③ー25
ー25
フレダスト星人の長所は固さと柔らかさを併せ持てる事にある。
どちらかだけでは、ここまでの戦闘力にならないだろう。
だが、足りないのだ。
彼らの心は好戦的にあらず、恒久的平和を望む優しき人種。
更にそれに付随する心の弱さ。
だから成れないのだ、完璧なる兵器・戦闘民族に。
それを地球人にて補完する。
戦闘民族になれる程の好戦的精神ではないが、強き意志はある。
望むべきを叶えるために、自らをも犠牲にして進む精神がある。
ここに誕生するのだ、地球人とフレダスト人との融合、最強の戦闘兵器が。
まぁ、本人にそんな自覚はないのだけど。
『とりあえず、その借り物の衣装を、全部剥ぐから!』
エントロール対ヴァルヴァラ、継続中。
継続するのあらば、終わる局面もある。
ここは終わりの時を迎えるのだ。
どちらかの死を、決着理由として。
死すべき方が消え、残るべくが次へと進む簡単な図式。
だがその簡単な図式で無くなるのだ未来が。
たまったもんじゃない…。
《グセレス・ゼン・レスナ!》
意味不明な言葉が胸に響くも、姿は見せず。
まぁ、そこに居るんだねって事だけ分かれば十分である。
アデリーダは10指をを全て鞭状に伸ばし、自身の体へと巻き付かせてゆく。
そして隙間の無いように太くし、完全にガード。
『先に言っとくわ、私の特技はね、指を伸ばしたり硬くしたり出来る事』
言い換えると、指以外の部分は何も操作が出来ないのだ。
《…それを知らす意味は?》
高速移動中のクラナハッナ、ロシア語にて問う。
『さぁね、なぜでしょう?』
唯一残されていた顔の部分も指鞭で覆い尽くし、その姿はまるでミイラ。
《それでは守る以外に出来ぬ…?》
それが意味するものはなんだ?
助かりたいだけでこんな事をする者ではない。
ならばやはり、倒すための種明かしが行われるだろう。
それを見に行くべきか悩む…
だが行かねばならない。
ザグナスの為?
いや、自身のため?
きっと理由なんてない。行かなければならないのだ。
《クルスー!》
最大限に高速移動しつつ急接近、そしてその両刃の剣にて風穴を開ける。
この時、クラナハッナは読もうとしていた。
彼女の企みを、その目的を。
だが入ってこない、彼女の心は無風。
アデリーダは何も考えていない、ただ伸ばしただけ。
後は勝手に反応してくれるのを待つのみ…。
クラナハッナの複数の斬撃はカン高い音を発し停止、その目的を一切叶えず。
と、同時に地面から突き出る10本の鞭。
それはクラナハッナに警告を与えることなく、彼の体を貫いてゆく。
《…足の指、か。なるほど…》
それはアデリーダの意思に関係なく自動反応し、目的を終わらせるのだ。
『貴方が声と心を同時に聞こえるのなら、バレてたけどね』
わざわざ言うのは真意を隠すため、か。
なるほど、よく訓練されている…。
《地球人が皆訓練された戦士なら、あるいは…》
それはないと断言できる。
世界で訓練された軍人全てを怪人化する事。
それは不可能である、人道的観点とか以前に、
施せる者がもはや存在しないのだ。
『それは無いわ、だからごめんなさい』
貴方の願いは叶えられない、と。
それは何よりの哀しみ、この身が朽ち果てるよりもずっと。
《そうか、残念だ…》
ゆっくりと砂状の白い粉へと変化して行く自身の体を見つつ、
彼は最期にアデリーダへと飛ばした。
それはダルサーマ語だっので、全てを理解できた訳ではないが、
何となくは。
『分かってる、簡単には終わらないわ』
アデリーダは鞭を収納し、回れ右にてターン。
そしてずっと感じていた方向を凝視するのだ。
『そこに居るんでしょ?』
少なからずこの者だけは始末する。
地球の運命とかは、とりあえず棚の上へ押し込んででも。
元凶種族を滅するのみ…。
夢も希望も、明日も未来も。
単に本人次第と言える事柄が大半である。
そうでないのは、強烈なる運命の意図だかに引き寄せられた結末であり、
望まぬ結末である。
『悪いけど、手ぶらで帰って貰うから』
矛による決定打は全て硬質化で無効にされ、
その都度刻まれてゆく洋服及び皮肉。
エントロールにとって望んでいない展開だが、こんな事態を楽しんでいるとも。
窮地は乗り越えた時の跳ね返りがたまらないのである。
それが彼の大好物。
(全身硬質化をしないというなら…)
やり方は沢山あるが、彼はこれを選ぶ。
ズボンという物を止めるためにあるベルト、そこに掛けられた五指爪グローブ。
それを両手にはめるエントロール。
『…ザグナス星人ってさ、特殊な技無いの?』
疑問であった、先程から矛による攻撃のみで、
そして今は備え付けてあった爪付きグローブ。
地球人が何割り増しで強い、それだけなの?
エントロールは矛と同等クラスの尖り爪にて頭をかきかけて止めつつ。
『…優等生ばかりではないさ』
その時の表情で少し見える。
確かにこんな小惑星及び貧弱種族、ザグナス本隊が出るまでもない。
ならばここに来ているザグナス星人はなんなのか。
任されたる者か、はたまた本隊で使えぬ雑魚か。
エントロールは雑魚に分類されるというのか。
この動きで、この強さで。
ならばあっさりと打破しなければならぬ。
後の世を守るためにも。
『貴方がどんな人かは知らない、だから知らないままで…』
終わりにしよう、そうすればヨランダとアデリーダ、そして私が生き残りトゥリ・セストリィの勝ち。
そしてモスクワ奪還完了である。
心にギアがあるのなら、それをトップに。
体にギアがあるのなら、それもトップに。
ヴァルヴァラは今の自分の最大にて、エントロールを仕留めにいく。
この先にあるはずの、未来のために。
アデリーダが見た光景は、体を切り裂かれ大量の血液を撒き散らす者の姿。
その血の色は、青。
『ヴァルヴァラ!』
そのまま飛ばされてゆく妹の元へと急行する…
出血量も傷も普通では生きていられない。
だが探せばいい、あれさえ確認出来ればいい!
(…よし、球は無傷)
そこさえ確認出来れば良い、後は彼女の持つ再生能力を信じれば良いだけ。
簡単には死ぬわけがない。
『次は貴様か…』
ここに到着する直前に、この者の感覚が変わったのは感じていた。
恐らく、この姿も変わっている?
『くく…私が出たなら、貴様も終わる』
なるほど、二重人格的なのか…
『二身一体、それがザグナス兵士の基本体』
困惑が表情に現れていたのか、わざわざ。
まぁ、私を確実に始末する自信があるのでしょう。
知られて負なし、と。
しかし何なのだ二身一体とは…?
『人格が二人ではない、身体も2つ…だからコアも2つ』
コア=心臓、か。
『なるほど、その2つあるコアを潰せば動きは止まる、でも片方だけなら…』
エントロールだった男はニヤリと浮かべつつ。
『もう片方が出て来て、そうなるわな』
青く光る指先の示すはヴァルヴァラの身体。
そうか仕留めたが、現れたこれにカウンターを…
『そう、それを知れて良かった』
アデリーダはゆっくりと両指を伸ばす。
『この娘が力比べで負けた訳ではない、それが分かれば問題ないわ』
卑怯で卑劣、それ系に分類される状況で負けたならよい。
(あくまでも命が繋がるなら)
トゥリ・セストリィが敗北した訳ではない、未来はまだ可能性を残すのだ。
地球の勝利という、有り得ない未来の一滴が。
アデリーダは周囲を見渡してから発言する。
『この戦いの結果に問わず、モスクワは我々の元に戻るけど…』
指鞭の射程に入りましたので、停止。
『貴方にはね、死んでもらう!』
数多くの同胞、そして長女として立場。
私が殺るしかないのだ、この元凶種族を。
『ふっ、フレダストの出来損ないにやれるか?』
エントロールより感じの悪いのが出て来たんだな…とか思いつつ、
ヴァルヴァラ体を癒し中。