々の式場でスピーチをお願いされ続けた私よ?)

独演会と称される一歩手前のレベルとの自己評価。人見知りもこの瞬間は眠りに落ち、

まさに独り舞台…。

『ベニス戦隊東京支部へようこそレイニーさん。私はこの隊でレッドをさせて…』

噛んだ訳でもないし、言葉に詰まったわけでもない。

それは巨大な圧力によって押しつぶされ、言葉を発する権利を剥奪された為。

憎悪?いや、そんな恨みを買うことなんて何も…記憶の断片を探っても、何も出てこない杉本に対して送られ続けるレイニーからの視線。先ほどのスピーチ時のフレンドリーさとは違う、憎しみの眼差し。向けるのは杉本、レッド杉本への一線のみ。

(アナタガ、レッド…)

少々、厄介ごとが始まりそうだなぁ~っと、半分以上他人事の倉橋が高級ライターにてタバコに火をつける。結婚20周年を祝して買って貰ったそのブランド品の着火時の音色によって、室内の澱んだ空気が浄化されることを、信じて。


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