③ー27
ー27
モスクワの終わりは、次の始まりを意味する。
『よし、遠方の2ヶ所より、輸送を開始する』
完成されてゆく命の傘、それを送る。
【V-107 シーナイト】
自衛隊の協力の元、巡航速度:241kmにて大陸を横断するのだ。
『北が待ちきれないと』
石原主任の微笑みには意味がある。
前進している事への幸福であり、期待。
まぁ、そこに最悪を迎えると言う結末は、
見えてはいないのだが。
見ようとしていない、とも。
『北のベニス、か』
ここからの舞台は、日本。
ベニス戦隊の出番となる。
『ざっくりで、3時間…ヘリなんかで送るからだ』
盾を5つも積んでいるのだ、マッハの世界を飛べる戦闘機じゃ運べないよ、とか思いつつ。
北のベニスレッド椿原の声に心で反応するイエロー尾本。
まぁ毎回の事なので、わざわざ声に出さない、とも。
言い勝ってしまうのだ、いや勝ちたくなってしまうのだ。
生来の負けず嫌いが影響しているのか
はたまた相手がレッドだからか。
まぁ、その話を極める気分になる事はないので、
広げる気もないのだが。
『ま、到着しても時間までは始めないんだろ』
ブラック相川が独りで呟いている。
これまた毎回の事なので、誰も反応はしない。
(決して嫌われ者ではない、はず)
『午前2時開演、だからな』
珍しいこともあり、ブラックに反応したるは
グリーン池上。
一応イエロー尾本と同じく最年少なのだが、暮らしてきた時間もあり、
そんな雰囲気はない。
それが良き事と言えるかは不明だが、
まぁここにいるメンバーがそれで…と了承しているので、
他の誰かが助言するものでもなく。
心底からの結び付きがどの部隊より重く深い。
それだけのことであり、それが北のベニス、
ということになる。
『堤さん』
ここだけは変わらない、例え心底が繋がっていようとも、この距離感は縮まらない。
それは尾本が彼の事を意識しているからとかではなく。
いや…意識はしている、受け入れられない異性てして。
普通に職場の人なら問題はない。
嫌いではないし、もしかしたら清二!っと名前で呼んでいたかもしれない。
(まぁ無いだろうけど)
だが私だって大人の女性、ずっと感じている好意の視線。
それが辛い、叶えてあげる予定にないし、
もしかしたらの可能性も、
ゼロに産毛が生えた程度。
だからない、その日は来ない。
そしてそれを彼は知ってか言ってこない。
だからスパッと諦めてね…にならない。
悪循環という程に何かが巡っている訳ではないけど。
何も変わらないまま、このままの状況を過ごす訳である。
無駄にね。
『分かった、回収には私が向かおう』
彼女の内面のモヤモヤを知ってか知らずか、
堤は足早にその場を去るのだ。
遠くから見ているだけでいいのさ…と、
背中で語りながら…。
ジムに通うのに理由がいるかい?
カッコつけて放つものの、基本的な条件はひとつ。
イエローに口論で負けたから。
10年前に彼女が入隊してから今日まで。
勝利した記憶はない。
北に椿原あり!っと言われ始めていたあの頃から、
北は椿原に…と託されている今。
その期間、敵わない相手はイエローの口。
まったく、これから戦いなのにオーバーワークしてしまいそうだ…。
『ほら、力が拡散してるわよ?』
集中のない行為に価値はなく、無駄な時間となるので指摘。
戦隊専属トレーナーの【柏原 優香】に言われては、従うのみである。
…椿原は残念ながら気付いてしまった。
イエローに弱いというより、女性全般に弱いのだ自分は。
確かに、ちゃんと異性と話せる機会は無かった(あまり)
この歳まで肉体の精進と怪人の滅殺に生きてきたのだから、
仕方のない事とも言える訳であり…。
自身に対して言い訳をしている自分が恥ずかしくなり、
彼は考えるのを止めた。
『そう!それよ椿!その集中と力加減よ!』
特に嬉しくもない賛辞だった。
『おい、キャベツが切れてるぞ、補充!』
沖縄にチェーン展開する沖縄県民御用達スーパーにて慣らした腕前、
そんな妄想は消し飛ぶ世界がここにはあった。
客数が違い、その勢いも違う。
もっとかの島では皆がのんびりと暮らしていたハズなのに。
なんなのだここは…。
沖縄ベニスレッド【新垣 誠太】はバイトに精を出す。
世界が滅びようかと言うときに、商売も買い物も就労もないのだが、
やはり中には存在する、そのままの暮らしを続けたいと切望する国民は。
買いたいという客あるのなら、売り続ける。
売ると言ってくれるなら、明日には紙切れになるかもなこれを差し出し購入する。
明日の御飯の献立とか考えつつカゴに投入し、レジを待つ。
非日常の世界を必死に否定する姿が、
美しいとは思わないけど。
新垣はそんな世界に身を置き、福岡を知る努力を続けている。
どうせ難しいことは分からない。
沖縄ベニスオレンジ【比嘉 奈津】に、全て任せてあるのだからさぁ。
福岡支所がどうとかは無い。
よく整理されてて、建物もまだ新しく綺麗で。
問題は戦闘を担当する部署だ。
『福岡ベニス…今はお一人なのですね』
戦いの果てで失ったなら仕方なし。
だが彼等は一番の時に、そのスーツを脱ぎ捨てたのだ。
自身の可愛さに負けて。
『恥ずかしい話ですが…自己を犠牲にしてまで戦う者はいませんでした。』
皆、給料の良さで、か。
比嘉は思い出していた、まだ沖縄ベニスが5人だった頃を。
『誰も悪くありません、なるべくしてなったのです』
唯一の残存隊員である福岡ベニス・グリーンに優しく話しかける姿に、
福岡ベニス・グリーン【武田 雅治】は心を、洗っていった。
汚れたものに侵食されていた自身の心を。
美しく清らかなる者にて。
『普通、レッドは残るよな?』
バイトを終えた新垣が比嘉をつつく。
そのつつかれた言葉を嫌そうに払いつつ、
彼女は返すのだ。
『あなただって、逃げたじゃない』