③ー15
ー15
『ぬしらの弱さわな、自負の無さよ』
必ず訪れる決戦に向け、その凌がれた本部は地力の底上げ中である。
上げられる要素は約二名。
川端師匠の厳しい視線にさらされつつ、
岡林と御堂は歯の食い縛りを魅せつつ力の解放を図っていた。
…今のところ、解放される雰囲気は無いけど。
(必殺技だ、それさえ見つけられれば…)
定番の展開、新しい必殺技習得にて急に強くなるあれだ。
まぁ、残念ながら川端師匠の指導方針とはかけ離れている為、
師匠にそのつもりはないのだが。
『ぬしらに必要なのは地力の底上げじゃ!』
基礎体力なんて、このタイミングで上がる訳もない。
ならば短期間で上げられるモノに託す。
精神の部分、心の解放である。
気の持ちよう、ともいう。
病は気から、とも。
ならば催眠術並みの事を行うまで。
心が定めた限界値を越える事が、今できる全て。
その結果に、新必殺技が産まれたなら言う事なしなのだが…。
『腹式呼吸と同じじゃ!心底に潜む…』
二人は聞き流していた、よく分からないのだ。
聞いたところで、上手く行かないのだ。
時代の違い?
いや、感覚の違い、か。
まぁ、それでも従うしか選択がない二人は、川端の言いなりとなり、修行に勤しむ。
これもサラリーの内さ、そんな台詞と共に。
大阪に住むようになって、もう20年。
大阪支部のベニスクリスタル、宮下徹は過去を空想する。
親父の大阪本社勤務に伴い、それまで住み慣れた東京を捨てて、
大阪の地を第二のなんたらにしたのだが。
(ベニスとは関係ない会社…世界トップシェアのタイヤ関連会社の話)
まだ学生だった彼には辛く、友を失うという苦行に耐えなければならなかった訳で。
それは金では買えないもの、彼は知っている。
友とか愛とかに繋がる、情という存在を。
だから大事にする、今ある情を…。
『で、鈴木。彼女とはヨリ戻したのか?』
何気ない、意味のない会話の中にこそ、
大切にしなければ成らない事柄がある。
それが宮下の自訓。
だからこんな情勢内でも、それを大切にするのだ。
『え?言わなきゃダメすか?』
それが相思相考でないとかは、とりあえずは置いといて。
好きか嫌いかで言えば、そら嫌いではない。
だからと言って好きという感情に当てはまる対象ではない。
それがベニスギグ・鈴木純平の基本原則。彼が好きと言える対象は人間界には一人しかいない。
寂れたパーティーで起こった唯一の光、彼女との出会い。
彼女だけなのだ、親の財産目当てで依り掛かってこなかった女性は!
(それが作戦であるという事の看破にまで、考え至らず(若さか…))
彼よりも6歳年上の彼女はマリエ、橋詰鞠江。
橋詰財閥の一人娘との事だが、最近その財閥の良い噂は聞かない。
だからと言って屋台がグラつく訳はない(という、鈴木の見解)
ワインを溢して知り合うという漫画の出来事が、本当に起こり得るんだ!っと、
彼は大興奮したとか(そうだね、起こらないよね普通は)
運命の出会い、その先にある鈴木一族後取りとしての道。
完璧なハズだったのだ、なのに彼女は…
『で、鈴木。彼女とはヨリ戻したのか?』
正直、好きでもないでも嫌いでもない貴方に、それを答える義務などない。
たがら冷たく対処するしかないのである。
『え?言わなきゃダメすか?』
美咲翔子は大阪ベニスの唯一の女子。
だからといってお決まりの3対1の奪い合いはない。
そして彼女が隊の誰かを好いているとかもない。
そこには理由がある。
単純なる事が。
『33項目全てに…いえ最低でも内30に該当しないと、対象として見れませんね』
彼女の定めた婿マップ、33項目にわたるそれに合格しない者は対象外。
ただのオスである。
(かといって自身がメスだとは思っていない)
『年収50億以上の企業の社長…その段階で我々は無しなのだな…』
宮下が少し残念そうに呟く姿を、彼女はスルーし、思う。
(そもそも、貴方は無しですよ)
この、チームとしての纏まりを感じさせない大阪ベニスの長が、
流源幸四郎である。
彼曰く、それが良いそうだ。
このバランスの欠如が互いを高め合い、凌ぎ合いするのだ、と。
それは現時点で間違いではないのかも知れない。
4人で上手く回せているのだから。
まぁしかし、これは結果論。
彼の元々の感覚は違い、これは後に造られた感覚と体制である。
5人で大阪を守っていたあの頃とは違う。
全ては、彼女を失ってしまったあの日から、
変えさせられたのだ…。
『で、門さんいつまで名古屋にいるの?』
帰って欲しくないから…とは違う感じ。
もうお腹一杯なのでサヨウナラ、そんな真意が見え隠れする藤園守彦(弟)の言葉。
それを呑み違えてるのか、少し嬉しそうな門倉謙介(東京本部広報主任)
『見届けるさ、お前達の勇姿とやらをな!』
要らない熱さに、完全に食中りな守彦はそそくさとこの場を去って行く。
それを勘違い全開の彼は、笑顔で送る。
右手の魚肉ソーセージを放すことなく…。
名古屋に5人必要ないという訳ではない。
チョイスとしてあったのが、藤園兄弟に任せるか、
彼ら以外の5人で隊を組むか、である。
当時の候補5人が格別劣っていたとかではない。
それを越えたのが規格にない2人隊。
兄弟という最高の以心伝心と、親よりのDNA(夫婦共にオリンピック選手)。
そらそうよ、な訳である。
まぁ、早々に両親と離別したのだから、彼らにとって何が良かったのかは不明なのだが。
それでも今、ここで生を全うしている。
どのタイミングで終演しようとも、後悔的な感情に包まれることはないだろう。
兄、良典はそれを強く感じる。
終わりの時まで、精一杯生きるのだと。
両親の分まで。
旅客機の撃墜、当時のワイドショーを随分と賑わしたものだ。
まぁ、それを見させられてた当事者からすれば、
何の高揚もありゃしないのだが。
絶えることない怒りの感情以外には。
なぜ、怒るのだ?
答えは明瞭で、特に難しい話でもない。
理由があるから、怒りの矛先があるから。
既に見つけ出し、復讐を終えていても尚、
止めどなく流れ落ちる負の感情。
怪人に対する憎悪の元にある、両親を亡き者にした出来事。
右手の異常に大きな種族に対する復讐心。
終わること等、あるわきゃ無い。
…奴等を根絶やしにするまでは。