③ー17
ー17
『ん?…出羽総理意識不明の重体?』
画面に写し出された文字を、ただ読んだだけの岡林。
それを理解した訳でも記憶した訳でもない。
とりあえず、しばし固まる。
『…高原議員?…小型拳銃の様なもので?…源内さん?』
今世紀最高傑作の紅茶を溢さなかったのは、
牧野の紅茶職人としての意地か。
なんしか彼女も、声を震わせながら棒読みする。
高原源内、現職の者なら皆知っている。
何より投票したのだ、会社命令も相まって、全社員が投票したのだ。
高原源内の名前を。
それが今、容疑者?
それも国家の長の命を奪って?
(まだ死んでないよ)
『…この忙しい時に、何してるんだ源内さんは…』
紅茶の香りに誘われて出てきた御堂にも、一応の感情がある。
自身の必殺の一撃(2連撃)クロスザンダー、
それの開発者件教師なのである高原は。
だから、この中では、一番深い関係人。
…いや、その上が居たな。
『そうか、もはや止まれんかったか…』
紅茶職人への依頼者、川端が一口堪能したのち呟く。
それを聞いた御堂、ゆっくりと頷くも、理解していない女性の顔に気付き付け足す。
『そうか、牧野は知らなかったか』
高原源内は5代目ベニスレッドに就任するとほぼ同時に、結婚している。
一般的言うデキ婚、まぁ本人は授かり婚…いや狙い打ち婚だとかで引かなかったそうだが。
開始当初は幸せなる家庭、しかし激務である。
レッドは帰宅もそこそこに、働き詰め。
そして彼の性格上の問題もあり、家庭を見ない日々が続き…
奥さんは5年我慢したのだが、心折れて離散となる。
『その奥さんは高校の同級生と数年後に再婚…で、その再婚相手の名前が、辻本…』
牧野は瞬時に理解した、あの厳しくも暖かい女性を思い出し、同時に青かったか彼を思い出す。
そこに流れる生暖かいもの、それを受け入れるしかない面々は、しばしその経過を待つのみ。
『敵討ち…にしては、安直な』
呪縛を解かれたる者達より順に、発せられてゆく。
それに、意味なんて無い。
心に靄を残したくないだけだ。
こんな行為に、答えなんて出せないのだから。
『OBが犯罪者だからって、我々まで活動自粛とか、ないよね?』
株式会社であり、一部上場であり。
社員の思惑は、時に逆回転する訳で。
まさかとは思うが、なんせ人類のピンチなのだから。
それでも拭いきれないのは、日本が平和という名のエキスに、どっぷりと収まっているからだろう。
なんだかんだで、アメリカが何とかしてくれる…的な。
アメリカは一応、何とかしようとした。
が、結果はこれ。
都市を破壊した以外に、さしたる進歩はない。
日本が頼ってきた存在が、根底から崩れ去ろうとしていた。
何にだって、限界はあるのだ、と。
世紀の天才がアインシュタインなら、私は現存する天才である…
倉橋は誰に聞かれたわけでもないのに呟いていた。
完成の高揚からくるテンションあがりは理解できるが、
今はそんな時期ではないぞ?
っと、嗜めたいのだがそれも時ではなくて。
今は完成品の具合を見せてもらおうではないか。
『で、今度もラジコンの出番かね?』
その時の、あっ!ていう表情を、撮り残したかったなぁ…と、つくづく。
バカと天才は紙一重、それは別に難しいし話ではなくて、
あるって事だ、天才にも及ばぬことがな…
空を見つめながら何かを呟いている。
小杉はこの思案タイムの無駄を理解していた。
倉橋を見つめる行為も含めて。
『担げばいいんだな、俺がさ』
先程の探査にてダメージを受けた自走式シールドドローンは帰還がやっとで使えたものではなく。
そしてスタメン1機のみで控えもなく。
『もう1時間待つのなら…』
皆まで言わさず準備開始の小杉。
今度こそ、彼を信じるのだから、本当に頼みますよ倉橋くん…。
軽いものではないが、青色スーツ着用の小杉には造作もない行為。
よっこらしょっと無意識に発言してしまうのが、悲しいやら何やら。
『では、何かあったら後はヨロシク』
伸ばした人差し指で、シュッと敬礼。
小杉くん、似合わないよと教えてあげよう後で。
倉橋は一応の返杯をして、ミッション開始となる。
(まぁ、大丈夫だろうけどな)
それがなければ、進まない足が。
彼は何度も頭と心で繰り返し、前へと。
その半径まで到達し、足を伸ばすがどうか。
そこまでは経験があるから簡単である。
小杉は難なくここまでのミッション完遂する。
…さて、伸ばせるかなここから。
信じているよ、でも体は固まるものだ。
やっぱり死にたくないし、むしろ出来れば長生きしたい。
まぁ、ここで頑張らないと人類に長生きが無いのだから、
やるしかないのだが。
『よし、いくぞ!』
倉橋と自身に言い聞かせ、彼は進む。
ラインを越えると同時に、上空よりの糸が放出され、
この空間内の異物を除去しにかかる。
だが、この異物にも意地がある。
簡単に除去されてなるものか…
重力の概念がないのか、衝撃は薄く防御した感覚にない。
言い替えればこの盾がなかったら、全身穴だらけにされて死んだことすら理解できなかったかもしれない。
『屈折率及び反射角、共に良好!』
倉橋の声が、普段より甲高い。
テンションあがってるな、とよく分かる。
そらそうだな、友の命が護れた以前に、自身の開発研究が成功したのだからな。
冥利に尽きるってやつさ。
『どうだ小杉、世界一の傘の具合は?』
雨どころか殺人光線まで防ぎます?
そうだね、売れるかもねー。
小杉は口元を緩めながら全身を確認する。
確かにダメージはない、そして周囲を凝視する。
この空間だけポッカリ空いたように、まるで無数のシャワーに包まれる様に。
それは不思議体験、世界初の体験となる。
『よし、データは取れた、戻れ小杉!』
彼はまだまだこの不思議世界に浸っていたい感覚に耐えつつ、ゆっくりと後進してゆく。
それは後進ながら、人類にとって大きな一歩、大いなる前進となった。