③ー22
ー22
すっかり全身傷だらけにされてしまった。
アデリーダは自分がこんなにも集中出来ない人間だった事を思い出していた。
それは学生時代のバスケの試合、逆転のフリースローを2本連続で外した時から始まり、
運転免許関係の実技試験で必ずミスした瞬間を経て、
最後の記憶、人としての最後の時を回想す。
『君に与えよう、選択するという権利を…』
それは今は関係のない記憶、なぜ今それを…と思うも、
止められない回想録。
『このまま果てるか、新たなる道を進むか…』
あの状態で言われたら、選ぶしかない。
『3分待とう、それで答えを出せば良い…』
恐らく、もたない。
3分経過する頃には、もう死んでる。
きっと分かっての事だ、その目がそれを伝えている。
まぁ、腰から下が吹き飛ばされているのだから、
バカニダッテ分かる。
『…そうか、お前の願い叶えよう』
何か出来るってなら早くして、もう意識が…
剣と剣の弾ける音、それが彼女を開眼させてゆく。
そうだ、あの時から始まったのだ。
私の第2の人生ってやつが。
…そして恩義である、彼の願いを想いを、叶えてあげなければならない。
私の【生きたい】という願いを、叶えてくれたのだから。
(えーい、集中・集中・集中!)
アデリーダは頭の中を1つにした。
目の前の敵を倒すこと、それすなわちザグナスに一矢を与える。
わが創造主の願いのひとつ、叶えたい。
ゆっくりと中心に渦が生まれ、そこに全ての力が集約されて行くイメージ。
ここに何かがある、それは説明できない物ながら、感じる事ができる。
それは彼の欲しかった最大の事柄。
『争うの、血を流すの、終わりにしよう』
アデリーダは左手を広げ、五指全てを鞭に変え伸ばす。
それは一瞬産まれた監獄、クラナハッナの行動を制する鉄格子。
(中指に感覚…そこだ!)
中指に触れた物体目掛けて降り下ろされるサーベル。
彼女が手応えを感じると同時に響く奇声。
『あら?血の色は同じなのね』
それは人間と、だけどさ。
『これはな、かのクデルバーナ星人が命と引き換えに造り出したる名矛である…』
残念ながら、それ自慢の物はみてられない。
今はエントロールと名乗ったこの男の目線が大事。
それが行動の始まりを告げてくれるのだから。
『命と?』
少し気になったので、聞いてみた。
勿論、視線を交わらせたままね。
『彼等は物に命を吹き込めるのだよ』
まぁ、、、今更大概の事では驚かないよ、とヴァルヴァラ談。
その者の想いが強かったり大きかったり、その方が高級なる業物を産み出せる、とか。
『魂を宿らせる分、分子レベルで踏ん張りが効くのだ、これが格別…』
ヴァルヴァラはその時初めて目をそらし、その業物に視線を移した。
確かに何かが違う感覚はある。
そう、幾重の何かに見られている様な…
『通常は1人、だがこの矛には100人』
あぁ、やはり相容れないと感じる。
『家族を救う代わりに…どこでもこれがな、一番の良薬』
その時の冷酷な笑顔のせい?
いや、この発想を実現させる所?
何にせよハッキリと理解する、この者達とは住む世界も見ている景色も違うのだ。
情け容赦は不要。
ヴァルヴァラはシステマの独特の構えとなり、その剣先から目を背けた。
そして再び奴の目を見据えて、宣言する。
『アンタ等への良薬なんてのは、無いよね絶対』
人間の部分とフレダストの部分が激しく共鳴し、
彼女の怒りを増幅させていた。
それは戦闘には不要なれど、今の彼女には欠かせないエキス。
この不毛な時間をプラスに変える、唯一のエキス。
『来るがいい、人の心を宿しフレダストよ』
100人の魂をすいとりし矛が輝きを増幅させ、ヴァルヴァラへと向けられて行く。
彼女はそれを柔軟なる身体と作法にて、スルリと回避する。
それはまるで水の如し。
『なるほど、強敵』
その笑顔も嫌いだよ、と視線で告げるヴァルヴァラ。
とことんタイプではない様である。
ヨランダは丘の上から下方を見渡す。
生まれ育ったこの地にあるのは、違和感。
それまでには無かったモノであり、自身にも当てはまり。
全て変わってしまった、何もかも、悪い方に…。
逃げ出したことに罪悪感はない。
だが今ここに佇む事に対する嫌悪はある。
あの者とは戦えないが、それ以外なら可能なのではないか?
こうしている内にも、仲間という括りにある者達が絶え、
この地の敵とされる者達が生き残って行く。
許されない事である、それは理解できる。
ヨランダは4足歩行を止め、立ち上がった。
今までの暮らし、これからの過ごし方。
全てはこの両足に…
嫌悪感は増幅され、それは怒りにも似た感情。
『やるよ、やってやるよ…』
ヨランダはゆっくりと歩み始め、その眼光にあるものを捕らえる。
遠方から眺めたから分かる事、この敵の布陣の中心。
『あれか、あれが…』
モスクワ駐留軍総司令部、そんな所だろうか。
それこそ本能で理解できる、叩くべきポイントってやつを。
ヨランダは、再び4足歩行になり突き進む。
今度は逃げるための4足ではない、一時でも速く戦うためのシフトアップ。
ヨランダはこの姿が、誇らしいと感じれていた。
人としてのではなく、生き物としての誇り。
忘れてはならない、生きるという事への尊重心。
そう、死地へ向かうこの姿が生きるという事。
生を獲るために今、死へと近付く。
絶対に触れてはならない死へのポイントに、
最大接近するのだ。
明日を勝ち取るために…。
(…あれはザグナス星人ではない?)
浮かぶ姿は、ダルサーマ。
『本来なら、ここに来る予定はなかった』
水遊びに飽きたのか、お喋りタイム開始。
まぁさしたる興味はないけど、話したいならどうぞ、とヴァルヴァラ。
エントロールはそれを喜びの表情にて伝える。
そしてくるくるとまた矛を回しつつ(癖?)
地面へと突き立てるのだ。
『私の担当区域はアメリカだったのだ』
話には盛り上がりと下がりと、そして最後の締めと。
大事なのよ?
その覚えたばかりの言葉で、ちゃんと伝えられるかな?
『だがな、母船を破壊されてしまい…』
意味があったかは不明だったが、今は彼らに感謝したいヴァルヴァラ。
この機会を与えてくれたのだから。
『それは災難だったわね、まぁこれからの災難に比べたらね、小さいことよ?』
攻防、攻める時と守る時があり、今までは防。
そしてこれより攻を見せる。
全ての憎しみに、さよなら出来る訳無いけど、何かが変わるかな。
ヴァルヴァラはエントロールの語りを早々に切り上げて、これより阿修羅となる。