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9   ~仮面~

-9


 ベニスグリーン御堂を語るときに、どうしても外せない事がある。

彼には妹がいた。3歳違いの妹【御堂 舞子】…享年14歳


 御堂伸也がベニス戦隊の門下を叩いたのは、今より5年前。

就職活動が旨くいかず…ではない、ハナからのベニス一本釣りであった。

志望動機を聞かれたとき、彼は即答する。

『妹の敵討ちです、異様に右手が大きいグルム星人を探し出し、殺すためです…ダメですか?』

当時の面接官は少し言葉を飲み込んだ後、『ダメじゃない。それが全ての核だよ』

グリーン御堂の生存理由は復讐。その為なら何だってするし、何にだってなれる。

爽やかな好青年でも、悪の裏切り小僧でも、レッドを慕うグリーンにでも、だ。

彼は復讐成就のため、ベニス戦隊を利用しているのだ。

小杉統括もそれを理解している。理解したうえで、グリーンとしての数々の特権を与えている。それが東京支部の未来に繋がる事を望んでなのかは、定かではない。


天より舞い降りし物が全て、神々しさや安らぎを放つ訳は無い。

雨に打たれて心を洗い流したり、光を体で感じて内に希望を溜め込んだり、ばかりではない。降り過ぎた雨は大地をさらい、強すぎる光は大地と生命を枯らす。

そして今、天より舞い降りたる氷の結晶が、命を欲して飛び掛る。

(残り…10!)

空を埋め尽くしていた結晶は半分以下となり、遂にその先にある晴天を拝ませていた。

体力さえ持てば、この賭けはレッド杉本の勝ちとなりそうな展開。

そういえば…、と豆粒ほども残っていない思考回路に俗物を注入していく杉本。

人生50年と歌われた時代は過ぎ去り、今の人類(日本人)の平均寿命は80歳を

少し超え、82歳。そう考えると私はまだ半分も生きてはいないことに成る。

まだまだ若造、まだまだ青二才。でも今、体の成長は止まり、日々老化現象と戦わなければならない。平均が伸びてるのだから、成長期間も20歳までとかにしないで30歳位まで成長が続けば良いのに…。

成長抑制剤?はたまた成長維持健康法?

何かがそろそろ生まれてもいい頃だ。まったく、何をしているのだ世界の学者界隈は!

15個目を交わし、16、17個目の安全地帯を見つけつつ、杉本はある決断に至った。

レッド稼業が終了したら学者になろう、と。

命のやり取りをしている今だからこそ、強く願える。

生き残り、学者になると。

だが、18個目の時その決意は揺らぐ、安全地帯の欠落。

どうも18個目辺りからはサイズが違うようだ。今までのより倍近くある結晶。

恐らくは奴の仕業、抗議文章の後、法廷で決着を付けねば成らぬレベル。

もっとも、今回は仕返しを考える余裕すらない。もはや思考回路に不燃物の混入される余地は無い。

レッド杉本はやるしかない!っとベニスソードを抜く。そして両手でしっかりと握り締め、狙うべき左右正対称と成る中心線を睨む。そこから切れれば2つとなり、結晶は左右均等に飛び去り、中心の私は無傷で済む、ハズ。眼前まで迫る倍結晶、もう剣を振りかぶる余裕すらない。杉本はモーション・ゼロからの前斬りを実行。

それは通常ではない動きのはずが、杉本には逆にしっくりとハマッた。

学生時代の剣道が、ここに来て活きた訳だ。この動作は彼女が得意だった小手打ちそのもの。思わず『小手ー!』っとこぼれてしまいそうな錯覚も少々。

大切なのはスピードとパワーとタイミング。そして勇気、レッド杉本は全てを用意した、ありったけの勇気で前進し、今こうして結晶戦に至る訳だし。

だが、やはり。ベニス戦隊東京支部に運というカテゴリが欠落しているのは、救いがたき事実。

…いや、運不運で決めていい話ではない。そこは戦闘経験の希薄さが原因だろう。

死角となるように、確実に痛めつけられるように、グラストゥーは落としたのだ。

18個目のすぐ後ろに、18・5個目を。

18個目の巨大結晶のご開帳と同時に現れる18・5個目。逆に今までの半分以下のサイズ。杉本の思考は瞬間停電を起こし、想定外の出来事に一瞬固まる。

そして心の中で泣きたくなった。何もそこまでしなくても、そこまで汚くやらなくても…。

悪相手に信用も何も無いのは分かっている、でも美学とかあるはずだ。

賭け事なんだから、会話を経ての勝負なんだから。

杉本の心は半べそで、今にも泣き崩れそうに弱っていた。

だが、身体が反応する。この深紅のスーツが後押しをする。戦えと、そして生を勝ち取れと。

突き出したベニスソードを擦り上げて自分の体半分位の大きさの結晶を斬りにいくレッド。

だが間に合わない。剣の鍔部分に当て、直撃=死を避けるのが精一杯。

進行を曲げられた18・5個目の結晶は、躊躇なくレッドの仮面へと突き進み、

仮面の左半分を破壊及び奪っていく。飛び散る鮮血と、現れる杉本の左半分の素顔と黒き長髪。

着弾と同時に首を捻り、その衝撃を受け流す事に成功していたからの軽症。

もっとも、血は当分流れ続けるのだから、まだ戦える=軽症、という意味となるのだが。

本来なら顔に傷が残ったらどうしよう…とかを思考し、精神をリラックスさせる必要もあるが、

いかんとももはやタイムアウト。次の19個目が目前に迫っているのだ、思考を裂ける余裕は無い。

19個目も先ほどの18個目と同様の大きさ、だが今回は安全地点が見える。あそこに体を滑り込ませればコレをやり過ごせる?

違和感、それだけの事。何も証明できる素材など無い。それでも杉本はそれに従った。

そこへ入っては成らない…と。急ブレーキをかけ、見えていた安全地点を捨て、再び斬りに行くレッド。振りかぶる余裕はあれど不要。先ほどと同等の動きで切り裂けるのだから。

『小手!!』無意識の言葉は漏れ、彼女の集中が全国大会準決勝時代へと回帰していたことが伺える。まぁ、負けはしたけど…。

でも今日は勝つ、いや勝ってみせる、勝つしか道はないのだから。

均等に引き裂かれてゆく19個目。そして死角に並べられていた19・25個目と19・5個目が安全と思われていたポイントへと落下してゆく。

恐らくは間に合わなかっただろう。19個目の死角から現れた2つのミニ結晶の回避は。

そしてレッドは飛ぶ。常人の3倍のジャンプ力にて空へと舞う。

19・75個目が逆の死角より飛来していたのだ。それを察知していた杉本、視野の広さは全支部中の上位10人には収まるだろう。まぁ、少し微妙なる評価だが。

人間の垂直ジャンプは、1mも飛べないのが普通。

それを約4m地点までジャンプさせるのだから、ベニススーツの恩恵がよく分かる。

少々飛びすぎを実感つつ、残り5個となった結晶を上空から眺めるレッド杉本。

日差しが結晶に吸い込まれ、美しくも儚い輝きを…は無い。

光が屈折していかない結晶。見た目は同じに出来ても、その本質までは生み出せないのだろうか?

と同時に、レッド杉本は理解する。この勝負の結末を。勝利への道を。

空中制御用のエアを噴射させ、一気に地表へ。そして間髪いれずダッシュ。

目的地はグラストゥーの懐、奴の命。ただ結晶をかわして終わりだなんて、そもそもの認識が甘かったのだ。助かりたいから?はたまた恐怖で萎縮し本筋を見失ったから?

何にせよ頭から血を流し、掻きたくも無い汗を大量に流した結果辿り着いた答え。

『なるほど、思ってた以上の、更に倍ですかね』

上空に浮かぶ結晶、これはそもそも奴が生み出したもの。

地球上に存在しない、奴の作り出したる偶像。なら当然、奴の思考を遮断すれば消失するし、このように奴との距離を縮めておけば、落下させる事も出来ない。

『グラストゥー!!』

散々やられたのだ、もはや法廷闘争も無い、あるのは罵声から始まる殺し合いのみ。

命をかけて戦うのだ、相手よりほんの少し上を行き、出し抜き、命を奪う。

その中で、自分の生を喜び、相手の生が終わったことを悲しむ。

それが戦隊と怪人の関係性の全て。唯一無二の、ルールブック。

レッドはソードをくるりと回し、剣先を下に向け握り直した。

そして後方へと振りかぶり、タメを作る。腰付近で止められた剣に、

集約されていく善の魂。長きに渡る戦いの中で生み出された必殺の剣。

レッドの名を継承する上で外せない、ベニスの剣を持つ者の証。

『ベニス・スプラッシュ!』逆手に持たれたベニスソードにて前方をなぎ払う、

レッドの名を持つ者の奥義。それは目の錯覚か光を放ち、視覚と命を同時に刈り取ってゆく。

一瞬、グラストゥーは見とれた、その一連の動きとその剣先に。その為反応が遅れる、あってはならぬ初歩的なる失態。

『むぐぉぉ…』浅い、だか手応えはある。ベニスソードはグラストゥーの腹部をえぐり、

ピンク色の血液だか体液を、巻き散らさせる。

響き渡るグラストゥーの悲鳴(と思われる言語)と、それに反応する傍観者たち。

パープルはここぞとばかりにクルージングアローを発動させ更なる悲鳴を頂き、

ブルーは両手拳銃となり、ワンショットの乱れ打ち。

セコいと呼ぶ行為なのか、はたまたチームプレイと押し通すのか。

そこは彼らの美学の問題。きっと皆が納得のいく解答を後日用意するのだろう。

ベニス戦隊の必殺技三段活用にて後方に吹き飛ばされて行くグラストゥー。

上空の結晶も消え去り、賭けはレッド杉本の勝ち…となるのか?

無理をした身体が痛い…杉本は徐々に普段感覚へと戻っていった。

そう、所詮私は今日から戦隊員なのだぞ。いきなり何してんだ私…的。

一歩、また一歩。吹き飛ばされた後、動かぬグラストゥーへと近づく面々。

一番乗りはグリーン御堂、毎回恒例の質問を投げかける。

『異常に右手が大きいグルム星人を探しているのだが…?』

この問いに、答えが返って来たことは無い。皆知らぬか知ってても言わぬ、である。

今回も同様、グラストゥーは笑うのみ…。

『そうか』と立ち上がりナイフサイズのベニスグラスを構える。

もう貴様に用は無し…、とばかりに。それをゆっくりと制してゆくレッド杉本。

御堂は思う、まさか殺すなと言うのか?なんたる甘さ…と。

だが本質は違った、甘いのはベニス側なのだ。

ベニスソードを収納しつつ、杉本は大きく息を吐きだして告げる。

『さぁ、賭けは私の勝ちね。約束どおり、今日は見逃して貰っていいでしょ?』

グラストゥーは含みのあるニヤケ仮面を披露した後、すーっと体を起こしてゆく。

まるで宇宙空間を彷徨うかのごとく、手足をバタつかせる事も無く。

そして地上1m付近にて停止。腹部の傷も、300突きの後も、16発の弾痕も、

消えていた。

『…そうですね、約束でしたものね。結晶が無くなるか、貴女の命が無くなるか』

無傷…?ではない、確かに傷つけたはずだ。だが回復が異常に早いのか、はたまた傷ついたこと自体が嘘で、魔術による演出だったのか?

いや、もう一つ…と御堂は前へ出る。

『大した演技だグラストゥー、傷を魔術で隠すなんてな!』

ベニスグラスを構え、トドメとばかりに突進するグリーン。今度はレッドの制止も間に合わない。

『天よ地よ、生きとし全ての精霊よ…』ベニスグラスにて十字斬り、それは稲妻の如き輝きと瞬き。

『クロス・ザンダー!』数多くの命を奪ったグリーン必殺の斬撃。…手応えが無い?

『私はね、約束したのですよ、レッドさんとね』

首筋に冷たい物を感じる…奴の掌だ。御堂は実感した、こいつは生き物じゃないと。

こんな体温、あり得ない。

その掌から伝わる、圧倒的パワー。グリーンはナイフを落とし脱力する。

それは死の了承、最後の晩餐が味噌カツ御膳だったことが唯一の救い。

『このまま、捻り切っても良いのですがね、それではね』

すーっと後退し距離をとるグラストゥー。

『約束どおり、見逃してあげますよ』

そらそうよ、あれだけの約束破りをしておいて、そこをも裏切られたら…等と思考しつつも、とりあえず胸を撫で下ろすレッド。皆を護れたのだから。

『あぁ、最後に一つ』

全員の背中に悪寒が走る。全員がホッとしていたのだ、生き残れたことを。

まさか最後に、誰かの命か体の一部を…?

『仮面、取って下さいよレッドさん。半分じゃ良く分からないです』

4人が深い安堵の息を吐き出す中、お安い御用と仮面を外す杉本。

某シャンプーのCMばりの美しい長髪が、血の塊を押しのけサラリと空を舞う。

夕日の光と相まって、なんと美しい…。

少々見とれていたグラストゥーに、御返杯を要求する杉本。

それに応えるグラストゥー、ニヤケ仮面を外して素顔を晒す。

『…何よ、想像に反して男前じゃないの』

アメリカの学生が主役になるテレビドラマで良く見る様な顔。

一番のプレイボーイ役、か。

『そんな仮面捨てちゃえば?折角のイケメンが台無しよ?』

グラストゥーは金色の髪をサラリと掻き揚げ

『賭けは貴女が勝ったんだ、従うよ』

去り際に名前を聞かれた。怪人に自己紹介をして再戦を誓う?

何か可笑しくなり杉本は笑った。爆笑にも近いそれは命の証。

生き残れた喜びや安堵からくる歓喜のとき。

一部始終をハイエース内で見ていた小杉も、新生が即旧体制に成らずに済んだことを喜んでいた。そして、彼女をレッドに選んだ上司に感謝の敬礼を、人知れず実施するのだった。


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