③ー21
ー21
獣の本能にはもうひとつある。
それは生きる為の選択をするということ。
死を限界まで拒絶し、名誉ある戦死とか自己犠牲とかもない。
ただただ自身が生き残るというチョイス、それも本能。
ヨランダは80%のそれに従っただけの事。
戦えば死んでいたのだ、誰も攻める事などできぬ。
『去るならば追わぬ、解放すらされぬのは嘆かわしいが…』
エントロールはうっすらと輝く矛を納めかけて、停止。
何やら感じる…これは?
『…なぜこの地に、フレダストの残党が?』
エントロールは戦闘体制のまま、その地へと赴く。
固さは全てにおいて勝る。
結局のところ叩こうが切ろうが、それよりも固く頑丈ならばダメージなど無い。
それどころか相手の攻撃力を削ぐことになるだろう。
柔らかい方が砕けるのだから。
《ぐぬおぉぉ…》
叫び声まで心に響かすのか、なんとも聞き障りな。
まぁ別にいいかとヴァルヴァラは思う。
痛いよか、よっぽどいいもの。
ガードされたと同時に砕かれた拳に、ドレンバスは苦悶の表情と声を上げた。
見かけ倒しとかよりも、どうやらダルサーマのこの人は打たれ弱そうである。
まぁ、絶対的な防御者との対面など、今まで無かっただけかも、だけど。
『なによ拳のひとつやふたつ、だらしない』
砕いた側が言う事ではないかもしれないが、
これは命を賭けた決闘のはず、片手の拳を怪我した程度で、
叫んでいる場合ではないのだ。
そう、覚悟が足りない。
絶対に勝つという意志が感じられない。
それでは、生き残れないよ?
その辺りでそうか、と気付く。
そんな覚悟を持った星人なら、命の火を燃やし尽くして果てているだろう。
自らの母星を護るために、それこそ身を粉にしてでも。
そう考えると、ここに残りザグナスの手下となった者達に、真の強者が居ろうハズもない。
皆自らの保身のために、現在の地位に納まっているのだ。
未来のために、今耐える?
ならば逃亡すれば良い、そして地下に潜み、反撃の狼煙を掲げればよいのだ。
…我らフレダストの様に。
もう一ヶ所痛め付けたら戦意も消えるだろう…と、ヴァルヴァラが一歩踏み出した時。
それは落雷のごとく飛来し、二者の中間を引き裂いてゆく。
『何をしておる?』
目線は私ではない、突然現れた紫ヘアーは縮こまった巨体に話しかけている様子。
《いや、これは急な対応に慣れず…》
それはヴァルヴァラには聞こえていない。
だから紫ヘアーの発言より看破するべし。
『ふむ、では今からなんだな?』
しばし観覧のヴァルヴァラ、小刻みにゼスチャーしているダルサーマの巨体が
可愛いなぁと見ている。
だがそれも、紫ヘアーから殺気が感じれたと同時期に終了。
巨体の目の色が変わってしまった。
その目になるのは死を恐れない時と、死を全力で拒絶したい時、か。
紫ヘアーはそんなに強いの?
その巨体を震わせる程に…
ヴァルヴァラは少し悲しくなったが、それも仕方ない。
まだ私の強さ見せてないもんね、だから比べたら良い。
そして選択すればいい。
恐怖し従うか、恐怖しつつも可能性を信じて共に闘うか、を。
『話は済んだかな?』
彼女は再び印のポーズを取ることなく、再開となる。
(所詮ポーズは無意味らしい)
切り裂かれても赤色の血が出ないのには違和感がある。
まぁ、直ぐに慣れるだろうけど。
アデリーダ少々悲しそうな顔をしつつも、現状理解に勤めていた。
先程の雑念、それの代償がこの傷。
一生残るとか言われたら哀しいけどさ、多分消えるだろう、一応の異物だしさ。
スウェーバックでかわしたつもりが、頬に当たる剣先と流れ落ちる青き液体。
不覚である、一撃のもと終わらせる算段が。
《今のを、か。…偶然か必然か?》
どっちを答えたところで、何も変わらない。
だから答える『両方』と。
恐らく奴も分かっている、心を読むという事を理解した私を。
(まぁサーベルに戻したり目を閉じたり、何よりその事を考えてる)
さて、続けるか。
はたまた別の手を考えるか…?
考えたところで同じか、相手に看破されるだけで。
つまりは理解されながらも上をいくしかないのだ。
納得したアデリーダは、先程と同様の体勢となり、待ち受ける。
今度こそ、雑念という邪念をゼロにして…
(なんだろう、赤なら見慣れてるから平気だけど、青はダメだわ…)
彼女には無理難題であった。
恐らくは技名だろうが、なんの事かは分からない。
だがとりあえず連打するみたいだ、イカれた拳と無事な拳を交互に。
そしてその顔から伝わる悲壮感。
なるほど、どこに住もうがどんな姿をしていようが、こんな時の顔は共通らしい。
ヴァルヴァラは考えつつ答えを探していた。
今は受け流しや防御にて、からの攻撃を防いでいるが。
ここで渾身の一撃をお見舞いすれば、彼を難なく旅立たせる事が可能だろう。
だが、それでは意味がない。
彼には違う道を歩まさせなければならないのだ。
ま、自分が楽したいからも、あるけどね。
『…フレダストの、名を聞こうか』
私、戦い中だよ?とか思いつつ、それを答えれる余裕が有るとの見解か。
まぁ、否定はしないけどね。
『ヴァルヴァラ、ロシアの軍属であり…』
彼の拳をくぐり抜け、軽く弾く。
それにより体勢を崩した巨体に更なる追い討ちをかけ、
地面へとダイブさせるのだ。
ズシーンと響く音に巻き上がる砂ぼこり。
それをバックにヴァルヴァラはキメ顔でターン。
その眼前にエントロールを捉えつつ…
『アンタ等に復讐する為に産まれた、最後のフレダストよ』
その瞳は先程までとは違い、明らかなる殺意があった。
全ては偶然の産物である。
シューレが試した中の1つが、極限まで近付いただけ。
だがそれを確認する事なく創造主はこの世を去った訳で。
『アンタ等、か。そうだな我々だ』
我々がフレダストを滅ぼした、か。
ダルサーマ星人があれほど怯え、そして死を感じさせる相手。
それはザグナス以外有り得ない。
なかなかの色男ではあるが、許すべくに無い…。
ゆっくりと呼吸を整えつつ、一番動きやすい体勢となるヴァルヴァラ。
軍人として過ごした時間で得られた数少ない事柄。
【システマ】それはロシアの軍隊格闘術。
徹底した脱力と柔らかな動作が特徴であり、ここにフレダストの特殊能力が加味された時、
それは倍増される。
『…でも私はね、復讐する為だけに産まれた訳じゃないの』
エントロールは矛を構える、それは参戦の証。
『種族を残す事、そんな願いを叶える為に…』
ヴァルヴァラは、一筋だけ涙を流した。
誰のため?
親と言えるシューレのため?
自身の産まれた本質を知ってしまったから?
全部違う、そうじゃない。
こんな形でしか平和を取り戻せない世界に対しての、
悲しみと無意味さ。
そんな現状に対する涙、叶うハズの無い願い。
でもこのまま、やるしかない。
そうで無ければ、自らが消されるのだ。
今までの様に、これからもずっと。
『そして叶うなら、ザグナスも残したかったね』
その笑顔に心を揺すぶられた、エントロール。