③ー11
ー11
小杉が死線を潜ろうとしていた時、この地もそれを潜る。
『空母エレメンテル、現状を報告せよ』
ホワイトハウスの地下より、通信は飛ぶ。
それを受けたる空母エレメンテル艦長ナラス(58)は、ゆっくりとした口調にて話し始める。
『座標計算、着弾計測、ならびに艦内の実行プロセス、全て完了しています大統領…』
只今の時刻、18:45。
流石である、選び抜かれた軍人のみが乗船を許された空母エレメンテル。
乗組員から艦長に至るまで、全てがアメリカの象徴…力である。
その象徴は今、北大西洋海上にある。
ここより、狙うのだ。
ロサンゼルスに巣くう地球外生命体を、一撃のもとに。
『後、15分…』
第49代大統領【ジョン・ハディス】は誰に伝えるでもなく呟いていた。
そう、後15分で彼は成る。
33代目の大統領と同様の、核を使用した大統領へと。
(自国に打つんだから、ある意味それ以上か)
この約3時間ずっと考えていた、別のプランを。
プランB、あるハズだ。
だがそれが立案されるまでの時間が足りない。
考えるだけ考えて、明日の昼前まで使用を見送る…それもあるが(ある意味のプランB)
残念ながらそれは完璧なるプランAがある時のみ可能な引き延ばし。
もしプランAが駄策なら、その瞬間に絶望しか待っていないのだ。
だから、今。
プランBを用意するのはAが効果を成さなかった時である。
そう、言い聞かす自分に。
彼は胸の前で十字を切った。
普段まったく教会に通わないのに?
と、我ながら苦笑いである。
こんな時のみ神頼み、そんなの叶えられる訳もないのに。
そんなの分かってるのに十字を切る。
許しくらい請うても良いではないか、と瞳を閉じて行く…。
脳裏に浮かぶのは家族の笑顔、大統領の家族となりし宿命を背負い、彼女らも生きている。
精一杯、自分の足で。
…多少、背伸びしている感は否めないけど。
ハディスは家族の笑顔に誓った、この行いを無駄にはしないと。
そして立ち上がり、作戦本部の設置された地下へと潜って行く。
非公式の地下3階へと…。
この部屋の事は他言無用、正確には国家反逆罪とやらで、良くて終身刑である。
『核による先制攻撃、嫌な世の中になりましたな大統領…』
待ち兼ねていた老婆の肩を叩きつつ、共に奥へと進む。
『カシミール、私は不幸なのか?』
老婆の名前はカシミール、ハディス大統領を古くから知る人物。
いつも大統領の側で、彼の意見(愚痴)を聞き、彼に助言してきた訳で。
それが正しい助言かどうかの判断は、ハディスが決める。
『どんな形であれ名前を残す、それは歴史に関わった証し…素晴らしいです』
確かに、人類の歴史がこれで終わらないなら、教科書とかに書かれるであろう。
願わくば愚者ではなく、重い決断をした偉大なるリーダーとして残りたい。
淡い夢だろうが(人類が残るかも未定なのだから)
『そしてその決断は大統領にしか出来ませぬ、他の誰でもない貴方にしか…』
ペコリと頭を下げ、これより先の入室を辞退するカシミール。
それを良しとし、背中をポンと叩きつつ、ハディスは最後の扉を潜る。
この扉を越えたなら、後はひとつ。
やるべき事は一つのみ。
『晩餐は、最高のを頼むよ』
カシミールが聞いた、大統領最後の言葉となる。
この室内で、全て賄える。
各国の代表との交渉も、それにより引き起こされた軍事行動の指示も全て。
愛する人との暮らしだけは、得られないのだが。
『大統領』
椅子が人力にて座りやすい向きへと変えられ、彼は着席する。
そして目の前にある指紋認証付きのボタンをしかと見る。
これを押せば、世界から何と言われるだろうか。
なんちゃら団体から激しい抗議及び無意味なパレード開催となるのか。
だがそれも辞さない。
アメリカを、世界を護るのだ我々は。
ハディス大統領は目配せにて最終確認を取る。
各オペレーターが精一杯の声量にて、それに応じてゆく。
この時が長く続けば、このボタンを押さずに済むのに…
『…以上です大統領、全て完了です』
誰にしろと言われた訳でもない、自らが決めたことを皆が忠実に実行してくれているのだ。
終了を告げた副大統領を恨むのは、筋が違うぞと自我に諭す。
『よし、作戦実行時刻と同時に、ロック解除』
後、2分。
それがこの室内に居る者にとって、どれ程の時間であったかを、
後の人は勝手に妄想して、語るのだろうな。
『これより我々は、一線を越える』
1分前に始まった演説、ピタリと合わせる自信有り、かな。
『皆、勘違いしてはならない、これは報復行為である』
核による先制攻撃ではない、それを最後に強調する事により罪悪感を消したい。
それは大統領自身にも、作戦を遂行する皆にも当てはまる。
『そして、それ全てを凌駕する事実、それが人類存亡の危機である』
彼はゆっくりと立ち上がる、そして拳を握りしめ、深く見つめる。
『この星を、国を、家族を、奪われてたまるか…』
握られた拳は、天へと突き上げられ、そこには見えない敵の姿がぼんやりと。
『勝利と栄光と、輝ける未来を!』
19時ジャスト、そして上がった右拳が開かれ、右へと素早く振られていく。
『ロック解除!』
もはや引き下がらぬ、道は前にのみ、である。
『大統領!』
ある意味、この室内のシンクロ率は高い。
だから呼ぶだけで伝わる、その全てが。
『我々は勝つ、勝って明日の朝日をこの身に浴びるぞ!』
発射レバーの誤作動防止のセラミックカバーを外す。
そしてこの横に振られた右手を、再び上空へと。
一瞬の間、時間が停止したかの、間。
だがそれは動かされる、それを許された者にて。
『G4、発射!』
言葉同時に行動、レバーは倒れる。
G4…グラウジング・グラス・グレー・ギルの略称。
着弾直前の形態が魚のエラ呼吸を連想させる形に成るため、そう呼ばれたとか。
単純にGから始まる単語を4つ並べたかっただけなのかは、不明。
信号を受けたる空母エレメンテル、即座に射出してゆくのだ。
自らが開拓した愛国地、ロサンゼルス目指して…。